第158話 面倒臭いけど……



 試合場グラウンドへと続くゲートを抜けると――


『さあ……闘技場コロシアムに旋風を巻き起こした新たな覇者ヒーロー、カイエの入場です! そのセコンドに就くのは……同く闘技場コロシアムを制した最強の美女たちと、前王者メリッサ・メルヴィンだあ!』


 魔法で拡声されたアナウンスによる過剰演出を、カイエは冷ややかに受け止める。

 彼らが姿を現わすと、満員の観客は大歓声で迎えた。


「カイエ……最強の女たらしの実力を見せてくれ!」

「ローズ、魔族の勇者はあんただ!」

「大魔術士エスト! 最強の魔法を期待してるぞ!」

「きゃー! アリスさん、カッコ良い!」

「エマ! 他の闘士グラジエーターなんて、全部ぶち飛ばせ!」

「ロザリーちゃん……可愛過ぎる!!!」


 一部不適切な発言も混じっているが――飛び交う声援は、この一週間の間にカイエたちが行ってきた事の成果だった。

 トルメイラの街中や、食堂や酒場で顔見知りになった魔族たちが、良い意味の噂を口コミで広めてのだ。


「物凄い歓声だね……君たちはいつの間に、こんなに人気者になったんだい?」


 素直な性格のメリッサは、カイエたちが歓迎されて嬉しそうだ。


「いや、色々と仕掛けをした結果だけど……嫌われるよりも悪い気分じゃないのは確かだな。でも、そんなことより……メリッサ、本当にこれで良かったんだな?」


 カイエたちに声援を送る傍らで――彼らに付き従う元女王メリッサを、観客たちに冷ややかに見ていた。


「ああ、勿論構わないよ。みんなが僕の本当の実力に気づいただけだから。それを僕はきちんと受け止めて――そこから本当の実力を手に入れないとね!」


 全てを真摯に受け入れながら……それでもメリッサは、爽やかに笑う。その『爽やかさ』は、カイエとは違って、本心から滲み出るモノだった。


 メリッサ・メルヴィンは――嘘偽りなど一切なく。無意識に己惚れていた過去と向き合って、そこから立ち上がろうとしているのだ。


「メリッサ、おまえって……ホント、良い奴だよな」


「え……カイエ、突然何を言い出すんだよ? 僕は君たちの事を侮っていたんだから、全然良い奴なんかじゃないだろう?」


 無自覚なメリッサに――カイエは思わず笑ってしまう。


「まあ、良いや……この試合が終わったら、すぐ模擬戦でみっちり鍛えてやるからさ。覚悟しておけよ?」


「ああ、ありがとう……カイエの好意に応えられるように、僕も一生懸命頑張るよ!」


 カイエは軽く手を挙げて応えると、観客たちの声援で沸く試合場(グラウンド)の中央へと進み出る。


『続きまして……挑戦者の入場です! 最強の男に相応しい凶悪な挑戦者を、我々は用意しました。凶悪で最悪な挑戦者たちの姿を……皆さんもご覧ください!』


 再びアナウンスが響くと――向かい側の入場ゲートが開いて、黒緑色の巨大な生物が次々と姿を現わした。


 魔族の魔獣使いテイマーたちが、それぞれ数人掛かりで鎖を引っ張って連れて来たのは――全長十メートルを超える巨大な爬虫類だった。


 地竜アースコモドドラゴン――知能は低いが、非常に狂暴な怪物モンスターだ。その巨大な牙は鉄をも引き裂き、その堅牢な鱗は、並の武器ではまるで歯が立たない。


 地竜は余りにも狂暴なために、魔族も使役する事などできず……今も魔力を込めた鎖と魔法によって、何とか暴れるのを抑えているという状態だった。


 魔獣使いテイマーたちは地竜を引きずるようにして、カイエを取り囲むような位置に展開させる。


『それでは……十体の地竜対、闘技場コロシアムの新たな覇者ヒーローカイエの試合を行います。オッズは五対一・一、地竜が五でカイエが一・一です……さあ、どんどん賭けてください!』


 アナウンスの煽り文句を合図に――観客たちは指を立てながら声を張り上げて、賭け金を積み上げる。鉄火場独特の熱気を……カイエは鼻で笑う。


(俺の方がオッズが圧倒的に低いとか……キルケスの奴も、観客を煽り過ぎだろう)


 賭け金の集計が一通り終わるまで十分ほど待たされて、


『お待たせしました……これより試合を開始します。レディ……ゴー!!!』


 開始の声とともに、十体の地竜は鎖から解き放たれる。

 黒緑色の巨大な爬虫類は、一斉にカイエへと襲い掛かるが――


 キルケスとて、カイエが戦うところを見たのはメリッサとの一戦だけで――確かに圧倒的な実力の差があることは解っていたが。彼の本当の力を把握するなど、叶う筈も無かった。


 だから、凶暴な怪物モンスターが十体掛かりで襲い掛かれば、多少は善戦出来ると考えた事も仕方のない事だが……結果は、キルケスの予想を遥か上を行った。


 試合開始から一秒後――十体の地竜は首から先を失って、大量の血液を噴き出していた。


「お、おい……冗談だろう?」


 VIPルームで来賓たちの相手をしていたキルケスは、余りにも呆気ない結末に思わず呟く。


「あのなあ、キルケス……おまえさ、俺を舐め過ぎだから?」


 背後からの声に、キルケスが慌てて振り向くと――悪人の笑みを浮かべるカイエが居た。


 突然の乱入者が、たった今十体の地竜を瞬殺した当人だと、来賓たちもすぐに気づいて……彼らは怯えるような目で、少しでも距離を置こうと壁際に張り付く。


 何て事をしてくれるんだとキルケスは内心毒づきながら、事態を収拾しようとする。


「カ、カイエ殿……実に素晴らしい試合でしたが、さすがに……やり過ぎですよ。ところで……どうして、ここに?」


「いやあ……早く試合を終わらせ過ぎたって、俺も反省してるんだよ。だからさ……おまえが言ったように、観客を盛り上げようと思ってね」


「そうですか……しかし、皆さんも困っているご様子ですが……」


 金主であるVIPルームの来賓たちは、完全に引いている。今さら何をしたところで、彼らの機嫌を取れるとは思えないが……


「いや、おまえが考えてるような事じゃなくて……まあ、説明するより実際に方が早いからさ」


 そう言うなり――カイエはキルケスを連れて転移する。


 次の瞬間……キルケスが立っていたのは、試合場グラウンドのど真ん中で――


『観客の皆……俺はカイエだ。ちょっと試合が呆気なさ過ぎて、イマイチ盛り上がらなかったみたいだから……これから余興を見せようと思うんだ』


 闘技場コロシアムのアナウンスを、魔法で強引に乗っ取って――カイエは試合場グラウンドの上空に浮かび上がりながら、観客たちに語り掛ける。


 全く予想外の展開に、観客たちは唖然としてカイエを見上げた。


『今、試合場グラウンドに立っているのは……キルケス・ロズニア。この闘技場(コロシアム)の運営責任者だ。いつもは闘士グラジエーターを使うだけ使って、好き勝手に言ってるだけの奴だけど……たまには、こういう偉そうな奴にも、試合をさせてやろうって思ってね』


 カイエの言葉に阿吽の呼吸で――ロザリーが怪物モンスター地下迷宮ダンジョンから召喚する。


 キルケスを取り囲むのは……銀色の鱗に覆われた百体の悪魔デーモンたち。一体一体は、上級魔族であるキルケスには、決して強敵ではないが……


「こ、こんな事を……誰も望んでいませんよ? どうして私が、悪魔デーモンと戦う必要があるんですか?」


 キルケスの文句に――カイエは意地の悪い笑みで応える。


「いや、そんなことは無いって……観客たちだって、盛り上がっているだろう?」


銀色の悪魔シルヴァンデーモン百体と対するのは……第二氏族ロズニアの上級魔族キルケスですのよ。オッズは二対一・二……というところかしら?』


 闘技場コロシアムのアナウンスを真似て、ロザリーが観客たちを煽る。


「「「うおおおお!!!」」」


 幼女の演出に――観客たちのボルテージは、一瞬で最高潮に達した。


「ほら……おまえが望んだ通りだろう? だから、これまで高みの見物をしていた分、おまえも死ぬ気で戦ってみろよ。もし、おまえが死にそうになっても……最後の悪魔デーモンを倒すまで、何度でも俺たちが再生してやるからさ」


 それまでの間、キルケスは肉体的な苦痛を何度も味わうだろうが――闘士グラジエーターなら、それくらい当然だよなと。カイエは意地の悪い笑みを浮かべた。


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