第152話 闘技場閉幕



 その後もメリッサは、エマ、アリス、ローズ、カイエの四人と順番に試合を行い――どの試合も、手も足も出ずに瞬殺された。


 全ての試合が終わって、闘士グラジエータ―の控え室に戻ると、カイエは一緒に戻って来たメリッサに声を掛ける。


「メリッサ、おまえってさ……ホント、良い根性してるよな」


 これは『良い意味』で言っているのであり――カイエは面白がるように笑っていた。


 メリッサと四人の実力差は、当然ながら歴然としており、彼らの動きを捉えることすら出来なかったが――彼女は最後まで諦めるでも、自暴自棄になるでもなく、全力で立ち向かって来たのだ。


 勝算など無いのだから、無謀なだけと言えばそれまでだが――大抵の者なら、最初にロザリーに負けた時点で、精神をへし折られていただろう。


「ああ……今の僕には、頑張ることしか出来ないからね。でも、お陰で……ほんの少しだけど、何かを掴めた気がするよ」


 大衆の面前で無様な敗北を繰り返した闘技場コロシアム元第一位は――そんな事などお構いなしで、むしろ清々しい感じの笑みを浮かべていた。


 世界の広さを知らずに、無意識に自惚れていた過去よりも、敗者となって現実を知った今の方が、ずっと価値があるとメリッサは本気で思う。


「なあ、メリッサ……強くなるために何でもするくらいの覚悟があるなら、うちの模擬戦に参加してみないか?」


 カイエに誘われても――こんな展開など全く予想していなかったメリッサは、何を言われているのか、理解できなかった。


「えっと、それって……」


「だからさ……鍛えてやるとか、そんな偉そうなことを言うつもりはないけど。おまえに戦い方を教えてやるから、あとは俺たちとの模擬戦で経験を積んで、勝手に強くなれってことだよ」


 揶揄からかうように笑うカイエに、ようやくメリッサも意図を理解して、目を丸くする。


「誘ってくれるのは、凄く嬉しいけど……僕なんかが、良いのかい? 君たちにとっては、足手まといでしかないだろう?」


「別に、おまえの事ばかりにかまける気はないし、あくまでも期間限定だけどな。そのくらい、みんなも反対しないだろう?」


 カイエが視線を向けると――


「あんたねえ……結局、フラグを立ててるじゃないの?」


 アリスは呆れた顔をする。


「でも、まあ……あれだけボコボコにされても、自分から立ち上がろうとする子を、私たちは止めたりしないわよ。ねえ……みんな?」


「うん! 私は大賛成だよ。メリッサ、どうせやるなら、徹底的にやろうね」


「そうね。どうすれば勝てるかを必死に考えながら、自分よりも強い相手と戦い続ければ、必ず強くなれるわよ。メリッサが本気で頑張るなら、私も応援するわ」


 エマとローズはニッコリと笑って、メリッサに手を差し伸べる。


「でも、メリッサ……うちは恋愛禁止だからね。その事だけは、肝に銘じておいて」


「あ、ああ……解ったよ」


 しれっと付け加えるローズに、イマイチ意図が解っていないメリッサ。

 エスト、アリス、エマの三人は――どの口が言うのかと思っていたが、その方が安心だからと、敢えて突っ込まない事にする。


「君たちの強さにすら気づかずに、愚かで無礼に振舞った僕を……許してくれると言うのか?」


「確かに……洞察力に欠けていた点は褒められたモノでは無い。そのせいで周りが見えていなかった事も、しっかり反省すべきだが……それでも、今のメリッサが嫌な奴だなんて、私たちは誰も思っていないよ」


 エストは苦笑するが――その笑みは何処か優しげだった。


「真摯に強くなろうとする者を、私たちは拒んだりしない。だけど……鍛練でも模擬戦でも、うちのみんなは遠慮はしないから、覚悟しておいてくれ。ようこそ、メリッサ……私は歓迎するよ」


「み、みんな……ありがとう。あ、あれ? なんで……」


 メリッサの頬を伝わって――温かいモノが零れ落ちる。

 嬉しくて涙を流したのも、彼女には初めての経験だった。


「よし、メリッサの参戦は決まりって事で……ロザリーも、文句は無いんだよな?」


 カイエが話を振ると、ロザリーはギクリとして、


「あ、当たり前ですの……ロザリーちゃんは、初めから大賛成ですの!」


 などと白々しい台詞を吐きながら――心の闇の中で舌打ちする。


(また……余計な奴が入って来たのよ!)


 ロザリーにとってメリッサの存在は、『邪魔者』以外の何者でもないのだ。


 自分の地下迷宮ダンジョンを強化するための技術や情報を盗むために、ロザリーはカイエたちに同行している。

 そして、あわよくば秘密や弱点を掴んで、自分に屈辱を味あわせたカイエに復讐したい――それがロザリーの野望だった。


 だから、メリッサなどという弱者の相手をする暇があるなら、もっと高いレベルの活動に集中して、ロザリーの役に立つような技術や情報に触れる機会を増やして貰いたい――


 などという事を、ロザリーは思っていたが……そんなモノは建前に過ぎなかった。

 結局のところ、本音を言ってしまえば――カイエたちが自分以外を構うことが、面白く無いだけなのだ。


「へえー、そうか……ホントに良いんだな?」


 カイエは全部解っていながら――いや、解っているからこそ、意地の悪い顔で念押しする。


「も、勿論ですのよ……ロ、ロザリーちゃんだって、頑張ってる人は嫌いじゃないのよ!」


 あ、これは完全にバレてるのよ――ロザリーは冷や汗を掻きながら、そう宣言した。

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