第144話 アリスの過去


「そう……そっちは、面倒臭い相手だったみたいね?」


 グラスに入った蒸留酒ブランデーを飲みながら、アリスが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 夕食を予約しておいた高級食堂レストランの個室で、彼女はカイエたちに合流した。

 勇者パーティー御用達の『踊るイルカ』の料理は、味もボリュームもバッチリで、腹ペコを抱えていたエマも空になった皿をテーブルに山積みにして、すっかり満足していた。


「でも、エストとしては……カイエに庇って貰えて、役得だったんじゃないの?」


「そ、そんなこと……いや、そうだな。私はカイエが庇ってくれて……本当に幸せだなって感じたんだよ」


 エストは頬を染めて、カイエを上目遣いに見つめながら腕を絡ませる――何十回、何百回と繰り返しても、最初に意識したときと変わらない胸の高鳴りを感じる。


「……乙女っぷりで言えば、エストが一番よね? あんたも、そろそろ慣れなさいって……まあ、良いけどね」


 今でも初々しさを感じさせるエストの反応に、アリスは優しい笑みを浮かべる。


「ところで……アリスの方は、どうだったの?」


 エストとは反対側で――ローズは当然のように、カイエに密着していた。

 いや、もはや触れていない方が不自然だと思えるくらい、ローズはいつもカイエにくっついている。


 自分の想いを、自然にストレートにぶつける――それがローズらしいと、アリスはいつも思っていたし。

 そんなローズだから支えてあげたいと、勇者パーティーに入った頃から思ってきた。


「私の方は特に問題もなかったわよ。ギルド本部の連中は納得させたから、あとはラケーシュに行って、次のマスターに引き継ぎをするだけよ」


「ラケーシュって……アリスが生まれた街だよね?」


 エマが何気ない感じで訊く。満腹の彼女は、少し眠そうな感じだった。


「ええ、そうよ……私が生まれたのも、暗殺者ギルドに入ったのもラケーシュで。良くも悪くも、思い出深い場所だわ」


 昔を懐かしむように――そして苦い思い出を顔を顰める感じで、アリスは苦笑する。


「まあ、今にして思えば……ラケーシュの暗殺者ギルドに入ったから、今の私があるのも事実なのよね。半分くらいは、のおかげって思うと……ホント嫌になるけど」


※ ※ ※ ※


 アリスの母親は暗殺者であり、所謂シングルマザーだった。

 父親については、顔も名前も知らない。


 そして唯一の肉親であった母親も、アリスが七歳のときにギルドの任務に失敗して他界している。


 だからと言って――その後の人生が、絶望のどん底という訳ではなかった。


「私が子供だからって……舐めないでくれる?」


 母親が幼いアリスに、一人で生きるための術を教えてくれたおかげで――彼女は七歳にして暗殺者ギルドのメンバーになっていた。


 勿論、普通の七歳であれば無理な話だが……アリスは特別な才能を持って生まれたのだ。


『どこの誰かも解らない父親だけど……力をくれた事だけは、感謝してるわよ』


 幼いアリスは暗殺者ギルドの任務をこなしながら、実戦の中で腕を磨いた。


 任務の失敗は死に直結するが――生きる糧を得るためには、任務をこなし続けるしかない。

 だからアリスは、どうすれば強くなれるか、どうすれば生き残れるかを必死に考えながら、任務と鍛錬漬けの日々を過ごした。


 そんな濃密な日々が、幼いアリスを強くしたのだ。


 そして十歳になった頃――すでに一人前と周囲から認められていたアリスは、ギルドマスターから弟子にならないかと誘われた。


「アリス、君なら……私を超えられるかも知れないな?」


 どこまで本気なのか解らないが――ラケーシュのギルドマスターだったジャグリーンは、そう言って意味ありげに笑った。


「マスター・ウェンドライト……良いわよ。あなたの野望のために、私が役に立ってあげる」


 当時、すでにジャグリーンは『最強の暗殺者』と言われており――誘いを断る理由などアリスにはなかった。


「アリス……君は動きが遅過ぎるし、踏み込みが足りていない。最初の一撃でキメる覚悟が足りないんだ。例えば……これくらい速くて正確じゃないとね?」


 喉元にナイフを突き付けて――ジャグリーンは、当然という感じで駄目出しする。


「解りました、マスター……」


 アリスは悔しそうに唇を噛みしめながら……自分との差を実感してした。


 ジャグリーンの弟子となったアリスは――彼女が任務に就くときは常に同行し、任務の合間は、彼女から直接手ほどきを受けた。

 最強の暗殺者の強さを実感することで……アリスは急速に、さらに才能を開花させていった。


 しかし、そんな日々は――突然終わりを告げる。


 アリスが十三歳のとき……ジャグリーンは何も告げずに、突然暗殺者ギルドを去ったのだ。


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