第155話 ウザい噂の終わらせ方


 ショッピングを楽しんだ後、カイエたちは街中の食堂で昼食を取ることにした。

 ブティックの会計は全部カイエがボケットマネーで払ったので、服をプレゼントされた四人は、至極ご満悦の様子だった。


 店の外までテーブルを並べた、沢山の客で賑わう大衆食堂を選んだのは――肉の焼ける良い匂いに誘わい出されたエマだった。


「いっただきまーす!」


 それから僅か十数分。テーブルを埋め尽くす大量の料理を全部平らげて、エマが二度目の注文をしていると、


「ところで……どうしてカイエ様は、ロザリーちゃんの服まで買ったんですの?」


 先ほどのブティックで、カイエはロザリーの分も注文していた。

 勿論、見た目ローティーンの彼女に、際どい格好をさせる趣味は無いので――選んだのは、胸元がしっかり隠れたデザインで、フリルがアクセントになった可愛らしいドレスだった。


 そのドレスはフリフリなデザインだったが、シャープなシルエットのせいなのか、野暮ったさなど微塵も無く。ビクスドールを思わせる幼くも美しい顔立ちのロザリーに、良く似合っていた。


 ただし、サイズ的に特注する必要があったので、ロザリーは下着姿で採寸されるハメになり。

 立ち会ったローズたちから、まるで可愛い小動物を見るようなキラキラした視線を向けられた事が嫌だったようで――今でも、どこか不機嫌な感じだった。


「おまえに服を買った事に、大した理由なんて無いよ。一人だけ買わないのは、どうかと思っただけだからさ。でも、ロザリーが気に入らないなら……邪魔になるだけだし、キャンセルするかな?」


 カイエはぞんざいに応えるが、


「別に、ロザリーちゃんは……気に入らないだなんて、言ってないですわ」


 満更でもない感じのロザリーに、思わず笑ってしまう。


「ロザリーも気に入ったなら、良かったじゃないの。私も、あのドレスは凄く素敵だと思うわよ」


「うん、そうだよね。ロザリーらしくて、可愛いけど奇麗っていうか……本当に良く似合ってたよ」


 ローズとエマに手放しで褒められて、ロザリーは真っ赤になり――


「あの、その……カイエ様、あ、ありがとうございます……」


 視線を逸らしながら、最後は消え入るような小さな声になった。


「ロザリーが可愛いって話は、私も賛成だけどね……いい加減、周りの視線が鬱陶しいと思わない?」


 アリスはワインを飲み干しながら、フンと鼻を鳴らす。


 この食堂に入った瞬間から――いや、街を歩いていたときから感じていたのだが。

 結構な確率で、周りの魔族たちが、あからさまな視線を向けてくるのだ。


『なあ、あれって……闘技場コロシアムで派手に暴れたって奴らじゃないか?』


 勇者バーティーの面々は、彼らの囁くような声を聞き漏らさなかった。


 無論、大観衆の前でやらかしたのだから、目撃者は沢山いた訳だし。男一人に女五人という取り合わせの上に、一人一人も外見的に目立つのだから。闘技場コロシアムの試合を実際に観てなくても、噂だけで目星が付くだろう。


 そもそも、別に隠すつもりも無かったから、顔バレするのは仕方ないと思っていたのだが――四六時中、興味本意の視線に晒されて、好き勝手な噂話をされるのは、正直言ってウザかった。


「まあ、俺たちは完全にアウェイな訳だし。当然と言えば当然の反応なんだけどさ」


 カイエはおもむろに席を立って、噂話をしている魔族たちのテーブルに向かった。


 こっちが反応するとは思わなかったのか、魔族たちも慌てて立ち上がるが、


「そんなに身構えるなよ。俺はウザいって思っただけで、別に怒っちゃいないからさ」


 次の瞬間、背後から声がして――咄嗟に振り向くと、すぐ傍にカイエが立っていた。


「よう、おまえら、俺たちに興味があるんだろ? だったら直接訊けよ。大抵のことなら応えてやるからさ」


 カイエはしれっと爽やかな笑みを浮かべる――『誰、こいつ?』と思わわずアリスが突っ込むほどに。


「あ、あんたが……闘技場コロシアムの女王メリッサ・メルヴィンを倒したのか?」


「何だよ、メリッサは女王なんて呼ばれてるのか……ああ、俺はメリッサを倒したよ。俺だけじゃなくて、あっちのテーブルにいる俺のツレたちも、全員がきっちり一対一で倒した」


 最初の一人が堰を切ると、他の魔族も続いた。


「あのとき、俺は闘技場コロシアムにいたんだ! 一対一とか言ったってな……あそこにいる小娘は、とんでもない化物を召喚してたじゃないか!」


「小娘って、その言い方は聞き捨てならないけどな……あいつはロザリー、うちの召喚士サモナーだよ。召喚士サモナー怪物モンスターを召喚して戦うのは、規定レギュレーション違反じゃないだろ?」


 そこが論点でないことを解っていながら、カイエは話を摩り替える。


「他の女だって……巨大なゴーレムに変身したり……」


「魔術士が魔法を使うのも、闘技場コロシアムのルールの範囲内だろ? ちなみに、その魔法を使ったのは、あそこにいる金髪美人のエストだ」


 カイエの言葉に、店中の客たちの視線がエストに集まる――注目を集めたのも意図的だった。カイエはわざと他の客にも聞こえるように、声のボリュームを上げていた。


 いきなり巻き込まないでくれと、エストはジトになるが、

 カイエは悪戯っぽく笑って、彼女に注目する客たちに語り掛ける。


「あのさあ……派手にやったせいで、みんな誤解してるみたいだけど。俺たちは凶悪な怪物モンスターじゃないからな? 確かに、おまえたちが女王と呼ぶメリッサよりも強いけど――それだけの話だ。闘技場コロシアムの外で、タダで力を見せたりしないから。俺たちに興味があるなら、試合を見に来いよ」


 どうせ、暫くは試合に出る事になった訳だし――カイエは闘技場コロシアム(コロシアム)の闘士グラジエータ―としての地位を、徹底的に利用するつもりだ。


「頑張ってくれよ、新チャンピオン!」

「絶対試合を見に行くからな!」

「そこの奇麗な姐さんたちも、俺たちは応援してるぜ!」


 カイエの話に乗せられた客たちは、すっかり好意的になっていた。


 他人に興味がなく、好き勝手に我が道を行くと思われがちなカイエだが――本来の彼は、こんな風に初めて会った相手と打ち解けるのが得意な方だった。


 いつもローズたちと一緒に居るから、彼女たちの相手をする方に忙しいし。他人に対しては、彼女たちの誰かが先に行動するから、カイエが見知らぬ他人に進んでコミュニケーションを取る機会が少ないというだけで……


 かつて『神と魔神に喧嘩を売る者たち』という名の反乱軍を組織したカイエという少年は――相手の素性や立場など無視して、いきなり懐に飛び込む……そんな奴だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る