第34話 エマの答え
夜の闇の中に、金色のショートカットと大きな青い目の少女アイシャ・シルベーヌは、毅然とした感じで立っていた。
「夜分に申し訳ありません……」
「アイシャ……」
エマは立ち上がって、アイシャに駆け寄ろうとするが――
「エマ・ローウェル様に、お詫びをさせて頂きたく参りました」
深く頭を下げる彼女を見て、思わず動きを止める。
そこにいるのは幼い少女ではなく、
「まあ……突っ立ってないで、さっさと中に入れよ?」
カイエに促されて、アイシャは再び頭を下げると、五人が座っているソファーの前までやって来る。
「エマ・ローウェル様……この度の私の失礼な態度と、お見苦してところをお見せしたことにつきまして、心よりお詫び申し上げます。大変ご不快とは思いますが、どうか
青い瞳で真っ直ぐにエマを見つめて、唇を噛みしめる。
自分の失態に対して、全てを認めて誠実に謝る。それは
自分に好意を寄せて、思わず甘えてしまった年下の少女に、こんなことを言わせるなんてとエマは反省していた。
「あのね、アイシャ? 護衛の話を断るなんて、私はそんなこと考えてないよ」
エマはニッコリ笑ってアイシャを見る。
「エマ様……ありがとうございます」
アイシャは伏し目がちに、三度頭を下げようとするが――
「エマ様? 駄目だよ、そんな言い方!」
エマは跳ねるようにしてアイシャの前に立つと、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「エ……エマ様……」
「だから、違うって! えっと……エミーお姉様で良いから!」
エマに抱きしめられてアイシャは戸惑っていたが――ずっと憧れてきたエマの力強さと、身体に伝わってくる温もりを感じて……溢れ出る涙を堪えることができかなった。
「エ……エミーお姉様!」
エマの胸にしがみついて、思いきり泣きじゃくった。
そんなアイシャの頭を、エマは優しく撫でる。
「アイシャ、ごめんね。私の方こそ、色々と謝らないと……」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。だって、本当のことを言うと……私はアイシャのことを、ずっと忘れていたからさ。自分で言うのも何だけど、酷い奴だって思うよ」
エマにとってアイシャは、幼い頃に会った年下の子供の一人に過ぎない。
『このタイミングで言うことじゃないでしょう?』とアリスがジト目で見ていたが――エマは全部正直に、アイシャに対して真っ直ぐに向き合おうと思っていた。
「……気づいていたわ。子供の頃だって、エミーお姉様にとって私が特別な存在じゃないことくらい……でも……私にとっては、お姉様は特別なの……」
「うん……ありがとう。そう言ってくれることは、本当に嬉しいんだ。だから、アイシャ……もっと私のことを頼ってくれて良いよ」
このエマの言葉に――アイシャは何も応えなかった。
しかし、胸にしがみつく力が弱まったことで、エマは彼女か
「……アイシャ、私を見て!」
そう言うとエマは、アイシャの肩に手を置いて、ほんの少しだけ自分の身体から放す。
それでも、顔を上げようとしないアイシャに――その小さな顎に触れて、そっと上を向かせた。
「こんなことを言うと、アイシャをガッカリさせちゃうかも知れないけど……私って、結構駄目な奴なんだよね?」
ニカッと笑って思いもよらない台詞を言うエマに、アイシャは戸惑うが――エマはお構いなしに、
「いっつも、アリスに怒られてるし。エストにはもっと考えろってよく言われるよ。ローズにも、危ないところを何度も助けて貰ってるし……そこにいるカイエお兄さんにだって、全然敵わないからね」
『何で俺だけお兄さんなんだ?』とカイエは思ったが――エマの言いたいことが解ったから、空気を読んで黙っていることにする。
「他にも料理ができないとか、魔法が苦手だとか、色々と駄目なところは自覚してるけど……私だって一生懸命頑張ってるんだから、できないことはみんなに頼って良いんだって思ってるよ」
アイシャにも――エマが言おうとしていることが解った。
だから……温かい気持ちが伝わってきて、さっきまでとは違う涙が溢れてくる。
「だからさ……アイシャが頑張っていることは、私にも解るから。自分でどうしようもできなくて、困っていることがあるなら、話してくれないかな? 私だけじゃ何とかしてあげられるか解らないけど……私の仲間たちなら、絶対にどうにかしてくれるからさ!」
「おい、ここは自分が解決するって言えよ?」
「そうよ、エマ! あんたって子は……」
カイエとアリスに突っ込まれて――
「えー! だって、みんなでやった方が楽しいし!」
「楽しいとか……そういう話じゃないだろう?」
「ホント、エマって……アイシャも、憧れる人を間違えたと思うわよ?」
エストとローズにまで言われて、
「そんな集中攻撃とか……ひどくない?」
エマは頬を膨らませるが――ふと、肩を震わせているアイシャに気づく。
「……アイシャ?」
「……ふ、ふふ……アハハハ! ……ご、ごめんなさい、なんだか可笑しくて……」
頬を涙で濡らしたまま、お腹を押さえて笑うアイシャに――エマは優しい笑みを浮かべる。
「アイシャもひどいなあ……私がいぢめられてるのに笑うなんて!」
「えっ、でも……エミーお姉様が……」
アイシャは涙を拭って、エマの顔を見上げる。
今度は肩の力を抜いて、それでも真剣に――
「エミーお姉様……今私は、本当に困っているの。ううん、私だけじゃなくて、シルベーヌ子爵家と領民全員が……だからお願い! 私に出来ることなら何でもするから、助けて!」
アイシャに真摯な瞳を向けられて――エマはもう一度ニカッと笑うと、
「はい、良くできました!」
髪の毛がグシャグシャになるほど、アイシャの頭を撫でる。
「な……何をするのよ、お姉様!」
アイシャは抗議しながら――嬉しそうに笑っていた。
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