第21話 金属と光の竜


 金属の鱗を持つ巨大な竜は――広大な空間の中央で身を起こすと、金属板を繋ぎ合わせたような鋭い翼を広げて宙に舞い上がった。


「こいつは、バハムートだ――当然、偽物フェイクだけど。造形的にはこれまで出てきた怪物モンスターの中で群を抜いて出来が悪いが、能力の方は半端ないから気を付けろよ? 特に竜の息ドラゴンブレスは……相当えげつないから」


「……それは良いけど、ちょっと不味くない?」


 カイエが解説しているうちに、竜は耳障りな金切声を上げて巨大な口を開いた。

 そして周囲の空間からマナを吸い込むと――いきなりブレスを放った。


 電流を帯びた渦巻く青い光の束が、空気を焼き焦がしながら一瞬で四人に迫る。

 エストは聖域サンクチュアリを発動しようとするが間に合わず、一瞬死を覚悟するが――


「おい、そんなに慌てるなよ」


 カイエが放った黒い球体が、彼らの前に立ち塞がってブレスを防いでいた。

 竜が放つ膨大な力を球体は飲み込みながら、竜の方へと進んで行く。


「少しは遊んでやろうと思ってたんだけど……仕方ないか?」


 内側で闇が蠢く黒い球体は、竜の眼前に迫ると膨張して、巨体を包み込んだ。

 そして球体が収縮して消えたとき――竜の姿も消失していた。


 あまりにも急激な展開の連続に――カイエ以外の三人は唖然としている。


「……あんたねえ? ホント何なのよ、その黒いのは?」


 カイエに言われるまでもなく、バハムートのブレスが途轍もなく危険なものであったことは、勇者パーティーの三人にも解っていた。


 魔王が用いる暗黒の超位魔法にも匹敵する魔力――魔族の軍勢と数々の激戦を繰り広げて彼女たちを以てしても、とても耐えられるような代物ではなかったのだ。


 それをいとも容易く防いで――さらには巨大な竜まで一飲みにした球体の力に、アリスはもう、呆れるしかないという感じだった。


「まあ、そんなに気にするなよ。俺の『混沌の魔力』を具現化しただけだから」


 カイエが特定の魔力属性を司る存在――所謂『魔神』であることは、以前にアリスたちにも話していた。


 カイエが司る属性は『混沌』――


 『混沌』は『法則』と真逆の存在であり、あらゆる法則ルールを捻じ曲げてしまう。

 さらには、世界は『混沌』から生まれたと言われており、その力に飲み込まれたものは原始の『混沌』へと帰るのだ。


「理屈では理解できるが……実際に自分の目で見ても、とても人が操れる力とは思えないな」


 エストは驚愕の表情のまま、バハムートが消えた場所を今も見つめていた。

 史上最強の魔術師と呼ばれるエストでも、カイエが操る力の異常さには戦慄を覚えてしまう。


「……何だよ。俺のことが怖くなったのか?」


 揶揄からかうようにカイエが言うと――


「ふざけないでくれ!」


 エストは即座に言い放って、怒った顔でカイエを見つめる。


「そんなこと……絶対にある筈がない! 私は……カイエのことを……」


 微かに滲む涙――エストは想いの丈をぶつけるように必死で言葉を紡ぎ出す。


「ああ、信じてくれてるのは解ってるよ。エスト、悪かったな……」


 優しい笑みを浮かべるカイエに……エストは溢れ出す温かいモノを感じながら、思わず胸の中に飛び込みそうになるが――


「あんたたち……色々と状況的に間違ってるってこと、解ってる?」


 ジト目で見ているアリスに気づいて、エストは顔を真っ赤にすると、飛び跳ねるようにしてカイエから離れる。


「……ち、違うんだ……私は、ただカイエに……」


「エスト、そういう面倒臭いことはどうでも良いから」


 そう言いながらもアリスは少し怒った感じで、カイエの方を見る。


「あんたも、さっさとやることをやって、早くローズを助け出しなさいよ!」


 自分の隣にいるエマが、カイエに憧れの眼差しを向けてこともアリスは気づいていたが、これ以上面倒なことは御免だと完全に無視スルーする。


「ああ、アリスの言う通りだな。サクッと終わらせて、ローズを助けに行くか」


 カイエはそう言うと、部屋の中央に向かって歩き出す。


「……ほら、門番は倒したんだからさ? そろそろ、おまえも姿を現わせよ?」


 このとき――カイエの前方に、巨大な光の球体が出現した。


 まるでカイエの黒い球体と対をなすような光は――一瞬で形を変えて竜の姿になる。


 大きさは、先ほどのバハムートと比べれば半分にも満たないが――純白の全身から眩いばかりの光を放つ姿は、バハムートすら唯の玩具に見えるほど、圧倒的な存在感を放っていた。


 それが何者なのか――エストたち三人は直観的に理解する。


「神聖竜アルジャルス……」


 神聖竜とは――光の神の化身とされる存在だった。

 この世界に神が本来の姿で降臨したとされる伝説はないが――神の化身が現れたという話は数多に存在する。


 勇者の力も神聖竜が授けたものであり、ローズが誕生したときも、神聖竜が放つ光の玉が王都の上空に煌めいたと記録されている。


「神聖竜様……」


 聖騎士であるエマは自らの直観に素直に従って、片膝をついて頭を下げる。


「冗談でしょ……」


 アリスは神聖竜の存在に理性では疑念を抱いていたが――本能的な部分が神聖な力を否が応でも感じ取っており、否定することはできなかった。


 そんな三人を尻目に――カイエは神聖竜の前に立つと、敬虔さを微塵も感じさせない揶揄からかうような浮かべる。


「よう、アルジャルス。久しぶりだな?」


 その言葉に、神聖竜は『人間ごときがに何を言うのか』と不快な表情を浮かべるが――すぐに目を見開いて、まじまじとカイエを見る。


「おまえは……カイエ・ラクシエルではないか? なんだ、生きておったのか!」


 広大な空間に響き渡る神聖竜の親し気な声に――


「「「……えええ!」」」


 エストとアリスとエマは、声を揃えて叫んだ。


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