第86話 取引き


 カイエが恐怖を撒き散らした後――冒険者ギルドの職員は、慌てて彼らを奥の部屋へと案内した。


 冒険者たちには死人はおろか、一人として傷を負った者もいなかったが……灰と化した彼らは無言で立ち去っており、レガルタの冒険者ギルドは珍しく閑散としていた。


「あいつらの自業自得だから、別に文句を言うつもりはないんだが……何て言うか、も物凄いことをやったくれたものだな」


 ギルドマスターであるトール・マグニスは乾いた笑いを浮かべる。


 騒ぎを聞き付けた彼は、途中からカイエが引き起こした騒動を見ていたのだが――あまりにも壮絶な光景に目を奪われ、止めることもできなかった。


「そんな事より……聖王国の冒険者ギルドから、魔族の残党の動きに警戒してくれって連絡が来ているだろう? レガルタの周辺で、何か動きはあるのか?」


 カイエは悪びれる様子もなく、応接室のソファーに足を組んで座っていた。


 左右のローズとエマは、当然のように彼の腕を抱えて、寄り掛かるように座っており――傍目から見れば、まるでカイエの方が部屋の主のようだった。


「その話なら聞いている……」


 内心の突っ込みたい気持ちを抑えて、マグニスは慎重に言葉を選ぶ。


「有益な情報には懸賞金を掛けて、貴方がさっきボロボロにした連中にも探らせたんだが……残念ながらと言うべきか、特にこれといった情報は入ってきていないな」


 何か隠し立てをするつもりなどなく、事実をそのまま伝えた。

 マグニスにとっては、魔族の残党などよりも――カイエたちの方に、よほど興味があった。


「あの連中の情報だと、信憑性が疑わしいけどな?」


 苦笑するカイエに、マグニスは頷く。


「その言い分は最もだが……うちのギルドも、それなりの伝手を持っていてね。船乗りや商人たちからも情報を集めたが、そっちも空振りだった。

 勿論、今後も情報収集は続けるし、何か動きを掴んだら、すぐに聖王国のギルドにも情報を伝えるつもりだ」


「なるほどね。ギルドとしては、きちんと仕事をするって訳だな」


 あまりにも友好的なマグニスの態度に、カイエは面白がるように笑う。


「ああ、当然のことだろう……ところで、こちらからも質問をさせて貰いたい」


 このタイミングを待っていたかのように、マグニスは切り出した。


「うちの職員の話では、貴方は青銅等級ブロンズクラスだという事だが……本当なのか?」


「ああ、これを見れば解るだろう?」


 カイエはメンバープレートを出してテーブルの上に置く。


 マグニスは手に取って確かめるが、本物の青銅等級ブロンズクラスのプレートだった。


「聖王国のギルドが用意した偽装用のプレート……そういう訳ではないのか?」


 質問の意図を理解して、カイエは苦笑する。


「俺は聖王国の飼い犬じゃないからな? 単に冒険者ギルドの仕事クエストを受けたことがなくて、評価されるようなことは何もしていないってだけの話だよ」


 だったら、どうして聖王国のギルドが依頼してきた件に関わっているのか――マグニスは疑念を懐いていたが、それ以上詮索はしなかった。

 その代わりに……真剣な顔で訴え掛ける。


「成果を出していないとか、そういうレベルの話ではない。先ほど実力を見せて貰ったが……貴方のことは、最低でも金等級ゴールドクラスと評価するべきだ。聖王国のギルドの連中の目は、どうやら節穴のようだな」


「おいおい、今度は褒め殺しかよ?」


 カイエは呆れた顔をする。


「だからさ……おまえの言い方は回りくどいんだよ。結局何が狙いなのか、はっきり言ったらどうだ?」


 漆黒の瞳が見透かすようにマグニスを見る。


「解った、単刀直入に言おう……金等級ゴールドクラスとして迎えるから、レガルタの冒険者ギルドに移籍して貰えないだろうか?」


 マグニスも覚悟を決めたという感じだった。


「腹を割って話そう……恥ずかしながら、レガルタのギルドに所属しているのは、先ほどのような連中ばかりでな。貴方のような実力のある冒険者に所属して貰うことで、箔をつけたいんだ。

 無論、所属したからといって、我々の仕事を受ける義務はないし、他に何か目的があるなら、そちらを優先して貰って構わない」


 完全にぶっちゃけた感じで――マグニスは説明する。

 要するに、金等級ゴールドクラスにしてやる代わりに、名前だけ貸してくれと言っているのだ。


「へえー……そういう事か」


 ギルドの称号になど興味はないが――今回みたいに馬鹿な連中の相手をする機会が減るならメリットはある。


「だけどさ……称号の安売りをして、問題にならないのか?」


「いや、我々が金等級ゴールドクラスと認めた者が、格下の冒険者に敗けたら問題になるが……貴方の実力なら、何の心配もない。それに正直な話、金等級ゴールドクラスの冒険者が所属していない現状の方が、対外的には問題だな」


 カイエがどこかで暴れたとき、彼がレガルタの冒険者ギルドに所属しているという話が広まれば、ギルドの株は上がる。


 それに対して、マグニスが負うリスクは、カイエの実力が偽物だった場合のみで――仮にカイエが犯罪行為に走ったとしても、冒険者が仕出かしたことまで、ギルドが責任を取る必要はない。

 

 そのくらいのことは全部計算した上で、マグニスは取引を申し出ているのだ。


「だったら……こっちも条件があるんだけど?」


 カイエはしたたかな笑みを浮かべる。

 相手が利用しようとしているのなら――こっちだって、利用させて貰っても良いだろう。


「この二人にも、金等級ゴールドクラスのプレートを用意してくれないか? それだけの実力があることは、俺が保証するよ」


「カイエ……」


 ローズとエマは何か言い掛けるが――カイエは片目を瞑って、黙っているように合図する。


「その二人が只者ではないことは、うちの職員から聞いているが……」


 カイエを馬鹿にした者への怒りの感情だけで、ローズとエマが冒険者たちを黙らせたことは、マグニスも聞いていた。 


「本当に実力があるなら、我々としても願ったりというところだが……彼女たちも聖王国に所属する冒険者なのか?」


「いや、冒険者じゃないんだけどさ……ところで、偽名で冒険者として登録しても問題ないよな?」


 冒険者には脛に傷を持つ者も多いから、偽名や仇名でギルドに登録する者も珍しくない。


「ああ、問題ないが……そういうことか。解った、その条件を飲もう」


 マグニスはローズとエマの正体を知らなかったが――何か訳ありで、カイエが二人の正体を隠すためにギルドを利用しようとしていることは理解した。


(いや、マグニス……おまえが思ってるほど、大した理由じゃないんだけどさ)


 二人が街中で暴れて、勇者パーティーの暴力沙汰だと騒ぎになると面倒だから――そのときの保険として使えるかもと軽いノリで、カイエは二人の分のプレートを要求したのだ。


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