第161話 閑話休題


 カスタロト・メルヴィンを弟子にするという件は――自主練として課題を与える事と、たまに手合わせをするという事で話をつけた。


 完全に断れば、『どうしてメリッサは良くて、私は駄目なのだ』と納得しないだろうし。かと言って模擬戦の面子に入れるのは、色々な意味で面倒な事になりそうだから止めておいた。


「それと、『カイエ様』と呼ぶのは止めろよ。あんたに『様』付けで呼ばれるのは気持ち悪いし。対外的にも、ややこしい事になりそうだからな」


「承知しました……では、『カイエ殿』と呼ばせて頂くとしましょう」


 結局、何だかんだと言ってカスタロトという『面倒事』を抱え込んでしまった訳だが――どうやってあしらうかは当然考えていたし……カイエがこの状況を、利用しない筈も無かった。


※ ※ ※ ※


 闘技場コロシアムを後にすると、カイエたちはメリッサと一緒に、近くの繁華街に食事に出掛けた。


 まだ時間帯としては夕食には早く、小腹を満たすという感じだったが――エマの前には、何故か大量の皿が積み上げられる。


「それにしてもさ……メリッサのお祖父さんて、初めは凄く嫌な人かと思ったけど。何か変な人だったよね?」


 明け透けな感じで言うエマに、アリスは呆れた顔をする。


「エマ……全然フォローになってないわよ。もう少し言い方を考えないと、メリッサが気を悪くするでしょ?」


「あ! ごめんね、メリッサ!」


「いや、気にしないでくれ。お爺様は確かに色々とやり過ぎな所があるし……魔族ひと魔族ひととも思わないというか、他人を見下すところがあるからね」


「それって……結局、嫌な奴って言ってるだけよな?」


 思わぬメリッサの酷評に、カイエは意地悪く笑う。

 今も左右にはローズとエストが密着しているが、『はい、あーん!』と二人から交互に食べさせられながら、何食わぬ顔で会話に参加している。


「いやいや、違うんだ! お爺様は……そうだ! 戦うことに関しては、物凄く真摯で真っ直ぐなんだよ!」


 何とか良いところを探しました感は否めないが――メリッサがカスタロトを敬っている事は、二人の会話から十分伝わって来た。


「まあ、何でも良いけどさ……あの爺さんも、やる気はあるみたいだし。俺も約束したから、一応面倒を見るつもりだけど……ロザリー、何か言いたいみたいだな?」


 いきなり話を振られると、ロザリーはツンと澄ました顔で、


「そんなこと、ありませんわ。ロザリーちゃんは、あんな図々しいジジい……老いぼれ……老人のことなんて、全然興味無いですのよ!」


 端々に悪感情が混じっていたが、ロザリーは折り合いをつけている様だった。

 曲がりなりにも、彼女が納得している理由は――カスタロトが『カイエ様』と呼ぶことを、カイエ自身が拒否したからだ。


(カイエ様と呼んで良いのは……ロザリーちゃんだけなのよ!)


 どうして優越感を懐いているのか――カイエには理解できなかったが。本人が満足しているならと、突っ込むのは止めておく。


「なんか面倒臭い会話ね……それよりも。私としては、カイエに言いたい事があるんだけど?」


 アリスはワインを飲みながら。周りの席の客たちに視線を巡らせて、不機嫌な顔をする。


 この店に入る前から、街中で擦れ違う魔族たちは――興味本意な連中も多かったが――彼らに気づくと、好意的な視線を向けて来た。


 気楽に声を掛けて来る者も多く、アリスとしては少々ウザかったが。これもトルメイラの住人に受け入れられた証拠だと、彼らの反応自体は、大して気にもしなかった。


 しかし、それでも見過ごせないのは――


「キャーッ! 見てよ、カイエじゃない?」

「ちょっと……格好良いかも」

「て言うか……可愛い!」


 黄色い声で、熱い視線を向けて来る女子が急激に増えてきたのは……アリスの勘違いではない筈だ。


 見た目は華奢な少年というカイエの顔は、客観的に見てかなり整っており、そっち系が好きな女子には、たまらないだろう。


 さらには、その見た目に反して、闘技場コロシアムでは圧倒的な実力を見せたのだから――ギャップ萌えもあって、女子たちが放っておく筈もなかった。


 今もカイエには、ローズとエマが密着しているというのに――『私も……一緒に混ぜて欲しいわ!』と言わんばかりに、隣のテーブルの魔族の女子三人組が、情熱的な視線を向けている。


 それでも、カイエの方は無反応だったり、冷たくあしらうなら問題ないのだが――

 熱い視線を浴びせる女子たちに、カイエは爽やかな笑みで応えているのだ。


「あんたねえ……完全に自分の方から、フラグを立ててるじゃない。こんなんで言い訳できると思ってるの?」


 ご立腹のアリスに、カイエは苦笑して肩を竦める。


「まあ、アリスの言いたいことも解るけどさ……俺は男だろうと女だろうと関係なく、普通に接してるんだけどな?」


 本当に他意は無く、別に女にばかり反応している訳ではないのだが。女子が騒ぎ出すと、男子の方は逆に引いてしまうという逆スパイラルで――

 今、カイエたちの周りの女子比率は、異常に高くなっていた。


「本当に……他意がないって言うの?」


 全然信用していないという感じのアリスに――カイエは真顔になって、


「だからさあ……何度も言わせるなよ。俺にとって特別なのは、おまえたちだけだからな」


 しれっと宣言カイエに……アリスは、それにエマまでも、一瞬で赤面し――


「「カイエ……」」


 ローズとエストはギュッと腕を掴んで、身体の色々なところを密着させる。


 しかし――ピンク色の空間は、留まることを知らず、


「「「キャーッ、素敵! 私も、あんな風に言われてみたいわ!」」」


 周りの女子たちは引くどころが、さらなる熱し線を浴びせてくるのだった。


 そんな彼女たちに、カイエは爽やかに笑い掛けると――


「まあ、グズグズな感じなのは確かだし。お詫びと言ったら何だけど、今夜もう一度、別の店に行かないか? 勿論、俺の奢りだから」


 そんなことを言い出す。


「何か、怪しいわね……カイエ、何か企んでるんじゃないの?」


 まだ信用していない感じのアリスに、


「ああ、企んではいるけどさ。そんなに大したことじゃなくて……上手く行けば御の字って感じだから。当てが外れたら、普通に食事をして帰るだけだからさ」


 何食わぬ顔で暴露するカイエに――まあ、そんなところよねと四人は納得する。


「とりあえず……宿ホテルの部屋に六時半に集合てことで、どうだよ? 今夜の店はドレスコードがあるから……みんなが着飾るのを、俺は楽しみにしてるからさ」


「何よ、お詫びとか言いながら。初めから、その店に行くつもりだったんでしょ?」


「まあ、そうだけど。全部計画の内って訳じゃなくて、保険的な意味合いだからさ……なあ、メリッサ? 次の店に行くまでは、まだ時間があるし。さっき約束したから、それまで一緒に模擬戦でもやろうか?」


「ああ、カイエ……憶えていてくれたんだね!」


 地竜アースコモドドラゴンとの一戦の前に――カイエは確かに、終わったらすぐに模擬戦をしようと言ってはいたが。

 試合前の何気ない会話だったというのに、きちんと約束を守ってくれる事が嬉しかった。


「じゃあ、そういう事で……俺とメリッサは、黒鉄の塔に行くけど。みんなは時間まで好きに行動してくれよ」


 メリッサを連れ立って、カイエはトルメイラの郊外へと転移しようとする。


「それにしても……おまえたちも、メリッサのことは何も言わないんだな?」


 初めにフラグを立てた云々の発言があった気もするが――それ以降はメリッサに対してする文句を聞いた記憶はない。


「それは……メリッサが、強くなることだけを真剣に考えているからよ」


「ああ、そうだな。そんなよこしまな考えを、メリッサは持っていないだろう」


 ローズとエストは信頼し切った感じで言うが、


「へえー……二人とも、そう思うんだ? だったら……まだまだ甘いわね」


 意味ありげに笑うアリスに――二人と、そしてエマまでもが、ハッとして『まさか……』とメリッサに視線を集めるが……


「えっと……あの……どういう意味かな?」


 自分でも訳か解らないという感じで、メリッサは恥ずかしそうに頬を染めながら――カイエと一緒に転移で消えてしまった。


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