第149話 悪気は無いけど


「僕はギルニルザが新人闘士ルーキー潰しに行くって聞いたから、止めに来たんだが……どうやら、杞憂だったみたいだね。新人闘士ルーキーは女の子らしいから、後ろにいる子のうちの誰かなんだろうけど……暴力無しでギルニルザを黙らせるとか、君も大概だよね?」


 ジト目のローズと、冷ややかな笑みを浮かべるエストを尻目に――メリッサ・メルヴィンはカイエを見つめて、楽しげに微笑む。


(いや、だから……俺はフラグなんて立ててないし、この女に興味は無いからな?)


 ローズとエストに視線で文句を言うと、カイエはメリッサに向き直った。


「おまえさ、氏族長クランチーフの娘だとか、闘技場コロシアム一位だとか、なんか勝手に自己紹介してるけど。そんなの、どうでも良いからさ。この禿げの知り合いだったら、邪魔だから、さっさと連れて帰れよ」


「あれ……もしかして、僕のことまで邪魔だって言ってる?」


「ああ、そう言っているんだよ。俺たちは自分の面倒は自分でみるからさ、おまえが出る幕なんて無いから」


 取り付く島もないカイエの態度に――他の客たちが騒めき出す。


 メリッサが店に入って来た瞬間から、周りにいる魔族たちは一斉に彼女に注目し、彼女の言葉を聞き逃すまいと押し黙っていた。


 憧れとか崇拝だとか、そんな感情に彩られた視線――彼らにとってメリッサがどういう存在なのか、カイエには容易に想像できたが、敢えて無視する。


 その結果……周り中から敵意と非難の感情を向けられるハメになった。


「せっかくメリッサ様が来てくれたのに……なんて態度だ?」

「ふざけた事を……メルヴィンの姫様に、無礼だろう!」

「少しくらい腕が立つからって……己惚れやがって!」


 全員がメリッサの味方であり、今にもカイエたちを袋叩きにでもしそうな雰囲気だが――


「悪いけど君たちは、黙っていてくれるかな? さっきも言ったけど、今回の喧嘩は全部僕が買わせて貰うから……文句は誰にも言わせないよ」


 メリッサの言葉に、魔族たちは再び押し黙る――周りが注目するのも、素直に従うのも当然という感じで、メリッサは実に堂々と振舞っていた。


「僕のことを邪険にするなんて……ホント、君は面白いよね?」


 その言葉も決して嫌味ではなく、本当に興味津々という感じだった。


「ふーん……メリッサ、おまえがどういう奴なのか大体解ったよ。ところでさ、その角は何なんだ?」


 カイエの方は、相変わらず大して興味も無さそうに言う。


「ああ、これかい? 勿論、飾りだけど――」


 メリッサは藍色の髪から、白く煌めく二本の角が生えた髪飾りを外す。


「ホント、君は何も知らないみたいだね? 角を付けるのメルヴィンの戦士誇りなんだ。相手が僕以外のメルヴィンだったら……誇りを汚されたと、切り掛かられているところだよ」


「おまえは怒らないのか?」


「うーん、そうだな……正直に言えば僕も、角を付けるセンスとか微妙だと思っているからね。僕の方からも、質問して良いかな? まず、君の名前を教えてくれるかな?」


「カイエ・ラクシエルだ」


 カイエは素っ気なく応えるが、メリッサは気にする様子も無く、


「じゃあ、カイエ……君は僕の力に気づいていながら、そんな風に堂々としているんだよね?」


「ああ。おまえの魔力くらい、俺も把握しているよ」


「うん、やっぱり、そうなんだ……ねえ、カイエ。僕と戦ってくれないかな?」


 ギルニルザを威圧するだけで黙らせたカイエの実力――それがどれ程のものか、メリッサは知りたかった。


 彼女の言葉に、周りの魔族たちが無言で歓喜の視線を集める。


 自分たちの憧れの存在であるメリッサに対して、先ほどから無礼な態度を取り続ける男に――彼女自身が鉄槌を食らわすというのだから、これ程喜ばしいことはなかった。


 ほら、今さら逃げるんじゃねえと、魔族たちが注目する中――


「まあ、そんなに戦いたいなら、相手をしてやるけどさ……メリッサ、おまえって色々と勘違いしてるよな」


 カイエは苦笑する。


「僕が勘違いしてる? それって、どういう意味?」


 不思議そうな顔をするメリッサに――カイエは視線で、仲間たちの方を見るように促した。


「別に非難する気なんて無いけどさ……メリッサ、おまえはナチュラルに自分が最強だって思ってるだろ? だけど、こいつらの実力に気づいていない時点で、おまえの負けだからな」


 メリッサに悪気が無いことは解っている――彼女自身が言ったように、メリッサは新人闘士ルーキー潰しをしようとしたギルニルザを止めに来て、たまたまカイエという強者を見つけて興味を持っただけだろう。


 おそらくメリッサは自分に匹敵するか、それ以上の強者と戦った経験が無く、そのせいで相手の実力を把握する能力に長けていないのだ。

 だから、本来の力を隠しているローズたちに気づく事ができなくても、ある意味仕方がないのだが――


 ローズたちを無視するメリッサの態度が、カイエは気に入らないのだ。


「うちの連中は全員。少なくとも、おまえより強いよ。おまえが強い奴に興味があるって言うならさ……俺と戦う前に、こいつらに相手をして貰ったらどうだ?」


 あからさまなカイエの挑発に、今度こそ周りの魔族たちの怒りが爆発する。

 彼らは罵声を上げて、一斉に立ち上がるが――


「五月蠅いな、黙れよ……」


 カイエが放った殺気に――凍り付いたように動きを止める。


「あんたねえ……カイエ、さすがにやり過ぎでしょ?」


 呆れ果てたという感じで、アリスは溜息をつくが、


「でも……カイエは私たちのために、怒ってくれたんだよね……」


「そうだな……私は、嬉しいよ……」


 ローズとエストは左右から密着して、頬を染めながら上目遣いに見つめる。


「うん……私だって、物凄く嬉しいからね」


 エマは後ろから抱きついて、背中に顔を埋める。


 突然出現した空気を読まないピンク色の空間に、メリッサは唖然とするが――


「君たちも……カイエが言うようにそれほどの強者なら、是非とも僕と戦って欲しい!」

 彼女もカイエの殺気を感じていたが――それで実力を察するレベルの感性はなかった。

 だから、むしろ自分を楽しませてくれる程度の実力があれば嬉しいと、無自覚な上から目線で彼らを見ていた。


「……確かに、このメリッサって子は重症みたいね。まあ、カイエの狙いは解ったし……良いんじゃない?」


 アリスはしたり顔で笑うと、カイエの首にしな垂れかかる。


「でも、全員って……ロザリーにも戦わせるの?」


「ああ、当然だろ……何しろ、一番怒ってるのはロザリーだからな」


 揶揄からかうように笑うカイエの視線の先で――ポニーテールの魔族の姿をした少女は、肩を小刻みに震わせていた。


(このロザリーちゃんに……魔族の小娘風情が、舐めた真似をしてくれるのよ。絶対に、絶対に……後悔させてあげるかしら!)


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