第30話 空飛ぶ少女
魔王の出現によって――魔族との戦いに戦力を割くことを余儀なくされた聖王国の治安は、以前よりも悪化していた。
魔王が討伐された現在も、その状況は完全には回復しておらず、街道沿いと言っても都市部から数日も離れてしまえば、盗賊などに襲われることも珍しくない。
それでも都市の商人ギルドが組織する数百人規模の大規模
数十人程度の
「てめえら、よく聞け! 俺は人殺しが趣味じゃねえからな、馬車ごと積み荷を全部引き渡せば命までは取らねえ! だがな、抵抗するなら女子供だろうと容赦なく殺すから覚悟しろよ!」
先頭の馬車の荷馬を射殺して行く手を塞ぐというという常套手段で、盗賊たちは隊商の動きを止めて包囲していた。
護衛を含めて三十人強という隊商の人数に対して、盗賊の数は百人を超えている。
盗賊の半数は人間だが、残りは亜人や獣人だ。そんな混成集団を纏め上げているのが、今隊商に脅しを掛けている無精髭の男だった。
現時点では、隊商の中には矢で傷を負った者はいたが、死者はまだ出ていない。
十人ほどの護衛たちは武器を手にして身構えているが、戦力差は歴然であり、迂闊に動けない状態だった。
「おい……俺は気が短けぇんだよ! さっさと武装解除しねえと、皆殺しにするぞ!」
無精髭の男の合図に、盗賊たちは一斉に前進しして隊商へとにじり寄る。
一触即発の状況、まさにそのときだった――
「あなたたち、何をやってるのよ!」
響き渡る少女の声に、盗賊たちが思わず空を見上げると――ワンピース姿の二人の少女が、剣を手にして飛んでいた。
「何だそりゃ……」
あり得ない光景に、盗賊たちが唖然とする。
「……ロ、ローズ! ちょっと待って! スカートって、なんか変な感じなんだよね?」
『男は何だかんだ言っても結局可愛い女が好き』というアリスの甘言にまんまと乗って、今日のエマは黄色のワンピースを着ていた。
だから、意気込んで飛び出してきたが――慣れないスカードが風にはためくのが気になって、いまいち集中できていない。
「エマ、あなたねえ……」
ローズは冷たい目でエマを見ると、
「……モタモタしてるなら、置いていくわよ!」
そう言うなり、エマを置き去りにして盗賊の集団の中へと飛び込んでいく。
「ちょ、待ってよローズ!」
エマは仕方ないかと諦めて――ワンピースの裾を、膝上五センチほどの長さまで思いきり切り裂いた。
「うん、これで良いか? ……よーし、私も行くよ!」
ミニスカート姿になったエマは、ローズの後を追う。
少女が飛んでいるという異常な光景に、盗賊たちの反応は遅れるが――
空中から突進してきたローズが一瞬で十人以上を薙ぎ払う姿に、強引に現実へと引き戻される。
「おい……冗談だろ?」
飛行魔法を使っている時点で、盗賊たちはもっと警戒すべきだったが――もはや遅すぎた。
遅れて飛び込んできたエマと、反転して戻って来たローズの攻撃を受けた時点で、動ける盗賊の数は半数まで減っていた。
「
二人に注目が集まる隙を逃さずに、エストが隊商の真ん中に降り立って、神聖属性の結界を張り巡らせる――これで人質を取るという最後の手段を奪う形となった。
「ハ・ハ・ハ……もう、勝手にしてくれ!」
何が起きているのか、訳が解らない。
無精髭の盗賊は考えるのも馬鹿らしくなって、乾いた笑みを浮かべると――
「……まさか、自分だけ逃げるとか言わないわよね?」
突然聞こえたの女の声に、慌てて振り向こうとするが――首筋に突き立てられた刃に気づいて、金縛りにあったかのように動きを止める。
「なーんだ……気づいちゃったのね? 残念だわ」
アリスは冷たい笑みを浮かべて、いつの間にか混乱する盗賊たちの只中に立っていた。
※ ※ ※ ※
「とりあず……盗賊は全員拘束したが?」
エストは隊商の人々に指示を出して、盗賊たち全員をロープで拘束させた。
それだけの長さのロープをどうやって用意したかと言えば――何故かカイエが持っていたのだ。
この日の戦闘において――隊商のメンバーはおろか、盗賊たちの中にも一人の死者も出なかった。
到着した時点で、死者が出ていないことに気づいたローズとエマが、剣に防壁の魔力を敢えて纏わせることで、刃ではなく魔力で殴り、殺傷力を押さえたのだ。
こういった『殺さない戦い方』も、ローズたちは魔族との戦いの中で学んでいた。
「それにしても……この人数を街まで運ぶ訳にもいかないし、どうしようかしら?」
ローズの呟きに――アリスは無精髭の盗賊を眺めながら、残酷な笑みを浮かべる。
「だったら、殺しちゃえば? どうせ犯罪者なんだし、自業自得でしょ?」
顔を青くする盗賊を見て、カイエが苦笑する。
「まあ、そう言うなって? 王都に
カイエたちは黒鉄の馬車で一日も掛からずに辿り着いたが、普通なら二日は掛かる距離だ。
今回、カイエは何もしなかった訳ではなく――実はエストが『
しかし、それに気づいているのは、同じように機会を窺っていたアリスだけだった。
「まあ……そんなところでしょうね? みんなも文句はない?」
アリスの言葉に、ローズたちも同意する。
そんな風に五人が話していると、隊商の護衛たちがやって来る。
「この度の貴殿たちの助力……本当に心から感謝する!」
隊長らしい二十代後半の男が、前に進み出て頭を下げるが――言葉遣いが護衛らしくないことに、皆が当然気づいた。
「身分を偽っているのは訳ありだろうから、敢えて詮索はしないが……貴殿が主という訳ではないのだろう? ならば、せめて本人が礼を言うべきではないのか?」
呆れた顔で言うエストに、エマが頷く。
「まあ……そうだよね? 部下に全部任せるなんて、どうかと思うけど?」
「でも、私たちが勝手にやったことだしね……みんな、用も済んだから、そろそろ馬車に戻りましょうか?」
ローズはそう言うと、皆を促して立ち去ろうとするが――
「ま、待ってくれ! それは誤解だ!」
男は慌てた様子で叫ぶ。
「我らの主人は……そのような礼儀知らずな方では決してない! 恩人に対して自ら出向かないことが非礼だとは解っているが……これには事情があるのだ! だから、大変申し訳ないが……主人が待つ馬車まで来て貰えないだろうか!」
男の必死の懇願に――ローズは笑みを浮かべる。
「そうなんだ? 何か事情があることは解ったわ。私たちも別にお礼を言われたくて助けた訳じゃないから、そんなに気にしないで」
そんな風にローズはアッサリと許したが――男の方は事情が違った。
「ほ、本当に、どうか……どうか待ってくれないか! どうしても、主人に会って貰いたいのだ!」
それでも引き下がろうとしない男の様子に――ローズは悟る。
「……あなたたちの本当の目的は、いったい何なの?」
思惑を言い当てられて男は驚いた顔をするが――
直ぐに諦めたように片膝をついて、深々と頭を下げた。
「正直に言おう、貴女の言う通りだ。我らには貴殿たちに頼みたいことがある……次の街までで構わない。どうか、主人の護衛を引き受けて貰えないだろうか?」
真剣な顔で見つめる男に――
「あ、悪いけど? そういうの引き受けないことにしてるから!」
ローズはニッコリと笑って、今度もアッサリと断った。
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