第156話 氏族のやり方



 そんな感じで、噂を上書きしたカイエは――テーブルに戻ると、ローズたちと思いきりイチャつき始めた。


「カイエ……素敵だったわ(な)」

「うん……カッコ良かっよ!」

「やるじゃない……見直したわ」


 四人が前後左右から密着するピンク色の空間に、魔族たちは唖然とするが――


「こいつらは、全員俺の女だから。手を出すなら、覚悟しておけよ」


 全く悪びれずに『俺のハーレムだけど何か?』とカイエが堂々と言い放つと――

 嫉妬とか、その他諸々の感情を抱いていた客までが、『まあ……この男なら仕方ないか』という感じで、妙に納得してしまう。


「「「「え……」」」」


 ローズたち四人は『俺の女』という言葉に反応して、真顔で真っ赤になっているが。

 もはや、この状況に文句を言える雰囲気でもなく。客たちは生暖かい視線を向けるしかなかった。


※ ※ ※ ※


 カイエたちは連日、トルメイラの街中に繰り出す傍らで――宿に押し掛けて来る者たちの相手も、することになった。


「……お近づきの印です。どうぞ、お納めください」


 最高級宿屋ホテルの応接室で、タキシード姿の魔族の男が、テーブルの上に小袋を置く。

 閉じ紐を解いて見せた中身は、二十枚ほどの金貨だった。


「あのなあ……あんたから金を貰う理由が無いんだけど?」


 興味無さそうに言うカイエの左右には、今もローズとエストが。ソファの後ろからはアリスとエマが、背中にもたれ掛かるように密着しているが――


 今回はアリスも『貰えるものは貰っておきなさい』などとは言わなかった。


「いえ、我々ストレイアにとって、この程度の金は挨拶の範疇ですので。理由など気にされる必要はありませんよ」


 第七氏族ストレイアの使者である魔族は、狡猾そうな笑みを浮かべるが、


「いや、だから……なんでガルナッシュの氏族の奴は揃いも揃って、金で釣ろうとするんだよ? 最高級宿屋ホテルのフロアを借り切ってるのも、金は必要ないって意思表示だからな」


 カイエは呆れた顔をする。


「俺はタダほど高いものは無いと思ってるし。金をチラつかせて交渉する奴は、信用しないから。俺たちと友好関係を築くつもりなら、もう少しやり方を考えろよ」


 しかし、魔族はカイエの意図を曲解する。


「他の氏族が……すでに来ていたという事ですね。我々以上の金額を提示するとは……やはり十大氏族なんでしょう」


 いや、金額の話などしてないだろうと突っ込みたいところだが、魔族は一方的に喋り続ける。


「ですが、先ほども言いましたが。こんなは端金はストレイアにとって挨拶に過ぎません……貴方たちが我々の私兵になって貰えるなら、どの氏族よりも高い金額を提示しましょう!」


 結局、氏族同士の勢力争いで優位に立つために、金で戦力を買い漁ろうとしてるだけなのだ。


 とは言うものの、この男のやり方が、あながち間違っているとも言えなかった。

 メリッサのように、元々氏族の高い地位にある者を除けば、大抵の闘士グラジエータ―は、パトロンになる氏族を探しているのだ。


 死と隣り合わせの闘士グラジエータ―という仕事は、長く続けられるモノでは無く。ランキング上位になって、好条件で氏族に買われることを目的にする者も多い。


 そんな背景がある事は、カイエたちにも容易に想像できたが。だからと言って、下らない思惑に付き合うつもりもなく――

 

「あんたねえ……いい加減に、黙りなさいよ」


 カイエが文句を言う前に、アリスは冷ややかな笑みを浮かべる。


「あんたを含めて、これまで十二の氏族が使者を寄こして来たわ。でもハッキリ言っておくけど、うちのカイエは氏族の風下に立つ気なんて無いから。

 金額がどうだとか、馬鹿にしないで貰える? 金で買えるほど、私たちは安くないから」


 堂々と言い放つアリスを横目で見ながら――カイエは『へえー、おまえでも金が要らないとか言うんだな』とニヤリと笑う。


「まあ、そういう事だ……十大氏族だろうが何だろうが、俺たちには関係ないからさ。おまえら氏族の権力や財力を当てにする気なんて、サラサラないんだよ」


 二人に真っ向から否定されて、使者の男は顔色を変える。


「何を生意気な……我々ストレイアを敵に回せば、絶対に後悔することになるぞ!」


「いや、敵対するになんて言ってないんだけど。だけど、そっちが勝手に敵に回るなら……好きにしろよ。相手になってやるからさ」


 カイエはガルナッシュの魔族と友好関係を築いて、彼らの考え方を知りたいと思っているが――だからと言って、全員に気に入られようなどとは思ってはいない。

 相手が自分の理屈や都合を押し付けてくるなら、こっちも遠慮なく実力行使に出るまでだ。


「そういう事ですので……お引き取り貰えるかしら?」


 侍女ポジションで待機していたロザリーが、まだ引き下がろうとしない魔族の使者に告げる。

 何を侍女ごときがと、魔族は睨み付けるが――その瞬間、顔を青くして凍りつく。


 このときロザリーは……ガラス玉のような感情の無い目で魔族を見ていた。


(魔族風情が……カイエ様に喧嘩を売るなんて、舐め過ぎなのよ!)


 カイエの下僕を自称する彼女は、本物の人形のように無表情で――全身から魔力を迸らせる。

 唯それだけで、相手に恐怖心を抱かせるには十分だった。


「絶対に……後悔させてやるからな!」


 同じような台詞を繰り返して、魔族は逃げるように部屋を出て行く。

 それでも怒りが収まらないロザリーは、男が立ち去った後のドアをじっと見据えていたが――


「うん。良くやったよ、ロザリー!」

「そうね。ロザリーが追い出さなかったら、私が文句を言っていわ」

「ああ、そうだな……あんな男に付き合う理由は無い」

「ホント……いけ好かない奴だったわね」


 四人はニッコリ笑いながら、ポニーテールの髪を撫でまくる。


「あの、皆さん……ちょっと痛いので、止めて貰えるかしら?」


 ロザリーは頬をピンクに染めながら抗議した。


「まあ……これじゃ、半分俺たちの方から喧嘩を売ったようなものだけど。面倒臭い奴だったし、別に構わないけどな」


 ロザリーの反応を面白がりながら――カイエは氏族の事を考える。


 これまで接触してきた氏族の使者の反応は様々で、今回のように決別したケースもあれば、金を受け取らないと解ると素直に帰る者もいた。


(それにしても、どの氏族も当然のように金を出してきたな。ガルナッシュじゃ、これが当たり前なのか。相手が闘士グラジエータ―だからって可能性もあるな……今度、メリッサにでも訊いてみるか?)


 それはそれとして。今回のストレイアとの件は、ファーストコンタクトとして最悪だったなとカイエは苦笑する。

 相手がどんなに嫌な奴だろうと、カイエ一人なら、もっと上手く立ち回ることも出来たし。向こうから手の内を見せて来たのだから、利用しようと思えば、やり方は幾らでもあった。


 しかし――


「ホント……ロザリーは面白い奴だよな」


「な……いきなり、何をするんですの?」


 まさかカイエにまで頭を撫でられて、ロザリーの顔は沸騰する。


 自分のために怒ってくれたのだから――仲間たちの行動を、カイエは無下にするつもりなど無かった。


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