第151話 二戦と三戦


 失われた魔法ロストマジックである完全戦士化パーフェクトファイターによって――ゴーレムと化したエストは、鈍い光を放つ巨大な全身から魔力を溢れさせる。


 その圧倒的な存在感は、闘技場コロシアム最強の戦士メリッサはおろか、たった今強大な力を見せつけた『ラブリーラビット』の輝きすら霞ませてしまう。


「カイエ様……エ、エストさんが放っている魔力は……何なんですの? とても人族が扱えるレベルとは思えないのよ」


 ロザリーもエストの実力は知っているが――それでも信じられないほどの魔力だった。

 濃縮された魔力が放つ鈍色の輝きに、ロザリーは目眩すら覚える。


「だからさ、ロザリー……おまえは種族って枠で考え過ぎなんだよ。魔法技術に限界はないし、正しい負荷を掛けることで種族の限界なんて幾らでも突破できるから」


 失われた魔法ロストマジックの真髄を学び、さらにオリジナルの研究を続けることで、エストの魔力変換効率は、常識の遥か先を行っている。

 同量の魔力で発動する魔法の威力が、他者とは桁違いなのだ。

 

 さらにはカイエとの模擬戦や、アルジャルスの地下迷宮ダンジョンで、限界ギリギリの戦いを繰り返して来たことで、エストが持つ魔力の総量は、人族の限界などうに超えていた。


「でも、この程度の魔法じゃ、エストの実力は測れないけどな」


「そうですわ。近接戦闘に限定しなければ、エストさんなら、もっと強力な魔法を使えますわね」


「いや、そういう意味じゃなくて……今でもエストは、魔力をセーブしてるから」


 カイエの何気ない言葉に、ロザリーは大きく目を見開く。


「こ、これでもセーブしてるって……カ、カイエ様は、本気で言ってるんですの?」


「ああ。それくらい、おまえも自分で気づけよな」


 手を抜いているというよりも――エストが本気で戦ったら、闘技場(コロシアム)そのものが崩壊してしまうのだ。


 これほど圧倒的な実力差があり、しかもエストの力を測る事も出来ないメリッサに勝機などある筈もなく――

 最初の一撃が放たれた瞬間、メリッサは意識を刈り取られた。


「う……これは……僕は、また敗れたのか?」


 メリッサが意識を取り戻したとき――今度も彼女は無傷のままで、装備も全く壊れていなかった。


 しかし、意識を失う直前の記憶と、闘技場コロシアムを取り囲む観客たちの反応が、敗北が事実であることを物語っていた。


「なあ、メリッサ……さすがに、これ以上やっても無駄なのは解っただろう? 近接戦闘の強さで言えば、おまえが戦った二人は、うちのワーストツーだからな」


 カイエは苦笑して、メリッサを見る。


「仲間を無視されて、俺が頭に来たのは事実だけどさ……おまえに現実を教えるには、もう十分だろう? メリッサ、おまえに悪気が無いのは解ってるからさ……この辺で終わりにしないか?」


 これまで敗北を知らなかったメリッサは――自分では手も足も出ない強者がいるという現実を、二度も続けて味わったのだ。

 これ以上、メリッサを一方的に痛めつけることに意味などない。


 しかし……当のメリッサは、敗北した直後とは思えないほど、実に清々しい顔をしていた。


「いや、何を言っているんだカイエ……まだまだ、戦いはこれからだろう?」


「おまえは……今の状況が理解できない訳じゃないんだよな? 初めて負けて悔しいとか、そういうのは無いのかよ?」


「勿論悔しいさ! でも……自分が己惚れていたと実感出来たことは、僕にとって大きな意味があるんだよ。レベルが違う強さというものを知ったことで……僕は、もっと強くなりたいって初めて思ったんだ。だから……今は、自分がどれほど力が足りないのかを、もっと実感したいんだ」


 敗北を知ったことでメリッサは――高みを目指したいと、本気で思っていた。

 自分のことなど歯牙にも掛けない強者がいると解ったからこそ……現実を理解した上で、そこから昇りつめてやると強く思う。


「なるほどね……そういう事なら、協力してやるよ」


 カイエは面白がるように笑って、メリッサを見つめる。


「徹底的に現実を教えてやるからさ……おまえ自身の力で、這い上がって来いよ」


「ああ、カイエ……ありがとう。僕は君たちのような強者と出会えて……本当に幸せだと思うよ」


 爽やかな笑みを浮かべるメリッサに――こう言う奴は嫌いじゃないなとカイエは思う。


「だけどさ、メリッサ……少しだけ、待ってくれよ。おまえみたいに潔くない奴にも、現実を教えてやる必要があるみたいだからさ」


 カイエの視線の先では――禿頭の長身の魔族が、四人の闘士グラジエータ―を従えて、ゆっくりと近づいて来る。


「メリッサ・メルヴィン……無様な敗北をしたてめえが、闘技場コロシアム第一を名乗るのは、今日で終わりだ……今、この瞬間から、闘技場コロシアム最強は俺たちだ!」


 ギルニルザ・フーデリクが従えるのは、いずれも闘技場コロシアム十位以内の闘士グラジエータ―で――五人掛かりであれば負ける筈は無いという、ギルニルザの浅はかな考えが透けて見える。


「おまえさ……まあ、良いか。なあ、エマ……こいつらの相手は、おまえに任せるよ」


「うん、そうだよね……力不足なのは仕方ないけど、一応、私も頭に来ているし」


 エマは無骨な大剣を手にして、詰まらなそうな顔でギルニルザを見る。


「ああ、てめえか……ようやく俺の女になる覚悟が出来たようだな」


 品のない笑みを浮かべる禿頭の魔族に――


「あのさあ……五月蠅いんだけど!」


 エマが大剣を一閃すると――届く筈もない距離だというのに、五人の魔族の武器が根元から折れる。


「お、おい……こいつは、どういうことだ?」


 驚愕する魔族たちを――エマは憮然とした顔で、目を細めて見据える。


「何も解っていないみたいだから……何だったら、そっちが新しい武器を用意するまで待っても良いけど?」

 

「ふ、ふざけるなよ……おい、てめえら! もう、こんな女、肉片になるまで引き裂いて構わねえからな!」


 ギルニルザの叫びに、五人の魔族は一斉に襲い掛かって来るが――


「あ、そう……だったら、私も遠慮しないからね!」


 魔族たちが反応する間もなく、エマが一瞬で距離を詰めると――次の瞬間、五人の魔族の身体は、闘技場コロシアムの壁にめり込んでいた。


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