第87話 誤解


 オープンカフェでハーブティーとパンケーキを堪能しながら――カイエたち三人は、通りを行き交う人々を眺めていた。


「偽名を使うって言ってたのに……結局、そのままの名前で登録したのね?」


 ローズはパンケーキをフォークで刺して『あーん!』とやりながら、不思議そうな顔で質問する。


「いや……あれで良いんだよ。……全然違う名前だと……忘れるだろうし……姓なしで名前だけなら……本人だとは思わないだろう?」


 ローズが次々に差し出すパンケーキを律儀に食べながら、カイエは応えた。


 彼らがレガルタの冒険者ギルドに登録したのは『カイエ』『ローズ』『エマ』というファーストネームだけだ。


 ローズとエマについては、まさか勇者パーティーが冒険ギルドに登録すると思う者はいないから、彼女たちの名前にあやかった他人だと思われるだろう。


 カイエについても、王都でのアルジャルスの一件で、彼の名前を知る者は増えたが――勇者パーティーと比べれば知名度は低いし、ほとんど顔バレもしていないから問題ないだろう。


「それにしても……ホント、適当な人だったね」


 エマは自分のパンケーキを速攻で食べてしまったので――ローズが『あーん!』とやっているのを、文字通り『指をくわえて』見ていた。


「私たちを金等級ゴールドクラスで登録するのに、試験もしなかったし……その割りに、お金のことはキッチリしてだけどね」


 冒険者ギルドで貰ったメンバープレートを取り出して、しげしげと眺める。


 銀の鎖が付いたプレートには、金色の金属片が嵌め込まれており――純金を使ったというプレートの代金と登録料として、一人金貨一枚を請求された。


「突っぱねればタダになったかも知れないけど……あれくらいの金額なら、素直に払っておいて正解だろうな」


 金がないと思われると、向こうは金で釣ろうとしてくるだろう。

 冒険者ギルドに登録したのは、あくまでも保険だから、もっと利用できると期待させて、まとわり付かれたくはなかった。


 ふと気づくと――いつの間にかローズがフォークを動かす手を止めて、通りの方を見ていた。


「ローズ、何か面白いものでも見つけたのか?」


 カイエは揶揄からかうように言うが――


「今……裏通りに女の人が入っていたわ」


 ローズの声は、意外なほど真剣だった。


 どう見ても裏通りに相応しくない感じの若い女が、人混みの中を早足に移動して、路地裏に消えた。


 旧市街でも人通りの多い場所は、それなりに治安は良かったが――裏通りに入ると、女性が一人ではとても歩けない場所も多い。


 先程、若い女が入って行ったのは、まさにそういう場所だった。


「ちょっと、不用心だよね? 私、連れ戻しに行こうかな?」


 カイエとエマも通りを見ていると――いかにもガラの悪そうな二人の男が、女が入って行った裏通りの入口に立ち止まった。


 二人は中を覗き込むように見ると――ニヤリと笑って顔を見合わせて、裏通りの中へと走り出す。


「……ローズ!」


「エマ、急ぐわよ!」


 ローズとエマは跳ねるように席を立つと、通りの人混みを擦り抜けて、裏通りへと駆けていく。

 白と黄色のワンピースにサンダルというリゾートスタイルでも、二人の動きは、周囲の人々が唖然とするほど機敏だった。


「まあ……止める理由はないよな」


 カイエは面白がるように笑うと、カフェの従業員を探して声を掛ける。


「すみませーん、かねはここに置いておくんで!」


 テーブルに数枚の大銀貨を置くと――カイエの姿は一瞬で掻き消えた。


※ ※ ※ ※


 イルマ・ヘルドマイアは、手紙で指定された場所へと急いでいた。


 栗色の癖の強い髪と、はしばみ色の瞳。おっとりした顔立ちは、いかにも世間知らずのお嬢様という感じだ。

 アースカラーのゆるふわな服も相まって、裏通りには場違いで、物凄く目立っていた。


(ガゼル、無事でいてね……)


 イルマは祈るような気持ちで、手紙に書かれていた場所に急いだ。

 子供の頃、何度も訪れた教会の跡地。そこに怪我をしたガゼルが、運び込まれているのだ。


 辺りの雰囲気は子供の頃とすっかり変わってしまったが――そんな事に気を止める余裕がイルマにはなかった。


 目的地である建物は、次の角を曲がれば直ぐの筈だったが――そこに辿り着く前に、奥から現れた男たちが行く手を塞いだ。


「ごめんなさい、道を空けて下さい! 急いでいるんです!」


 イルマの懸命な言葉に――男は白々しい笑顔で応える。


「イルマ・ヘルドマイアさんですね? あなたの使用人は、俺たちが保護しているんですよ」


「そうなんですか! この度は、本当にありがとうございます! それで……ガゼルはどこですか?」


 全く疑いもしないイルマに――男は厭らしい笑みを浮かべる。


 イルマの背後には、彼女を尾行していた二人の部下が迫っており――男は顎をしゃくって、イルマを捕らえるように合図した。


 しかし、部下たちが動き出した瞬間――ガツンと鈍い音がしたかと思うと、二人は白目を剥いて倒れる。


「な……何だ?」


 男が間抜けな言葉を吐いている間に――白と黄色のワンピースの少女二人が、裏通りを一瞬で駆け抜けて来る。


「エマ、彼女をお願い!」


「うん、解ったよ!」


 黄色の少女がイルマを抱き抱え、白の少女は二人を庇うように、男たちの前に立ち塞がる。


 裏通りに転がる二つのサンダル――二人の少女は裸足だった。


「これ以上、あなたたちの好きにはさせないわ!」


 鞘に収まったままの神剣を手に――ローズは凛とした顔で、男を見据える。


「……はあ? お嬢ちゃん、何を言ってやがる! 口出しをするなら……てめえらもさらって、売り飛ばしてやろうか!」


 男は凄みを効かせて言うが――犯行を認めるような発言をした時点で、ローズには容赦する理由が無くなった。


 それから一分と経たないうちに、意識を失った男たちが道端に積み上げられる。


「もう大丈夫よ……あなた、怪我はない?」


 エマが抱える女の元に、ローズは気遣わし気に近づくが――


「……放して! あなたたちは、何でこんなことをするのよ!」


 どういう訳か――イルマは怒っていた。


「この人たちは、ガゼルを助けてくれたのに……酷いことをするのはやめて!」


「えっと……ローズ? この人、本当に何も解っていないみたいだよ?」


 散々抵抗されて対処に困っていたエマは――助けを求めるようにローズを見た。


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