第31話 勇者ローズとは


「さすがに……ちょっと可哀想になってきたよ。話くらい聞いてやれば?」


 カイエのフォローで、結局五人は隊商キャラバンの責任者と会うことになった――


 男はローズたちを隊商の中央の馬車のところまで連れて行った。


 他の四台は幌馬付きの荷馬車だが、この一台だけは屋根つきだった。

 しかし、作りは乗車用ではなく、あくまでも荷馬車だ。


 男は馬車のすぐ後ろで跪くと、馬車の中に声を掛ける。


「例の方々をお連れしました」


「……解りました。中に入って貰って下さい」


 若い……と言うよりも、幼い感じの女の声がした。


 男は馬車の後部にある扉を半分ほど開くと、身振りで中に入るように促した。

 さすがに全員で入るには狭いので、カイエとローズが代表する形で中に入る。


 馬車の中は外見とは異なり、窓こそなかったが、乗車用の作りになっていた。

 奥の方にベンチ型の椅子があり、その前に少女が立っている。


 年齢は十二、三歳というところか? まだ幼さが残る顔に、金色のショートカット。

 大きな青い目が、真っすぐにこちらを見ていた。


「私はアイシャ・シルベーヌ。ヨハン・シルベーヌ子爵の娘です。この度は私どもを救って頂きまして、心より感謝致します。そして自ら足を運ばなかった無礼を、どうかお許しください」


 着ている服は地味な旅装だったが――アイシャはスカートの端を摘まんで、優雅な動きで頭を下げる。


「そんなに畏まらなくて良いわよ。私はロ―ゼリッタ・リヒテンバーグ。この人はカイエ・ラクシエル……私の大切な人よ」


 こんなときでもブレない恋する乙女は、頬を染めながらカイエを紹介するが――


「ロ―ゼリッタ・リヒテンバーグ……もしかして、勇者様ですか!」


 アイシャの反応は当然で、ローズの名前は広く世界に轟いており、知らぬ者などいない。


「ええ、そうだけど?」


 ローズの方は別にどうとでもないという感じで、アイシャの驚きを完全に無視スルーする。


 そんなローズの反応に、アイシャは少し戸惑っていたが――自分の目的を思い出したように、気を引き締め直す。


「知らぬこととはいえ……大変失礼致しました。改めまして、勇者ロ―ゼリッタ・リヒテンバーグ様に、心よりの感謝を申し上げます」


「だから……アイシャ、そういう堅苦しいのは止めない? 私のことはローズと呼んでくれて構わないから」


「ですが……」


「あのさあ……話が進まないから、そこは折れておけよ?」


 苦笑するカイエに、アイシャは少し恥ずかしそうに頬を染める。


「解りました。それではローズ様……」


 そう言ってアイシャは、事情を説明した。


「詳細は申し上げられませんが、とある用件のために私は内密で王都に赴いておりました。私たちだけで行動しているのも、内密であるが故です。

 その用件は不調に終わりましたが……期限もありまして、私は父の領地へと戻る途中だったのです。そこで盗賊に襲われているところを、ローズ様たちに救って頂きました」


 『不調に終わった』と口にしたとき、アイシャは一瞬だけ無念そうな顔をした。


「大変お恥ずかしいことですが、私どもは危機を救って頂いた貴方方に、厚かましくも次の街までの護衛をお願いするつもりでいました。しかし……勇者様に護衛などお願いできる筈はありません。

 わざわざご足労頂きまして、大変ありがとうございます。今は持ち合わせがありませんが……救って頂いたことのお礼は、必ずさせて頂きます」


 今は盗賊に襲われた直後であり、本心を言えば相手が誰であろうと助けて貰いたかったが――世界の救い手である勇者に護衛を依頼するなどあり得ない話だと、少しでも分別のある人間なら誰でも解る筈だ。


 幸か不幸か、アイシャは年齢にそぐわず、それを理解していた。


「私が勇者だからって、どうして護衛を依頼しないのよ?」


 そんなアイシャを、ローズは不思議そうな顔で見る。


「アイシャは必要だと思ったから、依頼しようとしたんじゃないの?」


「おいおい、ローズ……おまえ、さっき護衛は引き受けないって言ってなかったか?」


 カイエが突っ込みを入れるが――


「私が引き受けるかどうかの話じゃなくて、アイシャがどう思っているかよ? 本当に必要なことなら……アイシャは、この隊商の責任者なんでしょう? だったら、常識とか体裁とかよりも、何を優先するべきか解るわよね?」


 こういうときのローズは――物事の本質だけを見て、決して揺るがなかった。

 勇者として、世界を救うために戦ってきた彼女は、多くの人の命が懸かった後戻りのできない選択を、何度も迫られてきたのだ。


「私たちだけで行動することが危険だと、今回盗賊に襲われたことで身に染みて解りました。今の私たちには、護衛をして頂ける方が必要です。ですが……勇者様に、こんなことをお願いして、本当に良いのでしょうか?」


 必死に考えながら、言葉を口にするアイシャに――ローズは優しく微笑む。


「良いとか悪いとか、そういう話じゃないでしょう? アイシャ……あなたは自分がどうするべきだと思っているの?」


「……お願いします、ローズ様! どうか私たちを……いえ、私の我儘に付き合ってくれた臣下たちを守ってください!」


 両目に溢れんばかりの涙をこらえながら、アイシャは深々と頭を下げる。


「うん、良いわよ……任されました」


 今回もアッサリと、ローズはそう言った。


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