第162話 フラグの行方


 結局、カイエとメリッサが模擬戦を始める前に、慌てて追い掛けて来たローズたちが乱入した訳だが――メリッサは真剣に戦うだけで、ローズたちが心配していたような反応は全然見せなかった。


「やっぱり……アリスの思い違いじゃないのかな?」

「でも……さっきの反応は……」

「ああ、私も警戒すべきだって思うよ」


 エマ、ローズ、エストがヒソヒソ話をする傍らで、アリスはニンマリと笑っている。


「おまえらなあ……いちいち、そっちの方向に話を持っていくなって。今のメリッサは、強くなることに必死なんだからさ。変な茶々を入れないでやれよ……なあ、メリッサ?」


 一時間ほどの模擬戦を終えて、戻って来たカイエは呆れた顔をするが――


「あ、ああ……今僕が目指すのは、強くなることだけで……」


 強くなりたいという気持ちは本物だっとが、カイエと模擬戦をしていると楽しいと思ってしまう訳で……アリスに指摘されて、意識してしまったから、思わず頬が赤くなる。


「あー! これって、もう……」

「メリッサ……前にも言ったけど、うちは恋愛禁止だから」

「いや、さすがにローズが言っても説得力ないが……」


 三人の反応に、これは駄目だなとカイエは苦笑すると、


「そろそろ、出掛ける準備をするか。メリッサも一緒に来るだろう?」


 さも当然という感じで言う。


「え……僕も行って良いのかな?」


 誘われたことを素直に喜びながらも、メリッサはローズたちの反応を伺っていたが――


「当たり前じゃない。メリッサ、一緒に行こうよ!」

「そうね。ご飯を食べながら、じっくり話をしましょうか?」

「なあ、ローズ……その笑顔、ちょっと怖くないかな?」


 それとこれとは話が別だと、三人もメリッサを誘いながら――あまりにも自然な感じでカイエに密着する。

 メリッサに見せつけるとか、そういう意図は全く無くて。まるで空気を吸うみたいに、当然のように彼女たちはカイエに触れていた。


(僕には真似できないな……って、いったい何を考えているんだよ!)


 メリッサはハッとして、さらに顔が赤くなる。


「カイエ、あんたねえ……全部解っていながら、わざとやってるでしょ?」


 ジト目のアリスに、


「そんな事無いって……俺はメリッサの本気に応えたいだけだよ。それにさ……」


 こいつは俺たちのことを何も知らないだろ――言葉にしなくて、カイエの意図が四人に伝わる。

 今の彼らは魔族の姿をしているが……その正体が魔神や人族であることを知ったとき、メリッサは今と同じ態度でいられるだろうか。


「そんな事……大した問題じゃないって、私は思うけどね」


 最初は驚くかもしれないが。メリッサなら、すぐに受け入れてしまうのではないかと、アリスは思っていた。

 その根拠は、半分以上は女の勘という奴だが――うんうんと、ローズたちも頷いている。


「まあ……そうかもな」


 面白がるように笑うカイエに、


「えっと……君たちは何の話をしてるんだい?」


 一人置いてけぼり感のメリッサは、戸惑うばかりだったが――


「おまえには……解らない事かしら」


 何故かロザリーは、勝ち誇るように笑った。


※ ※ ※ ※


 その夜、カイエたちが向かったのは、トルメイラの中心街にある高級食堂(レストラン)で――


 太い柱に支えられた高い天上から、魔法の光が照らしており。広々とした空間には、街中ではあまり見掛けない高価な服で着飾った魔族たちが。ゆったりと間隔を空けて配置された席で、コース料理を楽しんでいる。


 何と言うか――聖王国の最高級食堂ハイクラスレストランのような感じで、これまでトルメイラで見た風景とは、かなり雰囲気が異なっていた。


「やあ、闘技場コロシアム覇者ウイナーカイエ……今日の試合も見せて貰ったよ。約束通りに、私の店に来てくれたんだな」


 この店のオーナーであるギャゼス・フリードとは、数日前に酒場で居合わせて知り合いになった。

 まだ二十代の切れ者ギャゼスは、明け透けに話すカイエと意気投合して、最高の料理でもてなすからと、自分が経営する店に誘ったのだ。


「ああ、あのときの……」


 カイエと一緒に飲んでいたアリスも、ギャゼスの事を覚えていた。


「やあ、アリス嬢もいらっしゃい。それにローズ嬢、エスト嬢、エマ嬢……メルヴィンのメリッサ嬢も、ようこそ」


 ギャゼスは茶目っ気たっぷりのポーズで頭を下げる――キザったらしい態度や台詞も、彼がやると嫌味など微塵も感じさせない。

 なるほど、カイエと気が合いそうな男ねと、アリスは思った。


「ギャゼス、個室を用意するって言ってたけど……いきなりで、空いてるのかよ?」


「ああ、勿論。カイエのために、一番良い部屋を用意したからな」


 元々予約していた客には、たっぷりサービスをして部屋を代わって貰ったのだが――そんな些細な損失よりも、ギャゼスにとってはカイエたちの方がよほど大切だった。

 だからと言って、貸しを作って彼らを利用しようなどという腹づもりは一切無く……単純にカイエが気に入ったから、最高のもてなしをしたいという、それだけだった。


 ギャゼスが案内した部屋は――VIPルームという感じの落ち着いた空間で、高級品だが決して華美ではない調度品で飾られていた。


「もう、他のお客さんには見えないから。エストも恥ずかしくないわよね?」


「ああ、そうだな……みんな、付き合ってくれてありがとう」


 部屋に入るまで着ていたコートを脱ぐと――その下は、あのブティックで買った際どい感じの衣装だった。


 背中が大きく開いた赤いドレス姿のローズと、同じデザインで青いドレスのエスト。

 エマは胸元を強調するようなリボンのついたブラウスと、膝上十五センチのミニスカート。アリスはヘソ出しルックで、同じくらいの長さのレザースカートを穿いている。


 そしてロザリーも――カイエに買って貰ったフリフリのドレスを纏っていた。


「「「「ロザリー……可愛いわよ!」」」」


 目をキラキラと輝かせる四人に、ロザリーは目を逸らしながら頬を染めて、


「あ、ありがとう……ですのよ」


 そんな彼女たちとは対照的に、メリッサは男装の麗人という感じで白いシャツにジャケット、ズボンという格好だったが……それが却ってアクセントとなって、彼女の素材の素晴らしさを際立たせる。


 給掛係ウエイトレスたちが思わず息を飲んむのを尻目に、ギャゼスはオーナーらしい節度を保った笑みを浮かべる。


「ほう……お嬢さんたちは皆、本当に良く似合っているね。カイエは幸せ者だな?」


「ああ、みんな俺の自慢の女だからさ」


 その中に自分も含まれるのか――ロザリーとメリッサは、意図せずに同じことを考えていたが。

 カイエがコートを脱いだ瞬間、二人を含めた彼女たち全員が視線を奪われた。


 スリムスタイルではあるが、シンプルなデザインの黒のタキシードと。そのスタイルに合わせて(魔法で)オールバックにした髪――いつものラフな格好とのギャップもあって、ローズたちには物凄く新鮮だった。


「何だよ……別に変じゃないよな?」


 みんなから注目を浴びて、カイエは少し不機嫌というか、バツが悪そうに頬を掻く。

 それが何だか、恥ずかしがっているように見えて――


「「「「カイエ……(可愛い)!!!」」」


 台詞の後半を言うのを懸命に我慢しながら、四人は一斉に抱きついた。


(カイエ様……)


 ロザリーも思わずカイエに見惚れながら、ローズたちを羨ましそうに眺めていたが――同じような反応のメリッサと、お互いに気づいて目を見合わせる。


 『ハハハ……ちょっと、対応に困るよね?』とメリッサに苦笑されて……初めて自分がどんな反応をしていたのか、ロザリーは自覚した。


(ロ、ロザリーちゃんは……おまえとは違うかしら!)


 急に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしてプイと横を向く――そんな彼女の反応を、メリッサは微笑ましいと思っていた。

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