第108話 攻略の仕方


「「カイエさん……ありがとうございました!」」


 黄色い声を上げる女冒険者たちを尻目に――勇者パーティーの四人は、カイエにジト目を向ける。


「私が助けたのに……どうしてカイエが……」


 エマもカイエが感謝される事に文句を言いたい訳ではなく、フラグを立ててしれっと笑っているのが気に入らないだけだった。


 そういうエマにも――立ち去ろうとする男の冒険者たちが熱い視線を向けていたが。

 本人は気づいていないのか、いや、気にも留めていないのか……フレンドリーな笑みを返すばかりだった。


「こうなると……あの人たちの事が、少しだけ可愛そうに思えて来たわ」


「まあ……エマの事だから、仕方がないだろう?」


「そうよね……私たちの中で一番無自覚に、恋する乙女をしてるから」


 アリス、エスト、ローズに生暖かい視線を向けられても――


「え……どうしたの、みんな?」


 エマは全く、気づいていなかった。


※ ※ ※ ※


 それから先も、エストの独壇場は続いた。


 『迷宮案内人ダンジョンナビゲーター』と『罠一時停止(トラップインテラプト)』だけで、迷宮の仕掛けのほとんどを無効化した上に――


「『誘導矢弾フォーミングアローズ』!」

「『幻影兵団ミラージュコープス』!」

「『甲虫聖壁ホーリービートルズ』!」


 新たな魔法を矢継ぎ早に放って怪物モンスターを瞬殺するので――他の四人の出番など全くなかった。


「なあ、エスト……そろそろ攻撃だけでも、エマに任せて良いんじゃないか?」


 四十八階層目を怪物モンスターを一掃した後――さすがにカイエが見かねて、そんなことを言いだした。


「あ……済まない、エマ。私ばかり楽……戦ってしまって。だいぶ色々と試せてから、そろそろ交代しようか?」


「ううん……別に良いよ。どうせ、私なんて……地下迷宮ダンジョン攻略の役に立たないからね」


 変なスイッチが入ってしまったのか――エマは淀んだ空気を漂わせていた。


 戦うことには自信があったのだが……数で攻めて来る怪物モンスターが多いこの地下迷宮ダンジョンでは、魔法で一気に殲滅するエストの方が、戦闘においても上手だった。


「おい、エマ……らしくないぞ」


 カイエは突然、エマの首に腕を回して――強引に引き寄せる。


「え……カイエ、どうしたの?」


 息が掛かるほどの至近距離から、カイエに見つめられて……エマがドキドキしていると……いきなりデコピンをされた。


「……痛っ! いきなり、何をするのさ!」


 涙目になるエマに――カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「おまえさあ……拗ねてる暇があったら、全力で戦って来いよ。聖騎士エル・ローウェルは、そういう奴だろう?」


「そうね……今のは完全に、あんたが悪いわよ」


「そうよ、エマ……あなたの良いところは、いつでも全力な事でしょ!」


 アリスとローズにも焚きつけられて――


「みんな……うん、そうだよね! ごめん、私が悪かったよ。これから、一生懸命頑張るから!」


 そこから、エマの快進撃が始まった。

 出現するモンスターの尽くを、超高速の聖剣ヴェルサンドラで薙ぎ払っていく。


 しかし――


「あのさあ……なんか私、納得できないんだけど?」


 縦横無尽に剣を振るいながら……エマは、後ろで待っている四人をジト目で見る。


「え……どうしたのよ、エマ? ほら、もっと頑張って!」


 アリスはカイエの背中にしな垂れかかりながら――妖艶な笑みを浮かべる。


「そうよ、エマ……私たちは、ここで応援してるから」


「ああ、そうだな……うん。戦いを任せるのも、悪くないな」


 ローズとエストは、カイエの両側から密着してて……幸せそうな顔をしていた。


「いや、おまえらさ……俺はそういう意味で言ったんじゃないからな?」


 カイエはバツの悪そうな顔をするが――三人に完璧にホールドされて……色々な意味で、下手に身動きが取れなかった。


「うわあああああ!!! みんなの馬鹿ああああ!!!」


 エマは叫びながら……その動きを、さらに加速させる。

 皮肉なことに今回の一件が、エマを一段と強くしたとか、しないとか……


※ ※ ※ ※


 それから、さらに二時間が過ぎて――


 カイエたちは第九十九階層……つまり『ギャロウグラスの三重地下迷宮トリプルダンジョン』の最下層まで到達した。


 約五十階層を短時間で突破できたのは、エストの魔法の力と、エマのによるものだが……エマ本人は、全く納得などしていなかった。


「最下層まで辿り着いたって事は……この階層を攻略すれば、この地下迷宮ダンジョンを踏破したことになるんだよね?」


 クリア目前という事と、さすがにエマが可哀そうだと、ローズたち三人がベタベタを自粛したことから――彼女の機嫌も、すっかり元に戻っていた。


「いや、そうでもないんだ。確かに九十九階層は最下層だと言われているが……すでに未踏破エリアが無いにも関わらず、迷宮の支配者ダンジョンマスターの姿も、ラスボスも確認されていないからな」


 迷宮の支配者ダンジョンマスターとは――文字通り、迷宮の全てを支配する存在だった。迷宮の支配者ダンジョンマスター自身を倒すか、支配者が用意したラスボスを倒さなければ、迷宮を攻略したことにはならない。


「アルジャルスの迷宮には、偽物(フェイク)バハムートが居ただろう? ここにも同じようにラスボスがいる筈なんだが……」


「つまり……まだ未発見のエリアがあるか、本当は第百階層があるって事だよね?」


「ああ……とりあえず『迷宮案内人ダンジョンナビゲーター』を使って、九十九階層全体を調べて回るか」


 九十九階層とは言えど――出現する怪物モンスターは数こそ多いが、中級クラスばかりで、銀色の悪魔シルヴァンデーモンや、レッサードラゴン、アイアンゴーレムが精々だったから……十分程度で、全てのエリアを踏破してしまう。


 それでも――エストの『迷宮案内人ダンジョンナビゲーター』には、シークレットドアや他の階層へ移動する転移ポイントの反応はなかった。


「『迷宮案内人ダンジョンナビゲーター』だけでは、限界があるからな……やはり、アルジャルスの迷宮に挑んだときのカイエのように、階層全体に魔力を放出して、反応を探る他は無さそうだ」


「まあ、そうだろうな……今回はエスト、おまえがやってみるか?」


「ああ……私も自分の魔力の限界点まで、試してみたいと思っていたところだ」


 そんな話を五人がしていると――コツコツと足音を響かながら、近づいてくる者たちがいた。


「よう……慣れた地下迷宮ダンジョンの筈なのに、随分と時間が掛かったな?」


 これだけ遅かったということは、結局『深淵なる迷宮アビスダンジョン』の持続時間が切れるまで、突破できなかったというところだろう。


「てめえら……今度こそ、絶対に許さねえからな!」


 現われたのは予想通りジャレットたち冒険者だったが――人数が半分まで減っていた。


「おい、他の奴らはどうしたんだよ? まさか、ここに来るまでに、怪物モンスターに殺されたって訳……じゃないか」


「うるせえよ……九十九階層の経験がある少数精鋭に絞っただけだ。それでも二対一だが……散々汚ねえ真似をしたてめえらが悪いんだ、文句は言うなよ?」


 汚い真似とか――この期に及んで、まだ実力の差も理解できていないジャレットに、五人は正直呆れ果てるが……


「もう一回『深淵なる迷宮アビスダンジョン』とか、さすがに芸がないしな……仕方ない。未踏破エリアの調査も兼ねて、そろそろ本気を見せてやるか?」


「あ……だったら、私にやらせて貰えないかな? ちょっとだけ、良いことを思いついたんだ」


 ニッコリと笑うエマに、ジャレットたちは警戒心を強めるが、


「ああ、身構えなくても良いよ……そっちには当てないから」


 そう言うなり――エマは聖剣ヴェルサンドラを振り上げて、刀身に己の渾身の魔力を注ぎ込む。


「……行っくよー!」


 そして振り下ろした先は迷宮の床――金色のスパークを放ちながら、轟音とともに聖剣は迷宮に巨大な穴を穿つ。その下には……新たな階層があった。


「おまえさ……さすがに、強引過ぎるだろう?」


「えー! だって、見つかったんだから良いじゃない?」


 カイエとエマが気楽そうな会話をする傍らで――ジャレットたちは、呆然自失となっていた。

 

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