第32話 もう一つの再会


 馬車の外に戻って来たローズは、開口一番――


「ごめんね、みんな。護衛を引き受けることになっちゃった」


 ちなみに、カイエが気を利かせて『防音サウンドプルーフ』の魔法を発動していたから、彼らの会話は外の人間には聞こえていなかった。


「そ、それは本当か! 貴殿たちの度重なる助力に感謝する!」


 護衛隊長は驚きと喜びが入り混じった顔で、ローズとカイエに深々と頭を下げた。


「あ……それと、アイシャ? 俺がどうとでもするから、もう隠れてる必要なんてないからな? 内密って件も、解ってるから安心しろよ」


 アイシャの名前を出したことと、呼び捨てにしたことの二重の意味で、護衛隊長がカイエを睨むが、


「だから、問題ないんだって。盗賊たちには、俺たちの声は聞こえないし、姿も見えないからさ」


 カイエが視線で促すと――盗賊たちはいつの間にか光の壁の中に閉じ込められていた。

 『魔法の牢獄マジックプリズン』――空間属性の上級魔法であり、相手を拘束して五感を奪う。


 余りの光景に護衛隊長は唖然とするが――すぐに怒りを思い出す。


「いや、しかし……それにしても、アイシャ様を呼び捨てにするなど!」


「そっちの話ね……面倒な奴」


「な、何を言うか!」


「アーウィン、止めなさい! ラクシエル様……本当に大丈夫なんでしょうか?」


 恐る恐ると言う感じで、アイシャが馬車の中から顔を出す。


「ああ。もしオレの言うことが信用できなくても、ローズのことなら信頼できるだろう?」


 気さくな感じで笑うカイエに、アイシャは慌てて首を振る。


「いえ、信用できないなんてことは……解りました。ラクシエル様、ありがとうございます」


 このとき、アイシャがほんのりと頬を染めたことを――ローズとエストの乙女センサーは見逃さなかった。


(さっきも顔が赤かったけど……こんな子供が、まさかよね?)


(……貴族の娘なのか? だとすると……油断はできないな!)


 そんな二人の思惑を余所に、カイエは気楽そうな感じで護衛隊長のアーウィンを揶揄からかっている。


「お嬢様が大事なのは解るけどさ……度が過ぎると、ロ○コン認定するぞ?」


「な、何を言うか! 貴様は……」


「待ちなさい、アーウィン! 勇者様たちに対して失礼でしょう!」


 アイシャの台詞を聞いて――アーウィンは愕然とする。

 馬車の中の会話を知らない彼は、このとき初めてローズが勇者であることを知った。


「えーと、どういうことになってるの? 私には状況がよく解らないんだけど?」


 射貫かれた馬のところに行っていたエマが、ようやく戻ってきて不思議そうな顔をする。


 カイエとローズが馬車の中で話をしている間、じっと待っていることが苦手なエマは、隊商の人間の許可を得て、街道の脇に死んだ馬を埋葬していたのだ。

 ちなみに人間の怪我の方は、すでにエストと二人で治療を終えていた。


 戦いに邪魔だとワンピースの裾を自分で切り裂いたエマは――今はミニスカート状態で、スカートが揺れる度に、日に焼けた太腿が結構際どいところまで見えてしまい、かなり刺激的だった。


 本人は全く気にしていないが――隊商の男たちは目のやり場に困っている。


「おまえさあ……」


 カイエは何処からか長い布を取り出すと、エマの前に屈み込む様にして、腰に巻き付けてやる。


「ちょ……カイエ、何するの!」


 いきなり自分の下半身に迫ってきたカイエに、エマは顔を真っ赤にするが、


「五月蠅い。そんな反応をするくらいなら、さっさと隠せよ」


 このとき――背後から迫るローズは、全てを焼き焦がすような灼熱の視線をカイエに向けていた。


「エマ……悪いんだけど、護衛を引き受けることにしちゃったわ」


 口元だけに浮かぶローズの笑みに――エマは怯える。


「う、うん……わ、私は、全然構わないから!」


 そんな笑えない状況を――ちょっと近寄りがたい感じで、アイシャは恐る恐る見ていたのだが、


「……もしかして、エミーお姉様なの?」


 そう叫ぶなり、突然走り出してエマに駆け寄った。


 何事が起きたのかと呆然とするカイエとローズの眼の前で、アイシャはいきなりエマに抱きつくが――抱きつかれた当人であるエマは、思いきり戸惑っていた。


「エミーお姉様よね? 私よ、アイシャ・シルベーヌよ! ギリーガレットの湖畔の別荘で、遊んでくれたことを今でも覚えているわ!」


 感激の再会という感じのアイシャに対して、エマの方はというと――


「えーと……ああ、そうだ。『小さい』アイシャだよね? うん、勿論覚えてるよ」


 何とか思い出したという感じで、引きつった笑みを浮かべていた。


※ ※ ※ ※


 お互いの自己紹介と、馬車の中で話した内容の説明が終わって、ようやく一同は情報を共有することができた。


「ラクシエル殿……先ほどは、本当に申し訳ない」


 護衛隊長改め――シルベーヌ子爵に仕える騎士アーウィン・フェンテスが、今日何度目になるか、また深々と頭を下げる。

 しかし本心では、カイエがアイシャを呼び捨てにすることを決して認めていない。

 そのくらいのことは、カイエも承知していた。


「まあ、の事は気にしなくて良いからさ……とりあえず、俺は馬車を取りに戻るかな?」


 そう言ってカイエは、横目でエマの方を見る――困ったような顔をしている彼女の腕には、今もアイシャが幸せそうにしがみついていた。


(なんか、自分のことを思い出すよな……他人事だと、気楽で良いけどね?)


 苦笑しながら歩き出すカイエに、


「だったら、私も一緒に行くわよ」


「ああ、なら私も行こうかな。飛行魔法フライを使った方が早いだろう?」


 ローズとエストが相次いで声を上げて後に続くが――


「ちょっと待ってよ! 私も行くから……」


 救いを求めるようなエマの視線に、カイエは生暖かい目で応える。


「そんなに気を遣うなよ……おまえは今、忙しいだろう?」


 カイエの優しそうな笑みも――このときのエマには、悪魔のように見えた。


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