第145話 別れと出会い
ジャグリーンが姿を消してから一月と経たぬうちに――アリスは彼女が海軍に入ったことを知った。
「ジャグリーン……どうして……」
当時のアリスは、ジャグリーンを恨んだ。
「海軍なんて……王国軍なんて……見てなさいよ、ジャグリーン。私が最強の暗殺者になって、絶対に後悔させてあげるわ!」
それからのアリスは、鬼気迫る勢いで腕を磨いた。
ジャグリーンよりも強くなって、彼女を打ち負かすことで、自分と暗殺者ギルドを捨てたことが誤りだったと、認めさせたかったのだ。
後から思えば――赤面するくらい子供っぽい考え方だと、苦笑するしかないのだが。
当時のアリスはジャグリーンに後悔させたい一心で、必死に強くなろうとした。
そして、十五歳で勇者パーティーに加わる頃には――すでにアリスは、聖王国最強の暗殺者と呼ばれていた。
※ ※ ※ ※
「私はアリス・ルーシェ……最初に言っておくけど。足手纏いの勇者なんて、いらないからね?」
初対面のローズに向かって、アリスは開口一番そう告げた。
冷たい目で、赤い髪の少女を値踏みするように見る。
勇者パーティーなんて、アリスは全く興味がなかった。
魔王が世界を支配しようとしているのは知っていたが、魔族と戦うのは、それこそ王国軍の仕事であり、暗殺者である自分には関係ない。
世界を救うなど、リアリティの欠片も感じなかったし。他人のために戦うなんて、馬鹿か偽善者のやることだと思っていた。
それでも勇者パーティーに加わったのは、ギルド本部が任務として依頼して来たことと――すでに海軍提督になっていたジャグリーンが、魔王軍との戦いに参加していたからだった。
(私の方が強いって……あの女に思い知らせてやる良い機会ね)
勇者のことも他のメンバーのことも、アリスの眼中には無く……自分の力だけで、魔王を倒すという任務を達成するつもりだった。
「そう、解ったわ……アリス。私が足手纏いだと思ったら、見捨てて構わないわよ」
赤い髪の少女は、真っすぐにアリスを見つめた。
「でも、私は……どんなことがあっても、仲間のことは絶対に守るから」
決して揺らぐことのない意志が宿る褐色の瞳――ローズはニッコリと、満面の笑みを浮かべる。
このときアリスは――『強さ』には色々な意味があることを知った。
「そうだな……私たちの中で、アリスが一番強いのだろうが。だからと言って、アリスにばかり頼るつもりは無いよ」
金髪碧眼の少女――エストは、アリスの挑発的な態度など気にする様子も無く、静かな視線を向けてくる。
「私は……エヘヘ。一生懸命頑張るだけだよ!」
褐色の肌をした銀髪の少女――エマは、何故か嬉しそうに笑っていた。
「あのねえ、あんたたち……」
アリスは拍子抜けして、嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが……
「さあ、みんな行くわよ。最初に目指すのは……」
そんな事などお構いなしに、もうアリスは仲間だと思っているローズは、どんどん話を進めようとする。
(何よ、勇者だからって。私より弱いくせに……もう! 私がついてないと、駄目じゃない……)
自分よりも少しだけ年下の少女たちに――この瞬間アリスは敗北したのだと、後々気づくことになる。
※ ※ ※ ※
「ということで、デニス。私はギルドマスターを辞めることにしたから。次のマスターには、あんたが復帰しろって、ギルド本部からのお達しよ」
ラケーシュの暗殺者ギルドのマスター室でで、アリスは髭面の壮年の男――デニス・スパイダーに対して、意地の悪い笑みを浮かべる。
「おい、冗談だろう……俺も今年で六十だぞ。そろそろ引退させてくれよ」
「あら……私がいない間も、マスター代理をしてたんだから同じことでしょ? それに本気で引退したいなら、もっと後人を育てなさいよ」
「アリス、おまえが言うか……ジャグリーンといい、おまえといい、こいつこそって思った奴は勝手に辞めやがる。尻ぬぐいをするのは、全部俺の仕事って訳か?」
ジャグリーンの前も後も、ラケーシュのギルドマスターはデニスだった。
アリスが生まれた頃から彼はギルドマスターを務めていたが、年齢を理由にジャグリーンに跡目を譲ったのだ。
しかし、ジャグリーンがギルドを去ったために、他の適切な人材がいないとギルド本部からマスターに復帰させられた。
ようやくアリスが次のマスターに決まったのに……おまえまで辞めるのかと、デニスは恨みがましい顔をする。
「悪いわね、デニス……暗殺者ギルドよりも面白いモノを、私は見つけちゃったから。あんたもくたばる前に、もうひと働きしなさいよ」
「ひでえ言い草だな……口が悪いのは相変わらずだが。アリス、おまえは変わったな」
「私が変わった? デニス、もう呆けたの?」
呆れた顔をするアリスに、デニスは歯ぎしりする。
「てめえ……そういうところも相変わらずだが。ガキの頃のおまえは、誰も寄せ付けない感じで尖っていたけどよ……丸くなったって言うか、女の顔になったな」
その瞬間――アリスは冷ややかな笑みを浮かべて、全身から殺意を漲らせる。
「へえー……その言い方だと、昔の私が可愛げがなかったって聞こえるけど?」
アリスは自覚していたが――そんな黒歴史は、力づくでも葬り去りたかったのだ。
「お、おい……俺が悪かった、冗談だ。アリスはガキの頃から……良い女だったよ」
顔を引きつらせながら言葉を選ぶデニスに、
「解れば良いのよ……でも、次は無いからね?」
アリスはそう言って、舌なめずりするように唇を舐める。
「じゃあ、私はもう行くわよ……デニス、後のことはよろしく頼むわね」
いつもの余裕の笑みに戻って、立ち去ろうとするが――
「まあ、少し待て。アリス……おまえが見つけた面白いモノって奴を、俺にも一つ見せてくれねえか?」
デニスの意図を掴みかねて、アリスは訝しそうな顔をする。
「いや、面倒なことを言うつもりはねえさ……おまえの仲間も一緒に来てるんだろう? 俺が挨拶するくらい、構わねえよな?」
ああ、そういう事ねと――アリスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「別に良いけど……後悔することになっても、知らないわよ?」
「後悔ねえ……おまえが見つけたモノを確かめない方が、よっぽど後悔すると思うぞ」
デニスにとってアリスは――子供というよりも孫という感じの存在だった。
勿論血のつながりなんて無いし、肉親面をする気などサラサラないが……唯一の肉親である母親を失っても、誰にも媚びずに自分の力だけで生きようとしたアリスを、デニスはずっと見守ってきた。
何かあれば手を差し伸べようと思っていたが――その必要すらなく、アリスは一人で立派に育った。
しかし、その代償として……勇者パーティーに入る前の彼女は、心から笑うことを忘れてしまったのだ。
(だけど……アリス、今のおまえは違う。本当に……変わったな)
アリスが素直に笑えるようになった理由を――その相手を、デニスはどうしても、確かめたかったのだが……
マスター室から二人が出て来ると、四人の少女と一人の少年が待っていた。
「よう、アリス。全部片付いた……って訳じゃないみたいだな?」
デニスを見据えて黒髪の少年は――面白がるように笑った。
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