第28話 カイエのプレゼント


 ローズの家に戻る頃には――すっかり日が落ちていて、王都は銀色の月明かりに照らされていた。


 そろそろ夕食時だったが――今夜はローズが解放されたお祝いに皆で外食する予定で、予約した時間までは、まだ一時間ほどあった。


「私……もうお腹ペコペコだよ」


「エマ、文句を言わない! あの店は予約を取るのだって大変なんだから、少しくらい時間が遅くても仕方ないでしょう?」


 他愛もない会話をしながら、五人は中庭へ向かう。


 薔薇の生け垣がある中庭は、数百人を集めてガーデンパーティーができるくらいに広い。

 邸宅の建物に囲まれているせいで外から見えることもないから、ちょっとした秘密基地みたいな感じになっていた。


「そういえば……神聖竜様は、どうして突然帰ってしまったのかしら? きちんとお礼をしたかったのに……」


 今夜の食事会の話から、ローズは神聖竜(アルジャルス)のことを思い出して、こんな台詞を呟く。


 ローズを救うために、王都の上空で宣言した後――アルジャルスは人の姿となって、ローズが囚われていた牢獄の前まで来ていた。


 その時点でローズは、みんなと一緒にいた白い髪の女性がアルジャルスだと気づいていなかった。

 そして、再会の喜びに涙しているうちに、彼女は姿を消してしまったのだ。


 せっかく人の姿で現れてくれたのだから、できれば食事にくらい招きたかったと、ローズは思ってしまうのだが――


「あの気まぐれなアルジャルスのやることだからさ……気にすることないよ? あんまり真剣に考えると、あとで馬鹿を見るだけだからな?」


 彼女(?)の性格を良く知るカイエは、気楽な感じで言うが――ローズは、そんな風には考えられなかった。


「まあ、ローズがそんなに気にするならさ……旅に出る前に、もう一度アルぺリオ大迷宮に行って、アルジャルスに会っておくか?」


「うん、それも考えたけど……急いで帰ったってことは、何か理由があるんでしょう? そんなときに押し掛けるのも、どうかと思って……」


 恋愛さえ絡まなければ――本来のローズは、こういう気遣いができる人間なのだ。


 カイエは少し感心したような感じで、


「だったらさ、後日改めてアルジャルスを揶揄からかいに行くということで……そろそろ、ここに戻って来た目的の方に、話を戻しても良いかな?」


「うん……ああ、みんな。話を逸らしてごめんね」


「いや、神聖竜様のことは私も気になっていたからな。お礼に行くときは、私も同行させて貰おう」


 エストの言葉に、アリスとエマも頷く。


「それじゃあ……話も纏まったことだし、みんなに見て貰うとするか」


 カイエはそう言うと――中庭の開けた場所の上に、混沌の球体を出現させる。


「カイエ、あんた何を……」


「ああ、心配するなよ。物を取り出すだけだからさ?」


 球体は横に引き伸ばされるように広がると、直径十メートルほとの円形になった。


 そこから――大きな黒い影が出現して、ゆっくりと降りてくる。

 月明かりに照らされるシルエットは、馬に引かれる馬車のように見えた。


「さすがに、この暗さだと見づらいか……灯りを点けるからな?」


 カイエが発動した魔法の光によって照らし出されたモノは――確かに馬車には違いなかったが、単に『馬車』と呼ぶには、余りにも異様だった。


「何よ、これ……」


 通常の倍ほどもある車体は、黒鉄色メタルブラックの金属で造られていた。

 滑らかなカーブを描く横長の直方体のような形状フォルムをしており、所々に、嫌みのない程度の銀細工が施されている。


 そして四面にある窓の部分は――硬質ガラスで出来ていた。

 この世界でガラスは希少品であり、窓ガラスのある馬車など、ローズたちは初めて見た。


 さらには――馬車を引く四頭の馬も異様だった。


 青黒い毛並みの馬は、普通の馬よりも二回りは大きく、彫刻のような筋肉隆々の身体つきをしている。

 それ以上に人目を惹くのは――宝石を嵌め込んだような青一色の目だ。


「まるで……バハムートのようだな」


 エストは、アルペリオ大迷宮で見たバハムートの偽物フェイクを思い出していた。


「こんな感じで結構目立つから、止めておこうと思ったんだけどさ……あの店の馬車を買うくらいなら、目立つことには変わりないかなって思ってね?」


 しれっと言うカイエに、ローズが同意する。


「そうよね。私はカイエの馬車の方が良いわ」


 恋する乙女モードの彼女は、カイエが用意したものなら何でも良いのだ。


 確かに、彼らが買おうとした馬車は貴族が使うような高級品であり、それも目立つことには違いないが――


「いやいやいやいや、何言ってんのよ、あんたたち! これに比べれば、さっきの馬車の方が全然マシでしょ!」 


 すっかり突っ込み役になったアリスが捲し立てる。


「だいたい何なのよ、この異常な馬車は! 引いているのも、馬なんかじゃないわよね!」


 カイエは『何だよ、騒がしいな?』という顔で説明する。


「車体の方は一応マジックアイテムで、昔、暇なときに俺が作ったんだよ」


 『すごい、カイエが作ったの?』というローズの称賛の声は、アリスの耳を素通りする。


「馬の方は、魔法生物マジッククリーチャーだな。一応戦闘にも使えるし、目的地を教えれば勝手に進むから便利なんだよ」


 そんな会話をしている彼らの傍らで――エストとエマは興味津々という感じで馬車に近づいていた。


「へえー。魔法生物マジッククリーチャーって言うより、ゴーレムって感じかな? 大人しいというか、全然動かないね?」


 全く警戒などせずにペタペタと馬に触るエマを見て、カイエは苦笑する。


「まだ何も命令してないからな。でも、攻撃したら反撃してくるから……て、おい、試すなよ!」


 収納庫ストレージから愛用の大剣を取り出したエマを、カイエが慌てて止めた。


「シートもゆったりした感じだし……テーブルまであるのか?」


 エストの方は車体のドアを開けて、中を覗き込んでいた。


 室内は居間のような作りになっており、向かい合わせの革張りのソファーにローテーブル、ガラス窓以外の壁の部分はクローゼットになっており、コートも収納できる。


 それら家具の一つ一つは決して華美ではないが――非常に上質な物あることは一目で解った。


「……え? 何か涼しく感じるのだけど?」


 車内から流れてくる冷気に驚くエストに、


「別に驚くことでもないだろう? 車内の温度を一定に保っているだけだよ」


 カイエはさも当然という感じで言うが――


「いや、それはカイエが言うほど簡単なことではないと思うけど……」


 エストは呆れた顔をする。


 魔法で空気の温度を下げたとしても、密閉性の問題から冷えた空気はすぐに逃げてしまう。

 仮に閉じ込めることができたとしても、何かを冷やすことで空気の方は逆に温まってしまうのだ。


 だから、一定の温度を保つには常に冷却し続ける必要があり――そのために相応の魔力を常に消費する必要があった。


「一応確認するけど……カイエが魔力を供給しているのではなくて、車体の魔力だけで室温を保っているのか?」


 恐る恐るという感じでエストが訊くが、


「ああ、勿論。いちいち魔力を付与するなんて、そんな面倒なことはしないさ?」


 やはり、今回も当然という感じでカイエは応えた。


 だったら……いったい、どんな仕掛けで――エストは非常に興味を引かれたが、さらに質問をする前にエマが割り込んで来る。


「なに、なに……うわあ! 本当に涼しいね!」


 馬車の中にズカズカと入っていく。


「うーん……気持ち良い! こんなに快適なら宿を引き払って、今夜からこの馬車に泊まろうかな?」


「あのなあ……エマ? この馬車の凄さを、気持ち良いの一言で片づけないでくれるか?」


「えー! 別に凄いとかどうでも良いよ! 私はそれよりも……やっぱりお腹が空いたな」


 そんな二人を尻目に――カイエはしたり顔でアリスを見る。


「なあ、アリス? 他のみんなは、気に入ってくれたみたいだけど?」


「だからって……本当にこんなモノを使うの?」


 まだ納得いかない顔のアリスだったが――


「こんなモノとか……さっきから、アリスは何を言ってるのかなあ?」


 ローズはニッコリと笑いながら――アリスをじっと見つめていた。


「この馬車は、私の大切なカイエが作ったのよ? それを気に入らないとか……アリスが言う筈がないわよね?」


 凄みのある目でそう言われては――アリスは黙るしかなかった。

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