第85話 冒険者ギルド


「レガルタは世界有数の大都市だけど……同時に犯罪が多い事でも有名だから。カイエ、ローズとエマの事を……くれぐれもお願いするわね!」


 アリスは別れ際に、そんなことを言っていたが――勿論、二人の身を守って欲しいという意味ではない。


(アリスの言いたいことは解るけどさ……あんまり期待されてもなあ?)


 カイエとローズ、エマの三人は、旧市街を歩いて冒険者ギルドに向かった。


 派手な中心街と比べると、古い建物ばかりで雑然とした感じだったが――沢山の人と活気に満ち溢れていた。


 曲がりくねった狭い通りを、埋め尽くすように人が行き交っており、ちょっとしたスベースでもあれば、必ず屋台が何かを売っていた。


「この人だらけって感じも……レガルタの名物よね」


 三人で連れ立って歩きながら、ローズは楽しそうに話す。


 聖王国の王都にも下町はあるが――レガルタの方が人の数が三倍は多いし、多種多様な人種が入り乱れている感じだった。


「おじさん、串焼き三つね!」


 下手をすれば人とぶつかりそうな人混みの中でも、エマは気にせずに屋台の食べ物を頬張っている。


 初めのうちはカイエとローズも付き合っていたが、二人が食べ終わる前に次々と買ってくるので、途中で止めた――つまり、今回買った焼きは全部エマの分だった。


「おまえさあ……本当によく食うよな」


 カイエは呆れた顔をするが――幸せそうに食べているエマの顔を見ていると、文句の気も失せてしまう。


 それに、周りの人間も同じようなもので、食べ歩きしている者が結構いたから、これもレガルタ流なんだなとカイエは納得する事にした。

 勿論、エマのように延々と食べ続けている者などいなかったが……


「食うのは良いけどさ、離れ離れなると面倒だから……ほら、手を貸せよ!」


 右手でローズと、左手でエマの手を握って、カイエは人混みの中を歩いてく。


 もし見失ったところで、カイエなら見つけるのは簡単だったが――アリスに言われていたから、とりあえず捕まえておくこ事にする。


「うん……カイエ。しっかり握っててね」


「エヘヘ……なんか、こういうのも嬉しいな!」


 頬を赤く染めているのは、カイエの意図とは違う反応だったが――楽しそうだからまあ良いかと、余計なことは言わなかった。


※ ※ ※ ※


 冒険者ギルドは――旧市街でも比較的開けた場所に位置していた。


 石造りの無骨な二階建ては、周りの建物と同じで、相当年季が入っている。


 決して広くない屋内には――色々な国から集まって来たのか、バラエティー溢れる格好をした冒険者たちがひしめ合っていた。


 レガルタがある島には地下迷宮ダンジョンが存在せず、怪物が徘徊するような荒野もない。都市の警備も、当然ながら国に雇われた兵士たちが行っており――


 ここでは冒険者の仕事クエストと言っても、私怨絡みの怪しい事件の解決や、用心棒紛いが精々で、たまに近海の海賊や怪物の討伐などを依頼されるくらいだった。


 だから、都市での冒険者ギルドの地位も決して高くはなく、集まっている冒険者の顔ぶれも、いかにもそれなりという感じだが――仕事を選べない彼らは、癖だけは強そうに見える。


「ふーん……なるほどね」」


 今日のカイエたちはリゾートスタイルで、武器も持っていなかったから――これ見よがしに武装している彼らから見れば、完全に場違いな感じだった。


 しかも、女を二人も連れてやって来たのだから……周りの冒険者たちは、あからさまに馬鹿にしたような笑いを浮かべて、いかにも興味本意という感じでこちらを見ていた。


 しかし、カイエの方はまるで気にする様子もなく、冒険者たちが陣取るテーブルの間の狭いスペースを移動する。


 途中で、故意に転ばせようと冒険者の一人が足を出してきたが――か、その男が気づいたときには、カイエはすでに通り過ぎていた。


 そして、受付のカウンターの前に立つと――


「ギルドマスターに話があるんだけどさ、取り次いで貰えるか?」


 余りにも堂々とした態度と、それに反する少年のような姿――ギルドの職員の女は一瞬迷ってから、


「仕事の依頼ですか? でしたら、担当の者がお話を伺いますが?」


「いや。これでも一応、俺も冒険者ギルドのメンバーなんだよ。聖王国のギルドを通じて依頼してる件で、ギルドマスターに話があるんだ」


 ギルドのメンバーだと聞いて――職員の顔から営業スマイルが消える。


「聖王国のギルドからの依頼ですか? そんな話は聞いていませんが……失礼ですが、まずはメンバープレートを見せて貰えますか?」


 まともな仕事の少ないレガルタの冒険者ギルドには――適当なことを言って仕事にありつこうとする冒険者も数い。


 だから彼女は、カイエの言葉など全く信用していなかったが……それでも、もし彼がそれなりの実力者なら、ギルドマスターに話くらい伝えても良いかと考えていた。


「ああ、メンバープレートね……」


 そう言ってカイエが、カウンターにプレートを置くと――目ざとく見ていた周りの冒険者たちが、どっと笑い声を上げる。


「何だよ、青銅級(ブロンズ)じゃねえか! 散々フカシこきやがって!」


 青銅級(ブロンズクラス)とは――冒険者ギルドにおける最下級の称号だ。


 多少の実績でもあれば、ひとつ上の銅級カッパークラスになるのは難しい事ではなく――青銅級ブロンズクラスは経験のない新人ルーキーか、うだつの上がらない脳無しのどちらと相場が決まっていた。


 王都に程近い地下迷宮ダンジョンへ、ローズと二人で行ったときに、カイエはエストの助言もあって冒険者ギルドのメンバーになっていた。

 

 しかし、地下迷宮ダンジョンから戻った後は、エドワード王子とのイザコザもあって成果はうやむやになり、その後もギルドの依頼を受けたことなど一度もなかったから、ギルドにおける実績はいまだにゼロで、称号は青銅級ブロンズクラスのままだった。


「女の前だからって格好つけてるんじゃねえよ、このド素人が!」


「そうだぜ、何がギルドマスターに用があるだ? レガルタのギルドは、てめえみたいなガキが来る場所じゃねえぞ!」


 相手が自分たちよりも格下と思った冒険者たちは、罵詈雑言の嵐を浴びせ掛けるが――


(ホント……暇な連中だよな。俺を揶揄からかって、何が面白いんだよ?)


 これくらいの反応はカイエも予想していたから、単に呆れるだけで、別に腹も立たなかった。

 そんなことよりも――


「――いい加減に、黙りなさい!」


 凛と響く少女の声に――冒険者たちはビクリとして、一斉に言葉を失った。


 一体何が起きたのか……彼らが視線を集めた先には――褐色の瞳を怒りで燃え上がらせるローズの姿があった。


「本当に……黙って聞いていれば……」


 その隣に立つ銀髪と褐色の肌の少女――エマはいつの間にか、金色の大剣を手にしていた。

 自分の身長ほどもある剣を軽々と持ちながら、全身から怒りをみなぎらせる。


 二人の少女の尋常ではない迫力に――冒険者たちは、そして事態を傍観していたギルドの職員たちも、本能的な恐怖を感じて震え上がるが……


「二人とも、ありがとう。でも、ちょっとやり過ぎかな?」


 優しげに笑うカイエに――


「カイエ……うん、解ったわ」


「エヘヘ……そうかもね!」


 二人の怒りは嘘のように消えて――ただデレるだけの少女になった。


 訳が解らないと、冒険者たちは呆然と顔を見合わせるが――


「へ、へへ……驚かせやがって! 結局てめえは、何もできねえじゃねえか!」


 その一言で再び勢いを取り戻して、カイエを罵り始める。


 ローズとエマが憮然とした顔をするが、カイエは二人を視線で制して――今度は自分から仕掛けた。


「ホント、馬鹿は痛い目に遭わないと解らないんだな」


「何だと……てめえ、もういっぺん言ってみろ!」


 冒険者の一人が掴み掛かるが――身体に触れる前に、カイエは襟首を掴んで宙に吊り上げる。


「要するに……俺の実力が知りたいってことだよな?」


 意地の悪い笑み浮かべて、冒険者を眺める。


 勇者バーティーのローズとエマに、冒険者ギルドで暴れさせると後が面倒だから止めはしたが――売られた喧嘩を黙って見逃すほど、カイエはお人好しではない。


「面倒だからさ……いっぺんに掛かって来いよ」


 漆黒の瞳が放つ冷徹な光――


 この日、レガルタの冒険者たちは、本当の恐怖というモノを思い知ることになった。


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