第109話 ダンジョンマスター


 ギャロウグラスの迷宮が『三重地下迷宮トリプルダンジョン』と呼ばれるのは、三つの構造体が複雑に絡み合っているせいでもあるが――それぞれの構造体に出現する怪物モンスターが明確に異なる点も、その理由の一つだった。


 悪魔か天使かアンデッド――階層毎に出現する怪物モンスターは、その何れか一種類で、対策さえ立ててば、比較的低レベルなパーティーでも攻略は可能だ。


 ただし、下層に行けば行くほど出現する数が半端ではなくなるから、単独パーティーではなくレイドを組むなど、こちらも数を揃える必要がある。


 ――というのが、九十九階層までのギャロウグラスの迷宮の特徴だが……第百層目は、これまでの階層とは明らかに異なっていた。


「あ、今度は右から悪魔が来たよ。エスト、左のアンデットたちは私が倒すから、右はお願いね!」


 薄明りに照らし出されるのは――これまでの複雑な迷宮とは異なり、地下に広がる平野とも言うべき広大な空間だった。

 そんな只っ拾い場所に……数百体規模でアンデッドの軍勢が現れたかと思うと、今度は悪魔の群れが襲い掛かってくる。


「大して強くないけど……数だげどんどん増えて行くよね。まるで地下迷宮ダンジョンの舞台裏に隠れていた裏方みたい――あ、やっぱり。今度は前から天使の集団が来たよ!」


 新たに出現したのは――やはり数百体規模の天使たち。


 幾ら中級クラス以下の怪物モンスターしか出現しなくても……これだけ、いっぺんに襲い掛かられては、普通は一溜りも無いだろう――普通なら。


「なあ、エマ……そろそろ面倒臭いから、一気に全滅させても良いだろう? こんな奴らと戦うだけ、時間の無駄だと思うけど?」


 エマとエストに任せると言った手前、カイエは結界を張ってローズとアリスと一緒に寛いでいたのだが。

 いい加減に飽きて来たので、さっさと終わらせたくなった。


 エストの広域攻撃魔法と、エマの超高速の斬撃があれば、あとは時間だけの問題だが――今日は、ずっと待っているだけで退屈だから、そろそろ勘弁して欲しい。


「うん……そうだね。大体攻撃パターンも解っちゃったし。これ以上戦い続けても、あんまり意味がないかな」


「ああ、そうだな……新しい魔法も粗方試すことができたし、私としても満足だよ」


「じゃあ、決まりだな……エスト、エマ。そいつらは放置して構わないから、俺の傍まで来てくれ」


「解った」

「解ったよ」


 その言葉の通り――二人は敵にいきなり背を向けて、カイエの方に歩いていくが……襲い掛かっていた怪物モンスターたちは、見えない壁に阻まれて二人に近づくことすらできない。


 不定形防護壁イレギュラーシールド――カイエが得意とする無駄に凝った魔法の一つだ。


 怪物モンスターの群れと二人の間に極薄の防護壁を張り巡らせて、進軍を封じたのだ。ちなみにカイエが使った技術は、魔力の長圧縮と湾曲と成形と――

 単純に張るだけであれば、大した技術では無い防護壁を、ミリ単位で思い通りの形に一瞬で創り上げる事に、超絶技術を注ぎ込んでいる。


「さすがに、これは……私では真似できないな」


 その技術の高さに、エストは感嘆の想いを口にするが――


「カイエの事だから、どうせ無駄な技術なんでしょ? そんなもの真似しなくて良いわよ」


 アリスは呆れた顔をしながら、カイエの耳元に囁く。


「こういうテクニックは……カイエ、もっと違うことに使ってよね?」


「私は……こういう事をするカイエも、好きだけど」


 ローズに背中からギュッと抱きつかれて――ホント、おまえら飽きないよなと、カイエは苦く笑う。


「えー! アリスとローズばっかり、狡くない?」


「あんたたちは別の事で楽しんだんだから……このくらい、役得でしょ?」


 勝ち誇ようなアリスの笑みに、頬を膨らませるエマ。

 全く緊張感のない光景に――まあ、良いんだけどさと……カイエは不敵に笑う。


「こういう無理なやり方は反則だろうけど……そっちも雑に数で押してきたんだから、文句は言わせないからな?」


 そして、カイエが発動させたのは――混沌の魔力。


 五人を包み込むように周囲に出現させた渦巻く魔力を、水平に膨張させて……階層の全てを飲み込んでいく。


 漆黒の魔力が消えると――広大な空間には、何も残っていなかった。


「さてと……これで終わりだったら、呆気なさ過ぎるよな?」


 揶揄うようにカイエが笑っていると……彼方から大音響の声が響く。


『あ、あんたねえ……何てことしてくたのよ!!! あたしの地下迷宮ダンジョンがああ、滅茶苦茶になったじゃない!!!』


「あのなあ……文句を言いたいなら、さっさと姿を現わせよ」


 カイエは余裕で応えるが――他の四人は、全く別の事を考えていた。


『……絶対、嫌!!! あたしが姿を見せたら、今の魔力を使うつもりでしょ!!!」


「なら、別に隠れてても構わないけど。俺は地下迷宮ダンジョン全部を消滅させるからな」


『ちょ、ま、待ちなさい!!! わ、解ったわよ……もう降参するから、攻撃しないって約束しなさい!!!』


「何で、命令口調なんだよ……まあ、良いか。弱い者いじめをするのは趣味じゃないし。解ったから、さっさと出て来いよ」


 カイエが言うと――彼らの目の前に、忽然と光の球体が出現する。


「いや……防護壁も解除しろって。どうせ意味なんて無いんだから」


 カイエのジト目に反応するように、光の球体は一瞬ブルリと震えたように見えたが……すぐに光は消失して、中から少女が現われる。


 見た目の年齢は、十代前半というところか。翠色のポニーテールと、淡いピンクの唇。

 ビスク・ドールを思わせる幼くも美しい顔で、円らな目が懇願するようにカイエを見つめるが――その瞳の奥に邪悪な光が宿っているのを、カイエは見逃さなかった。


「お願い、お兄さん……大人しくするから、乱暴にしないで」


 少女が涙声で訴え掛けた瞬間――カイエが顔面に蹴りを入れる。


「いっ……痛いじゃない!!! もう攻撃しないって言ったでしょ、この嘘つき!!!」


「いや、今のはおまえが完全に悪いだろ……おまえさ、ここのダンジョンマスターだな? そういう気持ちの悪い真似はしなくて良いからさ。さっさとラスボスを出現させて、俺たちに攻略させろよ」


 いつもとは少し違うカイエの態度は……どこか、焦っているようにも見えた。


「こんな幼気な少女に向かって気持ち悪いなんて、お兄さんひっどーい!!!」


 甘い声で拗ねたように文句を言いながら……少女の邪悪な瞳は、カイエの背後を見ていた。


「おい……おまえ……」


「ねえ、カイエ……どうしたの? 何をそんなに慌てているのよ?」


 耳元で囁くローズの声に――カイエは動きを止める。


「そうだな……さっきから、どうも様子がおかしいと思っていたんだ」


 エストの冷ややかな声が響く――振り向かなくても、カイエには解った。四人がジト目で、自分を見ていることが……


「おまえら……勘違いするなよ? 俺は別に……」


「そうね……カイエが何もしなくたって、勝手にフラグが立つのよね?」


 四人はニッコリと微笑むが――目は笑っていなかった。


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