第59話 始動


 黒鉄の塔は海面をえぐりながら爆進するが――その間もカイエたちは、たわいもない会話を続けていた。


「なるほどね……ヨハンの親馬鹿ぶりは、昔から酷かったんだな?」


 喋っているときも――カイエは膨大な魔力を放出し続ける。

 全身から魔力の光を迸らせなが、だからどうだという感じでニヤニヤ笑っていた。


 カイエがそんな感じだから――


「ええ、そうなんです! 母が亡くなる前から、大体いつもあんな感じで! 私が小さい頃なんて……今考えれば、恥ずかし過ぎて、言葉にできないくらいでしたよ!」


 先ほどの驚愕ぶりが嘘のように、アイシャはすっかり、今の状況に順応していた。


『まあ、カイエだから……仕方ないよ!』


 あっけらかんと笑うエマに慰められた事も嬉しかったようで、もうすっかり、いつものアイシャだった。


「でもさ……うちの別荘で会ったときは、普通の人って感じだったけど?」


 エマが不思議そうな顔をすると、


「それは……お母様に怒られるから、猫を被っていただけよ」


 呆れ果てという感じでため息をついてから――アイシャは悪戯っぽく笑った。

 

「何だそれ……奥さんにまで頭が上がらなかったのかよ、笑える!」


 可笑しそうに笑うカイエの両側には――今もローズとエストがくっついていた。


「うん……光っているカイエも、素敵ね……」


 ローズは会話の内容など全く聞いておらず――うっとりした顔で、カイエの腕にもたれ掛かっている。


「そうだな……この圧倒的な魔力は、実に素晴らしいよ……」


 エストも熱の籠った眼差しを向けて、肩が触れ合うかのギリギリの位置で、頬を赤く染めている。


 カイエが魔力の放出を始めた直後こそ、二人も近づいて良いものかと躊躇いを見せていたのだが――


『……おまえら何やってんだよ? 魔力を付与してるだけだから、俺にとっては大差ないし。この光に触れたって、別にどうってことないからな?』


 カイエにそう言われて――たがが外れた二人は、結局こうして、ピンク色の空間を創り出している。


「ローズもエストも……ホント、飽きないわよね?」


 そんな彼らを尻目に――アリスだけは我関せずという感じで、少し離れた位置に座っていた。


 まだ水着のまま椅子に身をもたげながら、気だるい雰囲気を醸し出して、ガラス越しに海を眺めている。


 しかし――この状況に全く動じていないという意味では、アリスも同じであり……


(私だけじゃないと……思っていたんだがな……)


 完全にに行ってしまったアイシャを――ジャグリーンは、恨みがましい目で見ていた、


 それから暫くの間、疎外感を感じるジャグリーンを余所に――

 黒鉄の塔が調爆進を続ける中、カイエたちは相変わらずの調子で――


 昼になると、魚介類をふんだんに使ったエストお手製の料理が振る舞われ――


 三時になると、ローズとエマが初めて作った不格好なクッキーが、お茶と一緒に出て来た。


(確かに、料理は旨いが……そういうことでは無いだろう?)


 色々と馬鹿らしくなったジャグリーンが、死んだ魚のような目で彼らを見ていると――


「そろそろ、ラグナ群島に近くなって来たから……作戦を決めておこうか?」


 カイエの一言で――ローズたちの雰囲気が一変した。

 真剣な眼差を、一斉にカイエへと向ける。


「今回はアイシャもいることだし……俺は塔の防御に回るってことで、攻撃は任せて良いよな?」


 カイエの言葉に、みんな意外そうな顔をするが、


「勿論、だと思ったら、俺も参戦するからさ?」


 意味ありげに笑うカイエに――『ああ、何か企んでるのね』と納得した。


「一応、俺が降伏勧告するつもりだけど……どうせ聞かないだろうから、先制攻撃の判断はエストに任せて良いよな?」


「解った……魔法による先制攻撃は、徹底的にやって構わないな?」


 エストは意見を求めて仲間たちを見る。


「だったら……エストの魔法が発動した後、私とエマで生き残った海竜シーサーペイントを優先的に仕留めた方が良いわよね?」


「そうだね。大きい怪物モンスターの相手をするのは、私たちの方が向いているから!」


 ローズの言葉に、エマが同意する。


「そうなると……残った上級魔族の方は、私が船に乗り込んで倒せば良いって事ね? 他の魔族の船も、私とエストで連携すればどうにかなるでしょう?」


 したたかに笑うアリスに、エストが頷いた。


「それじゃあ……ジャグリーンは、俺たちと一緒に待機だな?」


 瞬く間に皆の役割が決まってしまったので、ジャグリーンは口を挟むタイミングを逸していたのだが――


「……カイエ、君は何を言っているんだ? 今回の任務の責任は私にあるのだし、私も戦力として十分役に立てる筈だ」


「ああ、ジャグリーンが強いのはけどさ……慣れない奴が混ざると連携が乱れるだろう? 不測の事態に備えたバックアップ要員だって、重要な役割だと思うけどな?」


 カイエは揶揄うように笑って――ジャグリーンを見つめる。


(私を馬鹿にしているのか……いや、そういう目ではないな?)


 ジャグリーンは隻眼を細めて、カイエの意図を測ろうとする。


「良いだろう……背中は任せてくれ。私が兵を動かすだけ指揮官ではないことを、君たちにも理解して貰うとしようか」


 ジャグリーンは気づいていなかったが――いつの間にか、本来の彼女に戻っていた。



 それから程なくして――黒鉄の塔に警告音が鳴り響いた。

 

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