第116話 忘れてた


 その日、アイシャのパーティーは盛大に開催された。


 シルベーヌ子爵家の料理人が腕を振るった料理が振舞われ、クリスとアーウィンのかなり恥ずかしい余興や、カイエとエストから特訓を受けたエマがサプライズでケーキを用意するなど、イベントも盛り沢山だ。


 みんなにお祝いされて、アイシャは終始ご機嫌だったが――二人の少女の目が合った瞬間だけ、バチバチと激しい火花が飛び交う事に、カイエは気づいていた。


(おまえら……アイシャまで、何やってんだよ?)


 カイエは呆れた顔で、壁に背をもたれ掛かる。

 アイシャにもロザリーにも色々と突っ込みたかったが、指輪の件でやらかした感があったし、ちょっと面白そうだからと、暫くは傍観することにした。


「カイエ……何だか楽しそうね」


 ローズが悪戯っぽく笑いながら、いつもの調子で腕にしな垂れかかる。


「何だよ、ローズ……指輪のこと、まだ怒っているのか?」


「そんなこと……あるわよ。でも、大丈夫……カイエは私に、もっと素敵なモノをプレゼントしてくれるのよね?」


 期待というよりも、確信に満ちた笑みに――こいつには適わないなと、カイエは笑みを返す。


「それは……ローズだけじゃなくて、私にも言えることだよな?」


 いつの間にか、エストも隣りにいて――少し拗ねたような顔で、上目遣いに見つめてくる。


「はいはい……おまえたちは俺の特別だからな」


「あら……それじゃ私たちは、あんたの特別じゃないって事?」


「もし、そんな事を言うなら……絶対に許さないからね!」


 アリスがカクテルグラスを片手に、エマが山盛りの肉が乗った皿を持って、意地の悪い笑みを浮かべるが、


「何言ってんだよ……いや、今回は俺の負けだな。アリス、エマ……俺が悪かったから、もう許してくれよ」


「「もう……仕方ないな(わね)!!」」


 そんな感じで、五人が濃密な甘い空間を形成していると――アイシャが引きつった笑みを浮かべながら、近づいてきた。


「今日は……みなさん、本当にありがとうございました。わざわざ来ていた頂いて、そして素敵なプレゼントまで……凄く嬉しいです」


 少女の淡い恋心も、この濃密すぎる空間を前にしては、入り込む余地などないと悟ってしまう訳で。アイシャは涙目で、すぐに立ち去ろうとするが……


「おいアイシャ、何処に行くんだよ……」


 白く細い手を掴んで、カイエは強引に引き寄せる。


「おまえだって、俺たちの仲間だろう? 今日は一緒に楽しもうな」


 しれっと爽やかな笑みで――少女のハートを撃ち抜く。

 

 舌の根も乾かないうちに、またカイエはと……四人は一瞬ジト目になるが、すぐに意図を察して、優しい笑顔になる。


「そうだよ、アイシャ……こっちで一緒に食べようよ」


「今夜は、私がアイシャに、大人の戦い方を教えてあげるわよ」


「いや、さすがに……アイシャには、もっと清楚な感じのアプローチが似合うだろう?」


「アイシャの可愛さは……ちょっと反則よね。私だって構いたくなっちゃうから」


 みんなの暖かい気持ちに包まれて――


「もう……みなさん、あんまり揶揄からかわないでください!」


 アイシャは、はにかむように笑った。


「ところで……エミーお姉様。伝えるのが遅くなったけど」


「うん? 何、アイシャ、どうしたの?」


 何気ない感じのアイシャの言葉に、エマも何気なく返す。


「エリザベス叔母様が……いえ、ローウェル女騎士伯様が、エミーお姉様の行方を探しているって聞いたの。お姉様は、何か心当たりはない?」


 エリザベス・ローウェル――エマの母親は、聖王国セネドアの聖騎士団長を務める大貴族だった。ちなみにエマの父親が副団長、二人の兄も聖騎士団に所属している聖騎士一家だ。


「うーん……特にないけど。お母さんとは、全然連絡を取ってないからね」


「エマ、あんたねえ……だからじゃないの?」


 アリスの突っ込みにも、エマはイマイチ解っていない感じだった。


「あんたは魔王との戦いが終わったら、ご両親の騎士団に入る筈だったのよね? だけど、また私たち一緒に旅をすることになって、ご両親には説明するって言ってたけど……きちんと話はしたの?」


「あ……完全に忘れてたよ。うちの家族、伝言メッセージが嫌いだから。手紙を書くのは面倒臭いなって思ってるうちに。アハハ……」


 あっけらかんと笑うエマに、アリスが呆れる。


「これだから末っ子は……良い、エマ? ご両親は絶対に心配してるわよ。ちょうど聖王国にいるんだし、良い機会だから、ご両親のところに行って来たらどう?」


「そうだな、エマ。さすがに音信不通は不味いだろう」


「そうね。うちの両親みたいに、本人が何処にいるのか解らないのとは違うからね」


 エストとローズにも言われて、エマは仕方ないかと頷く。


「うーん……そうだね、一度帰るかな。じゃあ、みんなも招待するから一緒に来てよ」


「えっ……なんで、そうなるのよ?」


「だってー! みんなと一緒の方が楽しいし! それに、カイエの事も、うちの家族に紹介したいから。ねえ、カイエは一緒に来てくれるよね?」


「ああ……俺は別に構わないけど?」


 特に何か意識する訳でもなく、エマとカイエは約束したのだが――


(((家族にカイエを紹介……それって『彼氏』を紹介するってこと???))))


 その言葉が、ローズたち三人の心に火を付けた。




 一方、その頃ロザリーは――


(やっぱり……やっぱりですわ。あの泥棒猫は……ロザリーちゃんのポジションを奪う気ですの!!!)


 カイエたちとアイシャが、気心の知れた感じで楽しそうに過ごしている様子を――柱の陰から恨めしそうに見ていた。


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