第27話 買物の付き合い方


 それから二時間以上、女性陣の買物は続いて――彼女たちが服や靴を選ぶのに、カイエは散々付き合わされていた。


「ねえ、カイエ……この服どうかな?」


「……私に、こういう可愛いのは似合わないと思うんだが……どうだろうか?」


「へへへ……カイエ、どう?」


 三人が代わる代わるに意見を訊くと――


「ああ……凄く似合ってるよ!」


 『誰だ、こいつ?』とアリスが突っ込みそうなほど爽やかな笑顔で、カイエは毎回同じように応えた。


 これが同じ台詞でも、おざなりに応えていたら途中で呆れられてしまっただろうが――毎回しっかり服と本人を眺めてから、相手の目を見て笑顔で言うので効果は抜群だった。


「嬉しい……カイエ、ありがとう!」


「……そうかな? 少し恥ずかしいが、カイエがそう言うなら……」


「でしょ、でしょ! 私もそう思ってたんだ!」


 三人三様の反応ながら――皆嬉しそうに頬を染めるのは同じだった。


「あんたって……実は女慣れしてるわよね?」


 皆が服を選ぶために離れるタイミングを見計らって、アリスが声を掛けてくる。


 カイエとローズのことを『○女と童○の初恋』などと評していたアリスには、カイエの手慣れた対応は意外だった。


「……何か『騙された!』って感じで、腹が立つんだけど!」


 アリスに睨まれて――カイエは苦笑する。


「いや、そうじゃなくて……こう見えて俺は、結構長く生きてるからさ? 同じ轍を踏まない程度には学習したってだけだよ……」


 何処か遠くを見るような目をして――


「女が服の意見を男に訊くとき、大抵の場合はもう答えが決まってるだろ? だから服じゃなくて相手の表情で判断するのが正解だって……それを悟るまで、俺がどれだけ苦労したことか……」


「あんたねえ……やり方は正解だとは思うけど。ちょっと、いい加減過ぎない?」 


 アリスは呆れた顔をするが、


「いや、きちんと見てるし、似合うと思ってるのも嘘じゃないよ。それに『さすがにこれは……』と思うときは、やんわりとは否定するからな?」


 カイエ本人としては、精一杯の対応をしているつもりだった。

 少なくとも、今日のカイエが否定的な言葉を吐くところをアリスは見ていないが――


「……まあ、良いわ。今日のところは許してあげるわよ」


「へい、へい……そりゃ、どうも」


 そんな風に二人が肩を並べているところに、再び三人が戻ってくる。


「カイエ! この服なんだけど……」


「わ、私には、こういうのは……」


「ちょっと、ローズ、エスト! 私が先だって言ったよね!」


 こうして……さらに一時間以上、カイエは三人の服選びに付き合ったが、笑顔で応じるばかりで一言も文句は言わなかった。


 そんなカイエを横目に――アリスは少したけ感心したような顔をした。


※ ※ ※ ※


 服選びが終わる頃には、日も傾き掛けていた。

 夕暮れ時の商業区を、五人は倉庫街に向かって歩いていく。


「今回は急ぐ旅でもないし……せっかく結構な額の臨時収入が入ったのだから、馬車でも調達しないか?」


 エストの提案に皆が賛成し、彼らは現物の馬車を見るために、倉庫街の外れにある店に向かっていた。


 ちなみにエストが言う臨時収入とは――アルペリオ大迷宮の奥、神聖竜アルジャルスが居た階層の怪物モンスターを倒して得た結晶体クリスタルを換金したものだ。


 カイエの『混沌の魔力』が大半の怪物モンスターを飲み込んでしまったから、手に入れた結晶体クリスタルは多くはないが――いずれも普通の迷宮であればラスボスクラスの怪物モンスターだったから、一つ一つに高値が付いた。


 結晶体クリスタルを回収できた怪物モンスターだけでも、半数以上はカイエが一人で倒したのだが――


地下迷宮ダンジョンで手に入れたモノは全員で平等に分ける――これだけは譲れないな」


 カイエ本人がそう主張したので、三人は有難く受け取ることにした。

 とは言え――やはり気が引けるということもあって、ならば皆で使う馬車として還元しようという話になったのだ。


 馬車を扱う店は大きな倉庫一つを丸々使って、様々な種類の車体を展示していた。

 豪華な屋根付きの車体から、幌馬車や荷馬車まで――エストたちの目当ては屋根付き車体で、そんなものを購入するのは大抵は貴族か豪商だから、お値段の方も相当だ。


 それでも――結晶体クリスタルの売却代金の一人分でも、余裕でお釣りが残ることには違いないのだが。


「へえー……なかなか良さそうな感じだね? 自分が馬車に乗るなんて、今まで考えたことも無かったけど」


 最高級の車体を眺めながら、エマが何気ない感じで言う。

 聖騎士は馬車ではなく軍馬を使うし、勇者パーティーでも機動性の問題から馬車を使ったことはなかった。

 

「でも、欲を言えばさ……私はもっと速そうなのが良いかな?」


「あんたねえ……だったら一人だけ、乗用馬ライディングホースに乗れば?」


「あ、それも良いかも……でも、私だけ馬だと、みんなとお喋りできないしなあ!」


 そんな感じでアリスとエマが話している傍らで――ローズは結婚式にでも使いそうな派手な二人乗りの車体を、うっとりと眺めていた。


「素敵……」


「……いや、さすがにこれだと、みんなで乗れないだろう?」


 エストが真面目に突っ込んでいる。


「そうだよな……速さも快適さも、ここにある馬車じゃ物足りないよな?」


 一通り馬車を見て回ったカイエが戻ってきて、そんなことを言った。


「カイエ……あんたの言いたいことも解るけど、これ以上だと特注品だから、造って貰うにしても一月以上掛かるわよ?」


 そんなに待てないわよねとアリスが言うが――


「そうじゃなくてさ……この程度の馬車を買うくらいなら、俺が持ってるのを使おうと思ってさ?」


「へえ……カイエって、馬車を持ってるんだ? でも……どこに停めてあるの?」


 素朴な疑問という感じでエマが言う。


「いや、今もんだけど……まあ、実際に見せた方が早いかな?」


 何を言っているかと――イマイチ飲み込めていない感じのエマとアリスに、それも仕方がないかなとカイエは頭を掻く。


「でも、さすがにここじゃ目立ち過ぎるか……ローズ! ちょっと用事ができたからさ、おまえの家に戻っても良いか?」


「ええ、勿論構わないけど……どうしたの?」


「……うん? 馬車の方は、もう決めたのか?」


 不思議そうな顔のローズと、やはり状況が飲み込めていない感じのエスト。


「決めたというか……まあ、良いや。とにかく、見て貰えば解るからさ?」


 このとき――カイエが何をしようとしているのか、予想できた者はいなかった。


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