第148話 魔族の事情
「うん、料理も美味しいし。私たちの街と、そんなに変わらないよね」
空にした皿をテーブルに積み上げながら、エマはニッコリと笑う。
肉料理も魚料理も――香辛料をたっぷり使ったトルメイラの料理は、エマの好みだった。
濃い味付けでボリュームもあって、塩分とカロリー消費が激しい彼女にはピッタリなのだ。
「そうね。このお酒も――『火酒』って言うらしいけど。ピリッとした感じで美味しいわよ」
アリスはそう言って、アルコール度数が高そうな透明な酒を一気に飲み干す。
「文化とか風習とか、色々と違う部分はあるけどさ。普段の生活なんて、人も魔族も大差ないだろう?」
どこか懐かしむような感じで、カイエは周囲に視線を巡らせる。
周りのテーブルを囲んでいるのは、当然なから魔族ばかりで……街中で見掛けた者たちも同様だが、彼らの大半が武装していた。
ゼグランから聞いてはいたが、普段から武器を持ち歩くのがガルナッシュのスタイルらしい。
「自分の身は自分で守るって事だろうな。色々な氏族が混在してるから、多少の争い事は日常茶飯事みたいだし……昔も同じような連中は沢山いたけど、魔族全部がそうだった訳じゃない」
アリスと同じ酒を、カイエも軽く飲み干す。
「今の時代の魔族の事なんて、俺はほとんど知らないからさ。色々見て回って、詳しく知りたいんだよ」
「うん、私もカイエと一緒に……魔族の国の色々なところを見たいな」
「ああ、そうだな……私も魔族の文化や考え方を、カイエと一緒に詳しく学びたいと思っているよ」
魔族の姿になっても、ローズとエストは相変わらずで――周りの視線など一切構わずに、カイエに密着していた。
自分からくっつきながら、エストが恥ずかしがっているのも、いつも通りだ。
「みんなが言いたい事は解るけど……ねえ、さすがにこんな話をしてると、疑われないかな?」
エマが周りを気にしながら――声を落として言う。
会話の内容が、如何にも人が魔族について語っているような感じだったからだ。
「エマ、そんなに心配するなよ」
カイエは気楽に応じる。
「手の込んだ真似をしてまで、人がガルナッシュに潜入するメリットなんて、普通に考えれば無いし。それに、そもそも魔族も人も、相手側に潜入するって発想自体が希薄だろう?」
二つの種族の多くが、互いを理解などと考えてはいなかった。
「それに能力の平均値では遥かに劣る人族が、自分たちに化けるなんて魔族は思わないだろうし。俺たちの会話に聞き耳を立てる奴がいても、本気で人族だって疑ったりしないだろう?」
人族にも勇者パーティーの面々など、突出した能力を持つ者はいるが――種族平均としては、魔族の方が明らかに勝っているのは事実だった。
それでも人族が魔族に対抗できるのは、人族の方が十倍以上多く存在するからだ。
こんな会話をしているタイミングで――彼らの方に近づいて来る者がいた。
「おまえは……今日、
禿頭の魔族が――エマを見て、残忍な笑みを浮かべる。
身長は百九十センチ程度で……エマが倒した巨漢と比べれば、高さも横幅も大きくは無いが――その魔族が放つ威圧感は、巨漢の比ではなかった。
「おまえからは……特別な力を感じるぞ! 俺はギルニルザ・フーデリク……闘技場第三位の闘士だ。おまえは……俺の女になるべきだ」
周囲の魔族たちは、ギルニルザのために道を空ける。
しかし、自信たっぷりに言うギルニルザに、
「褒めてくれるのは嬉しいけど……ゴメンね、何言ってるのか解らないや。私は自分よりも弱い男に、興味なんて無いから」
エマはニッコリと笑って、辛辣な言葉を浴びせ掛けた。
この瞬間――ギルニルザの顔色がどす黒く変わる。
「何だと? バグザットを倒したくらいで……良い気になるな!」
ギルニルザは一瞬で距離を詰めて、エマに襲い掛かるが――
「おまえさ……俺の女に、何をする気だよ?」
カイエの漆黒の瞳が――冷徹な光を帯びてギルニルザを見据える。
それだけで……第三位を誇る禿頭の魔族は、動けなくなった。
「き、貴様、ふざけた真似を……俺は容赦などしないぞ!」
虚栄心に満ちたギルニルザの言葉が空しく響く中――
「カイエ……うん、そうだよ。私は……カイエのモノだから」
そんな事などお構いなしに、エマは頬をピンクに染めてカイエを見つめる。
その光景が――魔族の闘士の残虐性を奮い立たせた。
「ふざけるな……」
両腕に女を抱き抱える少年は、大して身長が高い訳でもなく、身体つきも華奢だ。
それでも、こんな舐めた態度を取るのだから……
「たとえ貴様が
頭に血を昇らせて襲い掛かるが――ギルニルザはカイエの姿を一瞬で見失う。
慌てて周りを見回すと……背後から声が聞こえた。
「あのさ……おまえが馬鹿なのは解ったから。死にたいなら、好きにしろよ?」
ギルニルザは振り向こうとするが――恐怖に震えた身体は、微動だにしない。
「き、貴様……この俺を、ギルニルザを……」
「ああ……そういうの、どうでも良いから。さっさと――」
カイエが面倒臭そうに言い掛けたとき、
「この喧嘩は全部、僕が買わせて貰うよ。たがら……誰も文句はないよね?」
酒場に響く女の声に、その場にいた魔族たち全員が、申し合わせたように押し黙る。
そして、彼らの前に現われたのは――
細いシルエットの百七十センチの身体……しかし、その全身からは、他者を圧倒する魔力が滲み出ている。
藍色の艶やかな髪と――白く煌めく二本の角。
赤い目をした魔族の女は、楽し気な笑みを浮かべる。
「おまえさ……文句を言うに決まってるだろ? 勝手なことを言うなって」
全く興味が無さそうなカイエに――魔族の女は、目を丸くする。
「もしかして、僕のことを知らないとか……君って、面白いよね? だったら、自己紹介するよ……僕はメリッサ・メルヴィン。ガルナッシュ連邦国の第一氏族であるメルヴィンの
メリッサはそう宣言して――興味津々という感じでカイエを見つめる。
「あのね……カイエ? どういうことか、説明して貰えるよね?」
ローズのジト目に――
「私も、そう思うな。今さらフラグを立てるとか……カイエ、どういうつもりなんだ?」
エストの碧眼が共鳴して――冷ややかな笑みを浮かべた。
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