第157話 闘技場再び


 そして一週間が過ぎて――カイエたちは再び、闘技場コロシアムを訪れた。

 契約である一週間ギリギリに試合が組まれたのは、準備のための時間が必要だったからだ。


「貴方に相応しい相手を用意するのは……なかなか大変でしたよ」


 闘技場コロシアムの運営責任者であるキルケスは、銀縁眼鏡の位置を直しながら、不敵な笑みを浮かべる。


「そうか。じゃあ、少しは期待しておくよ」


 そんなつもりは全く無い感じで、カイエは棒読みで応える。


 今日もローズたち四人は前後左右から密着しており、控え室にいる他の闘士グラジエータ―たちは嫉妬や怒り、呆れなど様々な感情を浮かべていたが。

 キルケスだけは気にしていない様子で、平然と構えている。


「無論、カイエ殿が苦戦するほどの相手ではありませんが……試合さえ盛り上がれば、私はそれで良いんですよ。それでも貴方なら、瞬殺しかねないので。できれば、少し手を抜いて貰えると有難いのですが……いや、忘れてください。運営者として、八百長をしてくれとは言えませんからね」


 それは言ってるのと同じだろうと、カイエは呆れた顔をするが。

 キルケスは『いいえ、そんな事はありませんよ』と惚ける。


「おまえも良い性格してるよな……それよりも、今日試合に出るのは、本当に俺だけで良いんだな?」


 彼ら全員が一週間に一度試合に出るという約束だったが。キルケスの方から、今日はカイエだけで良いと申し出たのだ。


「ええ、構いませんよ。強者の試合ばかり組んでも、盛り上がりに欠けますので……それに正直に言えば、準備が間に合わなかったんですよ。他の皆さんの試合は準備が出来次第、組ませて貰います」


 折角手に入れたカイエたちという新たな駒を、キルケスは最大限に利用するつもりだった。


「その代わりと言っては何ですが……先ほど伝えましたように、試合場グラウンドには貴方たち全員一緒に登場してください。今後の宣伝の意味もありますので……よろしくお願いしますよ」


「ああ、それは構わないけどさ」


 キルケスが企んでいる事くらい、カイエにも解っていたが。別に害は無いからと、そのまま放置する事にした。


 このとき、闘士グラジエータ―たちが急に騒めき出す。

 声がする方に視線を動かすと、メリッサが控え室に入って来るところだった。


「これはこれは……元ランキング一位のメリッサ・メルヴィン殿」


 キルケスの嫌味っぽい台詞にも――メリッサは気にする様子も無く、笑顔で近づいて来る。


「今のランキングは暫定七位、という事で良いのかな? 闘技場コロシアムの順位なんて、今さら僕には関係ないけどね……やあ、みんな!」


「よう、メリッサ……今日は、おまえも試合なのか?」


 この一週間、メリッサは毎日の鍛錬と模擬戦によって、着実に力をつけているが。その成果を測るには、まだ時期尚早だとカイエは思っいた。


「いや、今の段階で試合に出ても意味がないのは、僕も解っているから。今日はキルケス殿に呼ばれて来たんだ」


「ええ、そう言うことです……メリッサ殿にも、カイエ殿と一緒に試合場に登場して貰おうと思いましてね」


「キルケス、おまえさあ……あざと過ぎるんだよ」


 わざわざローズたちを一緒に登場させるのは『美女に囲まれる華やかな強者(ヒーロー)』を演出するためであり。 

 無敵の女王だったメリッサを付き従わせるのも、彼女を倒した新たな覇者である事を印象付けるためだ。


「下手な演出をしなくたって。俺が普通に試合に出るだけで十分だろうが?」


「いえいえ、カイエ殿に余り派手にやられても、観客が引いてしまいますので。無敵の女王メリッサを倒した事を宣伝する方が、解りやすくて効果的なんです」


 キルケスは何食わぬ顔で本音を言う。


 余りにも強過ぎるカイエの実力は、集客効果としては諸刃の剣であり。ストレートに実力を見せるだけでは不十分だと彼は考えていた。


「先程言い掛けましたが……一方的に蹂躙するようなやり方は、我々運営としては歓迎できませんね。観客には恐怖心を抱かせるのではなく、熱狂して貰わないと。観客を増やして、彼らにバンバン賭けて貰う事が我々の仕事ですから」


 抜け抜けと言い放つキルケスを、カイエは睨み付ける。

 

「だからって……メリッサを利用するのは気に食わないな」


「いや、良いんだよカイエ。僕が君に負けたのは事実なんだから」


 彼を止めたのは、他ならぬメリッサ本人だった。


「自惚れていた自分を律したいって思ってるから、僕が敗北した事を宣伝して貰って全然構わないよ。それに、こんな事でカイエたちの役に立てるなら、僕は幾らでもやらせて貰うよ」


 カイエたちには本当に感謝しているから、素直な気持ちで申し出る。


「あのなあ、メリッサ……おまえがそんな事をしても、俺は全然嬉しくないからな」


 敗北させた当人である自分が言うのは、偽善以外の何物でもないと自覚しているが――彼女の事を理解した今では、傷に塩を塗るような真似をしたいとは思わなかった。


「そうか……カイエが迷惑なら、仕方ないかな」


 寂しそうな顔をするメリッサに、カイエは妙な罪悪感を覚える。


「ねえ、カイエ……本人がやりたいって言ってるんだから、別に良いんじゃない?」


 そこに口を挟んだのはアリスで――


「キルケスの甘言に乗るは癪だけど……やり方なんて幾らでもあるじゃない。ねえ……カイエも、そう思うでしょ?」


 意味深な笑みを浮かべると、


「ああ……そうだな。解ったよ、メリッサ……おまえが納得してるなら。俺が全部受け止めてやるから、一緒に付いて来い」


 堂々と言い放つカイエに――メリッサは嬉しそうだ。


「ありがとう……僕も全力で応援させて貰うよ!」


 そんな彼女の気持ちを、ローズたちも理解しており、


「メリッサが来てくれて……私も凄く嬉しいわ」


「ああ……メリッサ、君の覚悟を歓迎するよ」


「うん、そうだね……頑張るメリッサの事が、私は大好きだからね!」


「まあ、少しは認めてあげるわよ……あんたも、言うようになったわね」


 歓迎ムードの四人に囲まれて――メリッサは、はにかむように微笑む。


「キルケス、おまえさ……してやったりって、思ってるだろ?」


 和気あいあいの女子トークを繰り広げる五人を余所に、カイエは面白がるように笑う。


「いいえ、そんな事は……」


「ああ、良いって。言い訳なんか聞くつもりは無いから……自分がやった事の責任くらい、おまえにも取らせてやるよ」


 漆黒の瞳は残酷な光を帯びて――銀縁メガネの魔族を見据えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る