第121話 何だよ、これ?


 地下室からの階段を、カイエがエマと連れ立って登って来ると――


「やはり……現われたわね、カイエ・ラクシエル!」


 聖騎士団の白い甲冑を身に纏い、完全武装のエリザベスが、行く手に立ち塞っていた。


「私の可愛いエマをたぶらかす男は……この私が、剣の錆にしてあげましょう!」


 夕食の際に見せた外向けの顔をかなぐり捨てて、今のエリザベスは鬼神と化していた。


 白銀の剣を拭き放った彼女の後ろでは、フレッドが困った顔をしている。


「なあ、エマ……俺は真面目に相手をした方が良んだよな?」


 何の冗談だよと、カイエは苦笑する。


「えーと……ちょっと待って。ねえ、お母さん! 私の話を聞いてよ!」


 エマはカイエを庇うように、前に進み出た。

 そして、自分と同じ色のエリザベスの瞳を、真っすぐに見つめる。


「カイエが私を誑かしたとか……酷いことを言わないでよ! 私の方が、カイエのことを好きになったんだから!」


 精一杯の想いを込めて、エマは母親に訴えるが――


「そんなこと……私が許しません!」


 鬼神は娘の言葉を、完全否定する。


「え……お母さんが許すとか、そういう問題じゃないでしょ?」


 理屈的にはエマの方が正しいが――エリザベスは聞いていない。


「そんな何処の馬の骨とも解らない男に、私の可愛いエマを渡すものですか! それに何なのよ、その細い身体は! 優男なんかに、ローウェル家の婿は務まる筈がないでしょう!」


 華奢な少年にしか見えないカイエなど、エマの相手としては論外だと言っているのだが……


「そ、そんな事ないよ、カイエは私より強いんだから!」


 『婿』という言葉に反して、エマが真っ赤になると――エリザベスは舌打ちする。


「もし、そうだとしても……強ければ良いって訳じゃないわ! 聖騎士に相応しい品性が、その男には欠けているしょう!」


 ああ、随分な言われようだな――カイエはそう思ったが、別に怒る気にもならない。


 結局のところ、理屈ではなく……エリザベスは娘の彼氏に難癖を付けたいだけなのだ。

 たとえ、相手が完璧な王子様であろうと、エリザベスは文句しか言わないだろう。


(ホント……何の茶番だよ?)


 この時点でカイエは、すっかり面倒臭くなっていたのだが――


「そんなこと……そんなこと言わないでよ! 私、お母さんのことを……嫌いになりたくないから!」


 エマの頬を伝う大粒の涙が……カイエを本気にさせる。


「え……」


 当然抱き上げられて、戸惑うエマに――


「ここからは、俺に任せてくれよ」


 お姫様抱っこをしながら、カイエは悪戯っぽく笑い掛ける。


「うん……解ったよ。カイエ……お願いね!」


 カイエに抱きつくエマを――エリザベスは鬼の形相で睨む。


「何をしているの……カイエ・ラクシエル! 今すぐ、エマから離れなさい!」


 しかし、カイエは何処吹く風という感じで、


「あのさ、エリザベスさん。さっきエマが言ったことをだけど――訂正させて貰うよ」


 何食わぬ顔で応える。


「エマは、自分の方が俺を好きになったって言ってたけどさ――俺だって、こいつを誰にも渡すつもりはないからな。親のあんたが何を言おうと関係ない――エマ・ローウェルは、俺のものだ」


「な……」


 カイエの宣言に、エリザベスは絶句するが――


「カイエ……私……嬉しいよ……」


 エマは乙女モード全開で、歓喜の涙を浮かべていた。


「あなたたち……いったい、何を言ってるの? そんな台詞……十年早いわよ!」


 エリザベスはワナワナと肩を震わせて――目が座った。

 真っ正面からカイエを見据えて、剣の切っ先を向ける。


「ま……待つんだ、エリザベス!」


 フレッドの叫びも空しく――エリザベスが本気の殺意を込めた一撃が襲い掛かる。


 しかし、カイエはエマをお姫様抱っこしたまま、余裕で避けてしまう。


「悪いけどさ、そんな攻撃は当たらないから」


 エリザベスは矢継ぎ早に何度も剣を繰り出すが――カイエはエマを完璧に庇いながら、最小限の動きで避け続ける。


 その別次元の動きを目の当たりにして、武人であるエリザベスは冷静さを取り戻す。


「あなたは……いったい者なの?」


 そして、数ヵ月前に聞いた名前を思い出す。


「神聖竜様が王都に現れたときに……カイエ・ラクシエルという人物を、同胞だと言ったそうだけど……それが、あなたなの?」


 エドワード王子が起こした騒動と、アルジャルスの一件で、カイエの名前は一時期話題になったが――その後、何の音沙汰もなく、目撃情報も無かったから、噂話は沈静化されていた。


 ちなみに魔族の船団との戦いについても、ジャグリーンが完璧に揉み消してしまったから、カイエの活躍を知る者は一部の者だけだ。


「まあ……そんな事は、どうでも良いだろう? エリザベスさん、いい加減に目を覚ませよ。一番大切なのは、エマの気持ちだろう?」


 カイエに促されて、エリザベスは娘の顔を見る。


「ねえ、お母さん……私はカイエと、みんなと一緒にいたいの。だから……お願い。もう、こんなことは止めてくれないかな?」


 エマの真摯な想いに、彼女は一瞬心を動かされるが……聖騎士団長としての、いやエマの母親としてのプライドが、振り上げた拳を降ろすことを躊躇わせる。


(私が……私が一番エマの事を、考えているんだから。私のやっていることは、間違っていない筈よ!)


 ああ、やっぱり面倒臭い事を考えてるな――カイエは苦笑するが、エリザベスが本気でエマの事を想っていることは理解していた。


 だから――助け舟を出す事にする。


「なあ、エリザベスさん……俺もエマが欲しいと言った以上は、覚悟を決めてるから。あんたの大切な娘を奪うのには……勿論、厳しい試練があるんだろう?」


 カイエの棒読みのような台詞に――エリザベスは我が意を得たりと、不敵な笑みを浮かべる。


「良いでしょう……カイエ・ラクシエル。私の可愛いエマが欲しいなら――その命を懸けて、あなたの誠意を証明しなさい!」


「エ、エリザベス……まさか、おまえは……」


 フレッドは本気だったが――カイエに言わせれば、こんなモノは予定調和だ。


「聖宝ギルニアを、聖人たちが眠る墳墓から己の力だけで持ち帰る……もし、それを果たせたならば――カイエ・ラクシエル。あなたの覚悟を認めましょう!」


 エリザベスは堂々と宣言するが――カイエにとっては、別の視線の方が、余程気になっていた。


 エリザベスたちの後方には……この一連の騒動をじっと見つめる者たちがいた。


(今回、エマのためにやってるのは良く解っているけど……後でゆっくり、話を聞かせて貰うわよ!)


(エマを奪うために、身体を張るとか……私は別に……羨ましくないからな!)


(へー……そうなんだ? カイエって……もっと困らせた方が良いみたいね)


 三人のジト目に、カイエが背筋に冷たいものを覚える。


 一方――


(これは……チャンスなのよ!!! この機会にロザリーちゃんが活躍すれば……あのロリ娘くらい……)


 暗闇の中で、邪悪な瞳が煌めき……


(ああ、エミーお姉様……カイエさんとの許されぬ恋って――素敵!)


 もう一人の方はキラキラと瞳を輝かせながら、恋に憧れる少女モード全開だった。


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