第146話 アリスの仲間たち
暗殺者ギルドの応接室で、カイエたち五人はアリスを待っていた。
アリスと一緒にやって来たデニスを見て――カイエは面白がるように笑う。
(この爺さん……俺たちを値踏みしようって気、満々じゃないか)
「勇者ローズ殿に、賢者エスト殿……それに、聖騎士エマ殿だな。俺はデニス・スパイダー。アリスの後任のギルドマスターだ」
「アリスの前のマスターでもあるのよね? ローゼリッタ・リヒテンバーグよ。デニスさん、よろしく」
「うん。デニスさんのことは、アリスから聞いてるよ。私はエマ・ローウェル。よろしくね」
「ああ、アリスが子供の頃から、世話になったらしいな。エスト・ラファンだ。よろしく頼む」
三人の挨拶を受けて――さすがは勇者パーティーの連中だとデニスは思う。
ローズたちは自然体でありながら、まったく隙がなかった。
「あのね、エスト……間違えないでよね? 私の方がジジイの世話をして来んだから」
「アリス、『ジジイ』は酷いんじゃないの、せめてお爺さんとか?」
「いや……普通に名前か、マスターって言うべきじゃないか?」
仲間たちとの何気ない会話を聞きながら、デニスは思わず頬を綻ばせる。
こんなやり取りの中にも、彼女たちの明け透けな関係が感じられたからだ。
「ところで……勇者パーティーは魔王を倒しても、解散してないとは聞いていたが。あんたたちは、これからもアリスと一緒に、何かやるつもりなのか?」
「そうよ、私たちは……カイエと一緒にいるって決めたから」
ローズの言葉に、四人は視線を一点に集める。
その先にいるのは――先ほどから、今の状況を面白がっている少年だった。
カイエは襟付きのシャツ一枚に、レザーパンツというラフな格好で。ナイフの一本も持っていない。
特に背が高い訳でもなく、身体つきも華奢だから。威圧感など微塵も感じさせない筈だが――
「あんたは……こいつは驚いた。唯のガキにしか見えないが……いったい何者なんだ?」
カイエが隠している力を、デニスは敏感に感じ取っていた。
「なるほどね……さすがは暗殺者ギルドのマスターってところか。俺はカイエ・ラクシエル――どうせ、あんたには隠しても無駄だろうから。神聖竜アルジャルスが王都で同胞って言ったのは、俺のことだよ」
この瞬間――デニスの目つきが鋭くなる。
「ああ、そういう事か……馬鹿王子と一悶着起こしたってのも聞いているが。さすがに王家に睨まれたら不味いんじゃないのか?」
王都で起きた事件については。アリス絡みという事もあって、デニスは詳しく調べていた。
神聖竜まで現れたと、まことしやかに騒がれた事件――勇者パーティーと王家が対立する原因になったと噂される出来事の中心に、カイエ・ラクシエルという人物が居たことをデニスは知っていた。
「いや、俺としては別に。聖王国の王家の事なんて、どうでも良かったんだけどさ。向こうから絡んできたから、手を打っておいた。だから、もう問題は無いと思うけど――
それでも……まだ懲りずに手を出してくるなら。次は徹底的に叩き潰すまでだ」
別に気負う訳でもなく、世間話をするような感じで話しているが――カイエが本気なのは、デニスにも解った。
「ラクシエル、あんたは……アリスを何に巻き込むつもりだ?」
カイエが個人として何をしようと勝手だが――アリスが一緒なら話が違う。
王家を平然と叩き潰すと言うカイエの歩む道が、平坦である筈はないのだから。
表情を厳しくするデニスに――カイエは
「なあ、デニスさん。あんたが心配する気持ちも解るけどさ……うちのアリスを、あんまり舐めるなよ」
「な、何だと……」
思わず気色ばむデニスに、カイエは何食わぬ顔で応える。
「アリスは自分で選んだ訳だし。あんたが考えてるよりも、ずっと強いし、
普通に考えれば、誇大妄想のような台詞だが――漆黒の瞳に正面から見据えられて、デニスは何故か何も言い返せなかった。
「だから……後悔するって言ったのよ?」
アリスは満足げに、カイエの背中にしな垂れかかる。
カイエの言った言葉が――物凄く嬉しかったのだ。
「デニス……悪いけど、あんたじゃ力不足なのよ。カイエは本当に
「おい、アリス……全然フォローする気ないだろ?」
呆れた顔をするカイエに、アリスは悪戯っぽく笑って、指を絡ませる。
まるで自分たち以外見えていないような振舞いに、デニスは唖然とするが――アリスの笑みの意味に気づいて、思わず頬を綻ばせた。
「まったく……年寄りの前で、イチャつくんじゃねえよ!」
何か良い感じに纏まったという雰囲気だったが……こんな状況を、他の三人が見過ごす筈も無く――
「アリス……一人で抜け駆けしないでよね? アリスの実家みたいなところだって思ったから、私は我慢してたのに!」
ローズがそう言って、カイエの腕にしがみつくと、
「あ、ローズまで……」
「あー! ズルいよ、みんな!」
エストとエマまで参戦して――瞬く間にピンク色の空間が出来上がった。
「おい……あんたたち、いったい何してやがるんだ?」
想像の遥か斜め上へと突き抜けた展開に、デニスは大口を開けるが――勇者パーティーの面々は、そんなことなどお構いなしだった。
※ ※ ※ ※
「それじゃ……デニス、邪魔したわね」
アリスは勝ち誇るように笑って、デニスに別れを告げた。
「ああ……おまえのことは、心配するだけ無駄って解ったからな。何処へでも好きに行きやがれ! それにラクシエル……さっき言ったことを忘れるなよ?」
デニスは憮然とした顔で言うが――カイエには、もうツンデレ爺にしか見えなかった。
「あのさ、デニスさん……俺のことは『カイエ』で良いよ。今度また、みんなでラケーシュに遊びに来るからさ。そのときは、アリスと三人で酒でも飲まないか?」
何食わぬ顔で笑うカイエに、デニスは顔を顰める。
「アリスを奪っていった奴と、誰が酒なんか……俺は口が肥えてるからな。どうしても一緒に飲みたいなら、最高の酒を土産に持って来い」
「ああ……憶えておくよ」
軽口を叩きながらも――カイエは時折、優し気な視線をアリスに向ける。
他の三人にも、同じような目をするのが気に食わないが……この男ならアリスを任せるのも仕方ないかと、デニスは思ってしまった。
カイエたちが立ち去った後、デニスは自分の部屋に戻ろうとするが――
「まったく、無力な人風情が……カイエ様に無礼な口を利くのは、許せないのよ」
少女の声に視線を動かすと――ロザリーが彼を見上げていた。
「お嬢ちゃんは……」
カイエたちと一緒に居た幼い彼女のことを、デニスは侍女か何かだと思って特に気にも留めていなかった。
しかし、一人だけ部屋に残っていたことに、暗殺者ギルドのマスターである自分が気づかない筈はなく……その違和感に、デニスは戦慄を覚えた。
少女の正体を見定めようと目を細めたとき――ビスク・ドールを思わせる幼くも美しい少女の顔に、冷酷な笑みが浮かんだ。
「今回だけは……アリスさんに免じて、ロザリーちゃんも許してあげるかしら。でも、もし次に同じような真似をした――」
両肩に手を置かれて、ロザリーは言葉を詰まらせる。
「おい、ロザリー……どういうつもりだよ?」
「ホントね……悪い子には、お仕置きしないと」
カイエとアリスが、いつの間にかロザリーの後ろにいた。
「おい……おまえたち、どうやって……」
二人が部屋に戻って来たことも、デニスは全く気づいていなかった。
諜報活動を得意とする暗殺者ギルドの面目を潰されて、デニスは愕然とするが――
「ああ、説明するのも面倒だし。気にするなよ」
「そうね。ロザリーのことも考えても無駄だから、諦めなさい」
カイエとアリスの反応は素っ気なかった。
「そんなことよりも、ロザリー……解っているわよね?」
「ア、アリスさん……違うのよ。ロザリーちゃんは……」
「おまえなあ……言い訳をしても無駄だから。今回のは、唯の八つ当たりだろう?」
悲鳴を上げるロザリーを、二人は両手を掴んで引きずっていく。
遠ざかっていく少女の声を聴きながら――デニスは嫌な感じの疲労感を覚えていた。
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