第147話 エマと闘技場


 巨大な戦斧を振り回す巨漢の魔族を前に――エマは少し呆れた感じで、感想を漏らした。


「ねえ……本気でやってるんだよね? 悪いけど、力任せなだけじゃ、私には勝てないと思うよ」


 エマは鎖帷子チェインメイルに無骨な大剣という格好(スタイル)で、巨漢の魔族と対峙していた。

 装備だけではなく――今の彼女の姿は、いつもと明らかに異なっていた。


 銀色の髪と瞳の色は変わらないが――尖った耳に、少し吊り上がった目。発達した犬歯に、肌の色はいつもよりも濃い。


「ぬかせ……小娘が!」


 身長二メートルを超える巨漢の魔族は、エマの言葉に激昂して、さらに力を込めて戦斧を振り回した。


 巨漢の攻撃は、鎖帷子チェインメイルごと相手を肉片に変えるくらいの威力はあるが――動きが雑過ぎるし、エマにとっては余りにも遅過ぎた。


「それじゃあ……こっちも、行っくよー!」


 巨漢が戦斧を振り上げた瞬間を狙って、エマは大剣の平で胴体を薙ぎ払う。

 三倍近い体重差がある筈だが――巨漢は一撃で弾き飛ばされ、十メートル以上も後方の壁に叩きつけられる。


 巨漢が地面に崩れ落ちた瞬間――観客席から、怒涛のような歓声が湧き上がる。


 エマが戦っていたのは市街地にある巨大な闘技場コロシアムで、客席を埋め尽くしてるのは、全て魔族だった。


 魔族の国ガルナッシュ連邦国の第三都市トルメイラ――今、エマたちは、その只中にいた。


※ ※ ※ ※


 時間を遡って――


 みんなでエストの恩人であるダリウス・バーグナー司祭の墓参りをした後、カイエたちはガルナッシュへと向かった。


 世界の各地を登録マーキングしているエストの転移魔法で北上してから、白銀の船でクレスタ海を渡って、ガルナッシュがあるストランジア大陸へ――


 さすがに白銀の船では目立ち過ぎるからと、ガルナッシュの近海に辿り着いてからはエマの多人数飛行マストラベルで移動した。

 その間、カイエが認識阻害をフルに発動させていたから、彼らの姿に気づいた者は全くいなかった。


 いったん郊外に上陸してから、黒鉄の馬車で街道を移動――カイエたちが最初に訪れたのは、ガルナッシュの第三都市トルメイラだった。


「ガルナッシュは鎖国していて、人を完全に拒絶しているらしいからな。みんなには魔族の姿になって貰うよ」


 そう言ってカイエが渡したのは、『変身ポリモーフ』の魔法を恒久化する指輪たった。

 この魔法は幻覚で偽りの姿を見せるのではなく、実際に姿を変化させるのだ。


「『変身ポリモーフ』は普通に発動すると、効果時間に制限があるからな。それに俺たちと一緒に居ないときに魔法消去ディスペルされると厄介だし。この指輪を嵌めていれば、仮に魔法消去ディスペルされても、すぐに『変身ポリモーフ』が発動して魔族の姿になるからさ」


「ほう……嵌めた者の魔力を利用して、魔法を恒久化しているのか?」


 カイエお手製のアイテムに、エストは興味津々という感じで――二人の魔法技術談議に、他の四人も小一時間付き合われれることになった。


 ちなみに尖った耳以外の魔族の特徴である吊り上がった目も、発達した犬歯も、肌の色の濃さも――『人と比べれば』というくらいで、氏族や個体によっても差があった。


 イルマの使用人であるガゼルのように、耳さえ隠せば人と大差ない外見の者もいれば、『変身ポリモーフ』で変化した今のエマのように、犬歯が発達した者もいるのだ。


 他の五人が変身した姿はと言うと――カイエとエストとロザリーは比較的大人しめで、ローズとアリスは、エマほどではないが魔族の特徴が強く現れていた。




 魔族の姿に変身した六人は、正門から堂々とトルメイラに入った。


 巨大な石壁に囲まれた城塞都市は、外から見ると巨大な要塞のような印象を与えるが、市内は雑然とした感じの普通の街並みだった。


 建物の造りや色使いなどは、ローズたちには馴染みのないモノだったが――それは人が支配する異国の街でも感じる事であり、魔族の国だから特別という訳ではない。


 ガルナッシュの文化や風習ついては、事前にゼグランから聞いていたから、カイエたちも最低限の知識はあった。


 都市に入るときに通行税を徴収されることも解っていたし、エストとロザリー以外が旅向きの丈夫な革製の服を着て、ベルトに剣を刺しているのも、魔族のスタイルに合わせたものだった。


「ねえ、あれって……」


 今夜泊る宿でも探そうかと、市街地を歩いているときに、エマが声を上げた。


 彼女の視線の先には、巨大な円柱型の建築物があった。外見から競技場か劇場の類いであることは想像できるが――


「俺たちの目的は、魔族について知ることなんだし。とりあえず、行ってみるか?」


 そして彼らが向かった先が――闘技場コロシアムだったのだ。


 生死を問わない血生臭い戦いに、客席を埋め尽くす観客たちは、その勝敗に金を賭けて、歓声を上げる。

 倫理観に厳しい者なら、野蛮な行為だと非難するかも知れないが――


「こっちにも、剣闘士グラジエーターがいるのね」


 ローズたちは、そうは思わなかった。

 人の国にも闘技場コロシアムはあるし、殺し合いを見せものにするのだって珍しい事ではない。


 強制されて殺し合いをするなら話は別だが、自分の意思で戦うのであれば、問題視するつもりはない。いや、それどころか――


「闘技に参加者する者の資格は問わないって……そう書いてあるよね?」


 闘士募集の張り紙を目ざとく見つけて、エマが明らかにワクワクしていた。


「あのねえ、エマ……変なことを考えてるでしょ?」


 アリスは呆れた顔で言うが、


「いや、別に構わないんじゃないか? 人だとバレると面倒だけどさ。魔族として目立つなら、全然問題ないと思うよ」


 カイエは面白がるように笑う。


「え……カイエ、良いの?」


 エマが期待に満ちた視線を向けると、


「ああ、行って来いよエマ。だけど、聖騎士の力は使うなよ? 光の魔力を帯びたら、さすがに魔族じゃないってバレるからな」


 そう言ってカイエは、エマの指にもう一つ、漆黒の指輪を嵌める。


「カイエ……これって……」


 先ほどとは違う意味の期待を込めた視線に――カイエは苦笑して、


「光属性の魔力の発動を阻害する指輪だけどさ……エマが本気で発動したら、指輪の方が壊れるからな?」


 だから暴走するなよと暗に示す。


「……うん、解ってたもん」


 そう言いながらエマは、頬を膨らませる。


 聖騎士と勇者は、光の魔力を帯びることで本来の力を発揮する。だから、それを封印することは大きなハンデを背負うことになるが――


「私だって……カイエとアルジャルスに鍛えて貰ったから。光の魔力を使わなくても、結構戦えると思うよ」


「そうだな、エマ……おまえの実力を見せてやれよ」


「うん……」


 そして、冒頭シーンへ――エマにとっては本来の力を使わなくても、闘技場コロシアムランキング十三位の相手など、ヌル過ぎたのだ。


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