第159話 メルヴィンとは――


 何度も生死の狭間を彷徨って――百体の銀色の悪魔シルヴァンデーモンを何とか掃討したキルケスは、完全に灰になっていた。

 試合を終えた責任者を、運営の魔族たちが担架で運んでいく。


「じゃあ……そろそろ、俺たちも帰るとするか?」


 何事も無かったかのように、カイエがいつもの調子で言うと、


「そうね。これでキルケスも少しは懲りたでしょうから」


「ああ。次からは、もう少しマシになると思うが」


「そうだよ、メリッサは頑張ってるんだから。余計なことに巻き込んで欲しくないよね」


「でも、本人が納得してるんだし。そんなに気にしなくて良いと思うけど?」


 四人は当然という感じで、観客の目など気にせずに密着する。


「あの……僕のために怒ってくれた事は嬉しいんだけど。さすがに、ちょっと……」


 メリッサ一人が、今の状況に戸惑っていた。

 自分のためにキルケスを懲らしめたと理解しているが――闘士グラジエーターですらない彼を一切容赦なくボコボコにした彼らに、正直に言えは、かなり引いていた。


「だから、おまえは甘いのよ。やるなら徹底的にやらないと意味がないかしら」


 何も解ってないわねと、ロザリーは呆れた顔をする。二度と舐めたことをしないように、相手に恐怖を刻み込んでやらないと。同じ轍を踏むなど馬鹿のやることだ。


「まあ、俺が勝手にやった訳だし。メリッサは気にするなよ。そんな事よりも腹が減ったから、みんなでメシでも食べに行かないか?」


「うん、良いね! 私も、お腹ペコペコだよ!」


 キルケスの件を『そんな事』の一言で片づけたカイエに、エマが嬉々として同意すると、彼らは『何を食べようか』と食事の話題で持ちきりになる。


 こんな事は日常茶飯事だというような態度に――


(もしかして……僕の方がおかしいのかな?)


 メリッサは呆気に取らながら、少し不安になった。




 食事に向かうために、カイエたちが控え室まで戻ると……見知らぬ客たちが彼らを待ち構えていた。


 角の生えた兜を被り、装飾されブレストプレートと鎖帷子チェインメイルを纏う武装集団。その中心にいるのは――灰色のサーコートを羽織る、羊のような角を生やした白髪の老魔族で。いきなり鋭い眼光を向けて来る。


「お爺様、どうして……」


 戸惑うメリッサの言葉に、カイエたちも相手が何者か理解する。


「誇り高きメルヴィンの氏族長クランマスターの娘ともあろう者が……敗北した相手に尻尾を振るなど言語道断、片腹痛いわ!」


 侮蔑に満ちた祖父の叱責に、メリッサは黙り込む。

 敗北したことも、カイエの言葉を嬉々として受け入れたことも事実であり、何も言い返せなかった。


「メリッサ、身内の話に割り込んで悪いけど……私は黙っていられないわ!」


 ローズは彼女を庇うように立つ。


「ローズ……」


 君がそんな事をする必要は無いんだと、肩に触れるメリッサの手を握り返して――ローズは真っ直ぐに老魔族を見据えた。


「貴方がメリッサのお爺さんだって事は解ったけど……何も事情を知らない癖に、好き勝手なことを言わないでよ!」


「そうだな……貴方の発言に、私も怒りを覚えるよ」


 エストが冷ややかな目で、


「うん……メリッサは友達だから。悪く言うなら、私だって許さないよ!」


 エマは頬を膨らませて後に続く。


「貴様ら……口の利き方を弁えろ! 偉大なるメルヴィンの先代氏族長クランマスター、カスタロト様に無礼であろうが!」


 メリッサの祖父――カスタロト・メルヴィンに率いられた魔族たちは、怒りに任せて腰の剣に手を掛ける。


「あのねえ……剣を抜くのは勝手だけど。下手なことはしない方が良いと思うわよ?」


 嘲るように笑うアリスに、一触即発の空気が張り詰めるが――


「このまま、おまえたちに任せても良いんだけどさ……俺も混ぜてくれよ」


 カイエは面白がるように笑いながら、ゆっとりとカスタロトの前に進み出る。


 近づいて来る彼に、もはや容赦しないと魔族たち剣を抜こうとするが――どういう訳か、身体はピクリとも動かなかった。


「貴様は……先ほど試合に出ていた小僧だな?」


 カスタロトは部下たちの異変に気づいていたが……一切動じることなく、カイエを見据える。


「やはり、そういう事か……貴様は魔法で観客たちを、メリッサを謀ったのだな」


「おいおい、どういう事だよ?」


「決まっておるだろう……地竜アースコモドドラゴン十体を倒すなど不可能に決まっておる。大方、闘技場コロシアムを運営しているロゼリアの若造と手を組んで、幻影を使って居もしない地竜を殺したように見せたか。或いは、下級の怪物モンスターを魔法で地竜に化けさせたというところであろう」


 カスタロトもカイエの試合を実際に見ていたが――初めから、彼をペテン師だと決めつけていた。

 確かにキルケスと共謀すれば、出来ない事ではないが……『あいつも人望がないよな』とカイエは苦笑する。


「メリッサを倒したときも、見たことも無い巨大な怪物モンスターを召喚したと聞いておる……同じ手を二度も使うなど、底の浅さが知れるというモノだ」


「……お爺様! 僕のことを何と言っても構いませんが……カイエのことを悪く言う事は、幾らお爺様でも許さない!」


 祖父を睨むメリッサは、何処までも本気だった。しかし――


「愚かな孫娘よ……いまだに騙された事にも気づかぬとは。おまえには、ほとほと呆れるぞ? 少しは腕が立つからと、闘士グラジエータ―になる事を許したことが、そもそもの間違いであったな」


 カスタロトは彼女の言葉など、全く聞いていない。


「お爺様……もう一度言います! カイエを侮辱した言葉を、取り消してください!」


 それでも食い下がるメリッサを――


「メリッサよ、不愉快だ……もう何も言うでない。おまえは……氏族に連れ戻して、再教育する他は無いようだな!」


 カスタロトは、愚者を見る目で突き放す。


「あのさあ……そこのジジい。あんたは自分の氏族が最強だとか勘違いして、好き勝手言ってるけどさ?」


 このとき、カイエの漆黒の瞳は――冷徹な光を帯びていた。


「誰が一番の愚か者か……俺が教えてやるよ」


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