第61話 それぞれの理由


 白銀の鎧を纏い、光を放つ『神剣』アルブレナを手にした勇者ローズは――空を駆け抜けて、海竜シーサーペイントの群れの只中へと飛び込んでいく。


「行くわよ……やああああ!!!」


 手足の代わりにヒレを持つ、巨大な蛇のような姿――その名の通り海竜シーサーペイントは、竜と見紛うような外見をしているが……竜とは異なる生き物だ。


 知力が低く、竜のように魔法を使うことも、ブレスを吐くこともできないが――十メートルを超える巨体と、獰猛な性質によって、海で最も恐れられる怪物モンスターの一つだ。


 しかし――それもローズに掛かれば、一溜りもなかった。


「……ハッ! ……やあ!」


 ちょっと可愛い感じの掛け声とともに、ローズが神剣を一閃する度に――海竜シーサーペイントは一体、また一体と、巨体を真っ二つに両断されていく。


 それは、聖騎士エマも同じで――


「行っくよー! ……たあ!!!」


 金色の大剣――聖剣ヴェルサンドラが持つ圧倒的な破壊力は、海竜シーサーペイントを切ると言うよりも、その胴体を粉砕する。

 

 アルペリオ大迷宮の最下層で――出現したラスボスクラスのモンスターに、エマは苦戦していたが……あれは相手が強過ぎたのだ。


 それに――今のエマは、あの頃よりも確実に


 海竜シーサーペイントを軽々と仕留めていくローズとエマを――船上の魔族たちも黙って見ている訳ではなかった。

 水上と水中を目まぐるしく動き回る二人を狙って、攻撃魔法と、魔力を付与した矢の雨を浴びせ掛ける。


「あれは……勇者ローズに、聖騎士エマか!」


 先ほど黒鉄の塔に『雷鳥(ライトニングバード)』を放った上級魔族は、彼女たちが誰であるか気づいていた。

 魔都イクサンドラから落ち延びた彼は、勇者たちの姿を直接見たことがあったのだ。


「魔王様の仇……ここで撃たせて貰う!」


 上級魔族は呪文の詠唱し、彼にとって最大の攻撃魔法を発動しようとするが――

 自分の左胸から突き出る刃を見て、驚愕のまま絶命する。


「あら……邪魔しちゃ駄目じゃない?」


 いつの間にか背後にいたアリスが、背中から一突きにしたのだ。


「貴様、何処から……」


 彼女の存在に気づいた魔族たちが、一斉に剣に手を掛ける。


「……遅いわよ」


 しかし、剣を抜くよりも早く、アリスは彼らの間を駆け抜けて――彼女が通り過ぎた後には、首のない魔族の死体だけが残った。


(次は……から見て、右から三番目の船よ)


 エストに『伝言メッセージ』を送ると――アリスは自分の影の中に溶けるようにして、一瞬で姿を消した。


 『影走り』――暗殺者を極めたアリスの異能ユニークスキルであり、一定範囲内の影と影の間を自由に移動できる。


 地下迷宮ダンジョンのような魔法で造られた空間では使用できないという制約はあるが――自然光のある場所であれば、彼女にとって『僅か』な魔力を消費するだけで発動できるチート級の能力だ。


「……アリス、了解した」


 『伝言メッセージ』を受け取ったエストは――アリスがいない船を狙って、船団の上空で上位魔法を発動させる。


 『聖なるホーリーランス槍』――神聖属性の光の槍は、魔族の船を垂直に貫いて撃沈させる。


 そんな感じで――今回の戦いは、ローズたちの一方的な蹂躙で終わるかのように思われたが……


「……!」


 エストが魔法を放つタイミングを待っていたかのように、後方にいた一隻が急加速して、船団と黒鉄の塔の間に躍り出た。


 その船の速度は余りにも速く――他の船の三倍を超えていた。


 予想外のタイミングと速度に、エストは完全に虚を突かれた形になり、船は黒鉄の塔に向けて、一気に距離を詰めていく。


「……させるものか!」


 エストは即座に発動できる中位攻撃魔法を放つが――相手は魔力結界で防いでしまう。

 そして――突然、船を中心に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


 『聖なる槍ホーリーランス』――エストが発動した上位魔法が船に突き刺さったのは、その直後だった。


 エストの魔法は、魔法陣を出現させた魔族ごと船を貫いて撃沈するが――真っ二つになった船体の下から、巨大な影が浮かび上がる。


 突如として海面に生えた巨木のように――海中から突き出した白い触手が、黒鉄の塔に襲い掛かる。


 このとき――黒鉄の塔にいたのは、カイエとアイシャとジャグリーンの三人であり……さすがにアイシャだけは、最上階のガラス張りの部屋に残っていた。


 しかし、その巨大な触手であれば……塔のガラスを突き破ることなど容易に思える。

 だから――ジャグリーンは躊躇することなく、屋上から飛び出した。


「私は……こういうときのために、生まれて来たのだからな!」


 圧倒的な強さを持つジャグリーンにとって他の人間は――共に戦う同志ではなく、守るべき相手だった。

 勇者パーティーの強さは認めていたが……その無垢な強さには、同時に危うさも感じていたのだ。


 単純な攻撃力だけであれば――ジャグリーンの実力はエマに及ばないが……


『実際に戦ったら――癪だけど、エマも私もあいつには勝てないと思うわよ?』


 そうアリスが評するだけの実力を――彼女は持っていた。


「クラーケン……まさか、今さら伝説のような怪物モンスターと戦うことになるとはな!」


 白い触手の上を走りながら――ジャグリーンは、襲い掛かってくる他の触手を曲刀(カトラス)で受け流す。

 巨大過ぎる力を受け流すなど、普通に考えればできることでは無いが……彼女の天性の才能が、それを可能にしていた。


 しかし――クラーケンの本体が海面から姿を現わしたとき……ジャグリーンは生涯で初めて、絶望という感覚を覚える。


 海面に出でいた触手は――その先端に過ぎず、彼女の眼前に現れたクラーケンの身体は、実に三十メートルを優に超えていたのだ。


「なるほど……伝説と戦うとはまさに、こういう事か!」


 それでも――ジャグリーンは怯むことなく、触手の上を駆け抜けて巨大な本体へと迫る。

 強さだけで言えば、もしかしたら魔王に匹敵する相手かも知れないが……だからと言って、それは守るべき者を放置して逃げ出す理由にはならない。


 己と相手の実力差を見極めることに長けたジャグリーンには――結果は解っていた。

 しかし、ここには勇者ローズが居るのだし、時間稼ぎだけ出来れば良いと思っていたのだが……


 巨大なクラーケンの顔が――突然、左右にズレる。


 その直後――巨大イカは大量の体液を撒き散らしながら、海の底に沈んでいった。


「へえー……結構、意外だったな。ジャグリーンって、もっと計算高い奴だって思ってたんだけどさ?」


 三メートルを超える漆黒の超長物を手にして――カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべていた。


「なんだ……やっぱりカイエが倒しちゃったのね? でも……素敵だったわ!」


 クラーケンの襲来に気づいて――急遽戻って来た来たローズが、カイエに抱きつく。


「ホント、ちょっとヤバいかなって思ったんだけど……カイエとジャグリーンなら、どうにかすると思ってたんだ!」


 エマも前線から戻って来ており、最上の結果に満足の笑みを浮かべる。


「私は……自分が不甲斐ないよ」


 クラーケンの接近を許してしまった事に、エストは責任を感じていたが――


「何、言ってんだよ……俺がいるんだから問題なんて何も無からな? それにエストなら……次は確実に止められるだろう?」


 優しさを含んだ揶揄からかいに……エストは我慢できなくなって、カイエにしがみつく。


「……カイエ! うん、そうだな……次は絶対に、私が防いで見せるから……」


 胸に顔を埋めて泣きじゃくるエストの髪を――カイエは優しく撫でる。

 そんな二人の様子を……ローズは幸せそうな笑みを浮かべて見守っていた。


「まあ、結果だけ見れば問題ないけど……反省すべきところは、沢山あるわよね?」


 最後に戻って来たアリスは、呆れた顔をするが……


「そうは言っても……ジャグリーン、あんたにはお礼を言わないとね?」


 バツが悪そうな顔で、そう前置きしてから――


「私たちのために身体を張ってくれて……あんたには感謝してるわよ!」


 照れ臭そうに言うアリスの事が……ちょっと可愛いかなって、カイエは思ってしまった。


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