第60話 先制攻撃


 『索敵サーチ』の魔法による警告音が鳴り響いたとき――黒鉄の塔の遥か前方に島が見えていた。


 肉眼で確認できる距離ではないが――カイエの魔神の目は、島から出撃した複数の船影を捉える。

 

「いよいよだな――」

 

 カイエが魔力の放出を止めると――全身から迸っていた魔法の光が消えた。


 加速力を失った黒鉄の塔は、空気抵抗によって減速を始めるが――『浮遊フロート』で浮いているから、速度の落ち方は緩やかだった。


「一気に減速するからさ。みんな、どこかに掴まっておけよ?」


 カイエの言葉に反応にして――ローズとエストは当然のように彼の身体にしがみつく。

 彼女たちはすでに着替えており、勇者パーティーの完全装備だったから……間抜けな感じがしないでもないが……


「あのなあ……何をお約束みたいなことをやってんだよ?」


「うふふ……だって、カイエに掴まるのが一番安全でしょう?」


 上目遣いにカイエを見て、悪戯っぽく笑うローズと、


「べ、別に他意は無いんだ! 他に掴まるところがないのだから、仕方がないだろう?」


 そう言いながらも、顔を真っ赤にするエスト。


 そして、他の面子メンツはというと――エマはアイシャを守るように抱き寄せており、アイシャの方は、純白の甲冑を纏うエマの雄姿に感激したのか、『エミーお姉様……』などと呟きながら幸せそうにしている。


 黒い革鎧レザースーツのアリスは、椅子に身をもたげて余裕の笑みを浮かべており、カイエの警告など気にも止めていなかった。


(まあ……そうは言っても、掴まれるようなモノなんて大して無いか?)


 移動することを前提にしていない黒鉄の塔の中は――テーブルや椅子を固定している訳でもなく、捕まる場所と言っても、壁の縁やキッチンの設備、備付けの家具など限られている。


 それでもジャグリーンだけは――アイランドキッチンの端を掴んで、身を低くして衝撃に備えているが……一人だけ真面目に反応しているので、完全に浮いている。


「仕方ないな……」


 カイエは諦めて、魔法を発動させた。


 『空気の壁エアウォール』――部屋の空間の隙間を埋めるように、柔らかい空気の壁を多重展開する。

 これで衝撃を受けたり、急制動で慣性に身体を持っていかれても、空気がクッションになって、ダメージを受けることは無いだろう。


 そこまで準備を終えてから――カイエは黒鉄の塔の左右にパネルを広げるようにして、巨大な魔法の壁を創り出した。


 空気制動エアロブレーキングの要領で、急減速ブレーキにならないように壁の角度を調整しながら、黒鉄の塔を滑らかに減速させていく。

 

「こんなもんか……みんな、敵の位置が解るか?」


 カイエに促されるまでもなく――ローズたちも前方の様子をずっと伺っていた。

 

 彼女たちにも――すでに十を超える数の小型船が見えていた。

 船は明らかに魔力で加速ブーストしており、白い波の尾を引きながら接近してくる。

 そして船の周囲には――海面を突き破るように姿を現わし、再び水に潜りながら並走する多数の海竜シーサーペイントの姿があった。


「そろそろ……出迎えの準備をする頃合いのようだな?」


 エストがそう言って、屋上に向かおうとすると――


「じゃあ、その前に……一応、降伏勧告をしておくかな?」


 カイエは先に立って、屋上への階段を登って行く。


 黒鉄の塔の屋上から見下ろす船団に向かって――カイエは『拡声ラウドボイス』を発動させて言い放つ。


「あ……あ……聞こえるか、魔族ども? おまえらが商船を襲っているってネタは上がってるんだ。今すぐ降伏するなら、生かしてやっても良いが……そっちがる気なら、徹底的に叩き潰すから覚悟しろよ?」


 カイエの降伏勧告に対して――魔族の答えは、攻撃魔法の応酬だった。


 紅蓮の炎が渦巻く『火球ファイヤーボール』に、空気を焦がす『稲妻ライトニングボルト』――十を超える数の魔法が、黒鉄の塔に襲い掛かる。


 しかし――全ての魔法は塔に届く前に、白く輝く光の壁に防がれてしまう。


 『強化聖盾エクストラホーリーシールド』――エストが放った神聖属性の上位魔法は、中位以下の全ての魔法を阻む。


「私が手を出すまでもないとは思ったが……余計な真似だったか?」


「いや、ありがとうエスト。戦闘中なんだからさ、変な遠慮なんてするなよ?」


 素直に礼を言われて――エストは顔を真っ赤にする。


「む、向こうから攻撃してきたのだから……も、もう容赦はいらないな?」


「そうだな……エスト、派手にキメてくれよ?」


 優しげに笑うカイエに――エストは本気の魔法で応えた。


「天空の星々よ……我は魔の導き手エスト・ラファン! 我が意を示すために力を貸せ――『流星落下メテオフォール』!」


 大抵の魔法であれば、無詠唱で発動できるエストが――古典的な詠唱を用いて発動させたのは、圧倒的で、徹底的な……最上位魔法だった。


 エストの呼び掛けに応えるように、空が涙を流す――否、それは天空から降り注ぐ、六つの隕石だった。 


 摩擦熱で赤く燃え上がる宇宙そらの石は船団に直撃し――半数以上の船と海竜シーサーペイントを一瞬で消滅させる。


 それでも――幾つかの船は咄嗟に魔力結界を張って、『流星落下メテオフォール』のダメージを軽減していた。


「まあ……半分近く残ったんだからさ、奴らの危機対応能力を誉めるべきだろうな?」


 強大な魔法がもたらした結果を前にしても――カイエは気楽な感じで言う。


 魔族の船団は甚大な被害を被ったにも関わらず、進撃を止めなかった。

 魔法発動直後の隙を突くつもりか、再び『火球ファイヤーボール』と『稲妻ライトニングボルト』を放ち、さらには――

 『雷鳥ライトニングバード』――風属性の上位魔法まで発動させて反撃してくるが、


 『力場フォースフィールド』――今度はカイエが出現させた魔力の結界が、全ての魔法を弾いてしまう。


「諦めが悪いと言うか……まだ打つ手を持ってる感じだな?」


 カイエは意地の悪い笑みを浮かべると、


「だったら……次は、おまえたちの番だな?」


 すでに屋上に上がって来ていたローズとエマの方を見る。


「うん、任せて……エスト、支援魔法をお願い!」


「私もね!」


 『飛行フライ』と『加速ブースト』に、『水中呼吸ウォーターブレッシング』――エストが支援魔法を立て続けに発動すると、


「それじゃ……行くわよ、エマ!」


「はいはーい! カイエ、エスト、行ってくるね!」


 二人は黒鉄の塔の屋上から、颯爽と飛び立っていった。


「私も……そろそろ始めようかしら?」


 一番最後に上がって来たアリスは――抜き身の刀を肩に掛けて、不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで舌なめずりするネコ科の獣のように、獰猛さと艶やかさが同居している。


「なあ、アリス……おまえなら、奴らを黙らせるのなんて簡単だろう?」


 カイエは揶揄からかうように笑う。


「あんたなんかに、期待されても嬉しくないけど……まあ、大人しく見てなさいよ?」


 そう言った直後――アリスの姿は掻き消えた。


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