第104話 ギルドマスター


 コリンダの冒険者ギルドは、街と同じように古い建物で――中にいたのは、いかにも『冒険者』という荒々しい感じの連中だった。


「こんにちわー!」


 エマを先頭に、普段着で入って来たカイエたち五人に対して、冒険者たちはテーブルを囲みながら、訝しげな視線を向けて来る。


 冒険者の大半が鎧を着て、武器を携帯しており、そうではない者は、明らかに魔術士だと解るローブ姿だ。


 彼らと同じような格好で来れば、もっと目立たなかっただろうが――そうしなかったのは、ローズたちにも譲れない理由があるからだ。


 冒険者と言っても、街中で完全装備でいることに本来意味などなく――彼らが武装している理由は、他の冒険者を威嚇したり、自分たちの強さを宣伝するためだ。


 そんな虚栄心に付き合うのは馬鹿げていると――五人はいつもの格好で、受付のカウンターの前に立った。


「いらっしゃいませ。仕事の依頼ですか、それとも……」


「『ギャロウグラスの三重地下迷宮トリプルダンジョン』を探索する許可を貰いに来たんだ」


 カイエはそう言うなり――メンバープレートをカウンターに置いた。

 金色に輝くプレートに、受付係の女は目を見開く。


「まあ……金等級ゴールドクラスの冒険者の方でしたか。これは、大変失礼しました」


 その言葉を聞きつけて――冒険者たちが騒めき立った。


金等級ゴールドクラスだって……」


「マジかよ……」


 しかし、受付係の次の言葉に――空気は再び一変する。

 

「所属されているのは……都市国家レガルタのギルドですね。承知しました、早速許可証を発行させて頂きます」


「レガルタだって……おい、ジェシカさん。そのプレートは本物かよ?」


 一番近くのテーブルから、一人の冒険者が立ち上がって近づいてくる。

 顎髭を生やした彼の胸には――銀色のプレートが煌めいていた。


「ええ、ジャレットさん……符号板で確認しましたから、間違いありません」


 冒険者プレートは一種のマジックアイテムであり――本物であれば、符号板と呼ばれる対となるアイテムに反応して、記録されている情報を表示するのだ。


「じゃあ……プレート自体は本物でも、こいつらの実力は本物じゃないってことだな」


 ジャレットは鋭い眼光をカイエに向ける――それとほとんど同時に、他のテーブルの冒険者たちも立ち上がって、カイエたちがいるカウンターの方に集まって来た。


 その顔には――明らかな怒りが浮かんでいた。


「……どういうこと? なんで、そんなことを言われなきゃいけないの?」


 エマはカイエと冒険者たちの間に割って入るが――


「おい、姉ちゃん……俺たちを舐めてるのか? レガルタのギルドが無能の溜まり場だって事くらい、冒険者なら誰でも知ってる。あそこの連中ごときが、金等級ゴールドクラスになれる筈がねえ!」


 ジャレットは憮然とした顔で、エマを睨み付ける。


「大方、おまえらは金で等級クラスを買って粋がってるんだろうが……そいつは、俺たち冒険者全員を侮辱する行為だぜ!」

 

 ジャレットも他の冒険者たちも――本気で怒っていた。


(やっぱり、そういうことか……あのギルドマスターは、俺たちを嵌めたって事だな)


 カイエは面白がるように笑う。


 レガルタで発行した金等級ゴールドクラスのプレートを見せれば――冒険者たちがどんな反応をするか、ギルドマスターには解っていたのだ。


 その上で――絡んできた冒険者たちを、カイエたちが捻じ伏せれば、ギルドの良い宣伝になると考えたのだろう。


(まあ、そんなに悪くは無いやり方だけど……俺を良いなりにできると思った時点で、おまえの負けだからさ)


 ジャレットが、エマへにじり寄る。


「女を殴るなんて……俺の趣味じゃねえがな。冒険者全員を馬鹿にするような奴らを、許す訳にはいかねえんだよ!」


 襟首を掴んで、今にも殴り掛かろうしていたが――エマは抵抗もせずに、ジャレットを真っ直ぐに見据えていた。


「私たちは、お金でプレートを買った訳じゃないけど……普通のやり方で手に入れた訳でもないからね」


 彼が怒っている理由が理解できたから……エマには言い訳をするつもりはなかった。


「だったら……てめえらが汚ねえ真似をしたって認めて、土下座でもするのか?」


 一歩も引かない感じのジャレットに、


「ううん、そうしゃなくて……みんなに認めて貰えるように、頑張るだけだよ」

 

 エマも正面から受け止めて、引き下がる様子など微塵も無かったが――


「ああ、そいつは悪かったな。レガルタのギルドは確かに屑だよ」


 突然の背後からの声にジャレットが振り向くと――そこにカイエが立っていた。


「てめえ……ふざけた真似をしやがって!」


 すぐさまジャレットは殴り掛かるが――カイエに拳が届く前に、全身が麻痺して動けなくなる。


「な……」


 周りを見ると、他の冒険者たちも不自然な格好で動きを止めており……全員が麻痺していた。


「ちょっと、カイエ……どうして、こんなことをするの?」


 エマは不満そうに言うが――


「悪いな、エマ……ちょっと嫌なやり方だけどさ、今回は勘弁してくれよ。他人に踊らされるのは、俺の趣味じゃないんだ」


 何を言ってるのかと、麻痺したままの冒険者たちが視線を集める中で――カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。


「信じる信じないは、おまえたちの勝手だけどさ。レガルタのギルドマスターは俺たちを……おまえたちも含めて、利用しようとしたんだよ」


 そう言うとカイエは――麻痺したままの冒険者たちを放置して、冒険者ギルドを出ていこうとする。


「三十分したら麻痺が解けるからさ……俺たちに文句があるなら、地下迷宮(ダンジョン)まで追い掛けて来いよ。だけど……これだけは覚えておけよ?

 これから俺たちは、金等級ゴールドクラスなんて目じゃないって事を証明して見せるけど、俺たちの強さとレガルタのギルドは、無関係だからな?」


 この時点で――カイエの意図を理解していたのは、ローズたち四人だけであり……


 コリンダの冒険者たちは、カイエに仕返ししてやろうと、怒りの炎を燃え上がらせていた。


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