第2章 聖王国編
第25話 それぞれの事情
翌日、スレイン国王から正式な謝罪があり、ローズたちは王宮に招かれた。
カイエの脅しが相当効いたのか、同席したエドワード王子は怯えた様子で、一度も目を合わせようとしなかった。
「これで……全部解決ってことよね? ローズとカイエも、大腕を振って旅に出られるじゃない」
王宮から戻ると、五人は憲兵隊が立ち去ったローズの邸宅に集まって、いつものようにエストが入れてくれた紅茶とお菓子を楽しんでいた。
「そうね……これからカイエと一緒に世界中を巡る旅に出るのね……」
ローズはすっかり恋する乙女モードで、恋人と旅する光景を思い浮かべてうっとりしている。
「カイエ……今の世界にも、綺麗な場所はいっぱいあるし……美味しい食べ物だって……私がカイエを、色んな所に連れていってあげるわね!」
こんな感じの乙女モードが延々と続きそうだったので、アリスはウンザリした顔でそっぽを向く。
「ロ、ローズ……今の話なんだけどな?」
言いにくそうな感じで口を挟んだのは、エストだった。
「そのう……迷惑でなかったらって事で構わないんだが……わ、私も……一緒に付いて行くのは……駄目かな?」
エストの発言に、ローズはキョトンとした顔をする。
「へ、変な意味で言ってる訳じゃないんだ! ただ……カ、カイエは私から見ても凄い魔術師だから……そう! 一緒に居て勉強させて貰いたいんだよ!」
こんな自分でもシドロモドロで言い訳じみていると感じる説明に、ローズが納得するとはとても思えなかった。
だから、口に出してしまったことを後悔して、エストは居たたまれずに肩を落としていたのだが――
「ありがとう、エスト!」
ローズは満面の笑みを浮かべて、エストの手を両手で包み込む。
「エストも一緒に来てくれるなんて……私、凄く嬉しいわ!」
余りにも意外な反応に、エストは戸惑っていた。
「ほ、ふと本当に良いのか? 私が一緒に行ったら……迷惑だろう?」
「何を言ってるのよ、エスト! あなたが一緒に来てくれるかことが、迷惑な筈ないじゃない!」
「だけど……私が居たら、その……二人の邪魔に……」
「何で、そんなことを言うのよ! 私もカイエもエストを邪魔だなんて思う筈がないじゃない? ねえ……そうよね、カイエ?」
話を振られて――エストが何を言いたいのか解っているカイエは、気さくな感じで笑う。
「ローズがこう言ってるんだし、良いんじゃないのか? 俺もエストと話をするのは楽しいし」
そんな風に言われて――エストは思わず頬を赤く染める。
「ありがとう……ローズ、カイエ……私も一緒に行かせて貰うよ」
このときになって――ローズの乙女センサーが、エストのカイエに対する態度に反応する。
「でも……エスト、
ローズに睨まれて、エストは彼女の意図を瞬時に理解する。
「も、勿論だよ、ローズ! 私はただ、一緒に付いて行くだけだから!」
慌てて取り繕うエストに、ローズはジト目を向ける。
「そう……だったら良いのよ。エストと一緒に旅ができることは、私も楽しみだから!」
機嫌を直したローズに、エストは安堵の息を吐くが――
(エスト、あんたねえ……)
アリスは声を落として、耳元に囁く。
(こういうは私が口を出す話じゃないけど……自分から修羅場を作るような真似は、止めておきなさいよ?)
(も、勿論だよ! 私に、そんなつもりはない!)
(当たり前じゃない! あんたにその気がないのは解ってるけど、それでも修羅場になることは十分あり得るから……気を付けなさいってことよ!)
「さっきから、二人で何をコソコソ話をしてるのかな?」
ローズは二人を眺めながら、ニッコリと笑みを浮かべるが――目が笑っていなかった。
「何でもないわよ……ローズ、
そう言うなり、アリスはいきなりローズに抱き付いた。
「ちょ……待ってよ、アリス!」
「駄目よ、ま・た・な・い!」
キャッキャと二人で叫びながらローズと戯れるアリスを――
(……この裏切り者!)
少しやさぐれた感じでエストが眺めていた。
それでも、何とか話が片付いたと思われた矢先――
「でもさあ……エストだけ一緒に行くなんてズルくない? 私だって一緒に行きたいのに!」
エマが頬を膨らませて文句を言うと、
「……え? だったら、エマも一緒に来れば良いじゃない?」
アリスに押し倒される格好になっていたローズが、顔を上げて不思議そうな顔をする。
「えええ! 本当に良いの?」
「当たり前じゃない! エストが良くてエマがダメな筈ないでしょ?」
「やったー! 私も絶対に一緒にいくね!」
まるで子供のようにエマは喜ぶが――すかさずアリスが突っ込みを入れる。
「でも、エマ? 聖騎士団の仕事の方は良いの? 魔王との戦いが終わったら故郷に戻って、ご両親の騎士団に入るって言ってなかった?」
エマの家は聖騎士一家で、母が団長を勤める騎士団の副団長が父で、二人の兄も聖騎士で、今は別の騎士団で修行中というところだった。
「うん。その話なら、別に約束した訳じゃないし。うちのパパもママも私には甘いから、修行のために旅に出るって言えば問題ないよ」
実家でも末っ子ポジションのエマだったが、勇者パーティーのように怖い姉がいる訳でもなく、兄たちも年が離れていたから――家族の間では完全に甘やかされているのだ。
「ああ、そうだったわね……騎士団長としては厳しい人なのに、それ以外のときは……」
アリスはエマの両親のことを知っている。騎士団の代表としての彼らは、非常に厳格な人物だった。
エマが幼い頃も――修行のために自分の騎士団の従者となったたエマを、彼女の両親は一切の甘さなどなく徹底的に鍛え上げたらしい。
そんな彼らが、エマが勇者パーティーに加わるために騎士団を離れた途端――
「エマ、何かあったら、必ずパパに手紙を書くんだよ!」
「そうよ! エマは一番小さいんだから、絶対に無理はしないでね!」
アリスが初めて会ったとき、こんな感じだったから。単なる親馬鹿だと思っていたのだが――
後日他の人から聞いた話を総合して考えると――どうも、そうでないらしいと気づいた。
さらには、とある作戦のためにエマが一時的に両親の騎士団に加わった際に――それはもう厳しく叱責されるエマの姿をアリスは実際に見ていた。
(エマ自身にとっては、両親の騎士団に入った方が正解だと思うけど……でも、これも本人の問題だしね?)
何だかんだと言っても――勇者パーティーの『長女』アリスは、三人の妹の事を常に考えている。
「まあ良いわよ、エマ。あんたのやりたいようにしなさい」
カイエと一緒に旅することで、エマも色々と学ぶことがあるだろう――そんな母親目線でアリスは許可を出したのだ。
「うん。それじゃあ、私は付いて行くけど……当然アリスも行くよね?」
ニッコリ笑って言うエマに、
「はあ? 何で私まで行くことになるのよ? そんなつもり――」
そこまで言ってから――アリスはふと、ローズとエストのことを考える。
色恋に関しては不器用というか、これまで経験値ゼロだった二人に任せたら――最悪の結果になるかも知れない。
「――ああ、仕方ないわね! 良いわ、私も付き合ってあげるわよ!」
自分の本意でないと言いながら――何故かアリスも少し楽しそうだった。
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