第12話 探索って言うかデート?


 ローズたちも勇者パーティー発足当初は――鍛錬のために地下迷宮ダンジョンに挑んでいた。


 しかし、魔族との戦いが本格化する頃には、みんな相応に強くなっていたから、敢えて地下迷宮ダンジョンを攻略する理由もなくなって、自然と足が遠退くこととなった。


 だから、魔王すら容易く仕留める最強パーティーが存在するというのに、いまだ制覇されていない難関級地下迷宮ハイクラスダンジョンが多数あるという現在の状況が生まれたのだ。


 しかし、それはまた別の話で――今日カイエとローズが潜っているのは、どこにでも在るありふれた地下迷宮ダンジョンだった――。


「……カイエ、後ろの敵は任せて!」


 転移地点テレポートポイントの仕組みを使って二人が最下層まで移動すると――いきなり周囲からクリスタルガーゴイルの群れが襲い掛かって来た。


 ローズは『神剣』アルブレナを抜き放つと、まるで瞬間移動するように距離を詰めて、敵を次々と切り裂いていく。


 勇者ローズの戦いに『手加減』という言葉はなかった。

 だから、たとえ相手がクリスタルガーゴイルという中級クラスの怪物モンスターでも、魔王すら殺すことができる神剣を躊躇なく使うのだ。


「……だったら、俺も真面目にやるかな?」


 カイエはそう呟くと――空中に渦巻く球体を出現させると、そこに手を突っ込んで二振りの黒い長剣を取り出した。


 カイエが剣を一閃すると――無数の黒い斬撃が飛び、前方にいた六体のクリスタルガーゴイルを一瞬で消滅させる。


「あれ? カイエも剣を使うのね?」


 後方の敵を全滅させて戻って来たローズが意外そうに言う。

 魔神と戦ったときは魔法のようなものを使っていたから、てっきりそれがカイエの戦闘スタイルだと思っていたのだ。


「ああ、こういう戦い方やりかたも嫌いじゃないよ。なんか戦闘してるって感じがするからな」


「エヘヘ……そうなんだ……」


 カイエが自分と同じ長剣使いだと知って、ローズは嬉しかった。

 ニンマリと笑って、カイエの顔を下から覗き込む。


「それじゃあ、結晶体クリスタルを回収して先に進みましょうか?」


 地下迷宮の怪物の大半は迷宮自体が生み出した存在であり、倒すと消滅して結晶体を残す。

 結晶体は魔力の塊のようなものであり、持ち帰れば冒険者ギルドが相応の値段で買い取ってくれる。


「この地下迷宮は広いことだけが特徴だから。怪物は物足りない相手ばかりだけど、それなりに出現するから、旅に必要なお金くらいすぐに稼げると思うわ」


「なるほどね……回収したモノは後で等分に分けるからさ、とりあえず俺が持っておくよ」


 そう言うとカイエは全ての結晶体を魔力で引き寄せて、虚空に吸い込んだ。


「それって、収納庫ストレージよね?」


 収納庫ストレージとは、重量や大きさの制限を軽減して物を収納できる便利な能力のことだ。


「そうだよ。無制限に何でも収納できるから、荷物持ちは任せてくれ」


 如何にも当たり前のようにカイエは応えるが――そもそも収納庫の能力を持つ者自体が希少であり、勇者であるローズは使えるが、収納できる量と重さに制限があった。


「無制限かあ……まあ、カイエなら当然よね?」


 普通なら驚愕するところだが、ローズは平然としていた。

 カイエが魔神を仕留めたところを見ているから、今さらな感じがするし――恋する乙女のローズにとっては、能力のことなど些細な問題だった。


※ ※ ※ ※


 それから二人は地下迷宮の最下層を歩き回って――遭遇する怪物たちを文字通り瞬殺していった。


 ゴーレムにエレメンタルにキメラ……出現する怪物たちは所謂いわゆる魔法生物と呼ばれるものがほとんどで、ローズが言ったようにレベル的にも、二人にとっては物足りない相手ばかりだった。


 それでも――カイエと肩を並べて戦えるだけでローズは嬉しくて、その動きはいつにも増してキレキレだった。


 ちなみに途中で見つけた宝箱は――カイエが罠ごと分解してしまうために、何の苦労もなく中身を回収することができた。


 そんな感じで、迷宮探索自体には何の問題もなかったが――


「あのう……勇者ローゼリッタ様ですよね?」


 この地下迷宮は聖王国が管理しており、許可さえとれば誰でも入ることができる。

 冒険者ギルドも率先して冒険者たちに斡旋しており――最下層にも、当然ながら他の冒険者たちが挑んでいた。


「いやあ、噂で聞いていた以上にお美しい! お会いできて光栄です!」


 勇者ローズの素顔を知ってる者は多くはないが――彼女の赤い髪と白銀の鎧のことは広く知れ渡っていた。


 神剣のことと一緒で、戦いにおいて手を抜くことを知らないローズは今もフル装備だったから、その戦いぶりと相まって、勇者だとバレることは必然だった。


「あ、ありがとう……それじゃ、私たちは急ぐから……」


「そんな、待ってください! もう少しだけ……そうだ俺たちと握手をしてくれますか!」


 冒険者という堅気カタギとは程遠い人種の中には、遠慮とか気遣いという言葉を知らないものも多い。


 勇者パーティーとして地下迷宮に潜っていた頃は、まだそれほど有名ではなかったから、こんな経験はなく――ローズは冒険者の図々しさというものを甘く見ていたのだ。


 グイグイ迫って来る彼らに――それでも勇者としての役割に慣れたローズは外向きの笑顔を浮かべて、何とか我慢してやり過ごした。


 それでも――結局、事件は起きてしまったのだ。


 ローズはカイエと二人で昼食を取ろうと、わざわざ誰も居ない安全地帯を選んで休んでいた。

 そこに――冒険者たちが大挙してやッてきたのだ。


「おい、あそこに居るぞ! 赤い髪に白銀鎧……間違いない、ローゼリッタ様だ!」


 ローズの目撃情報は迷宮の冒険者たちに瞬く間に広まって――好奇心旺盛な者たちは迷宮探索など二の次にして、ローズの探索に乗り出していたのだ。


「ローゼリッタ様! 俺はファンです!」


「うわあ、現物は滅茶苦茶可愛いじゃねえか!」


「すげえ……まさか本物に会えるなんて!」


 遠慮の欠片もなく、言葉遣いも雑な冒険者たちに囲まれて……いや、それ以上に、カイエと二人きりの幸せな時間を邪魔されて――


「あなたたち……いい加減にしなさいよ……」


 俯き加減のローズは、いつもよりも低いトーンで呟くように言った。


 声そのものは決して大きくはなかったが――彼女が放つ暗黒のオーラによって冒険者たちに伝わり、喧噪を一瞬で掻き消してしまう。


「……勇者ローゼリッタ様? ファーストネームなまえで呼んで良いなんて、誰が言ったの?」


 ローズはゆっくりと顔を上げると――殺意が込もった眼差しを向ける。

 勇者の本気の怒りをぶつけられて、冒険者たちは震え上がった。


「まあまあ……ローズ? そのくらいにしておけよ?」


 カイエが苦笑しながら声を掛けるが――


「駄目よ! カイエに言われたからって、私の気持ちは……」


 その台詞を、ローズは最後まで言うことができなかった――カイエが唇を塞いだからだ。


「……!」


 戸惑うローズを、そのままカイエは一分以上抱きしめていた。

 その熱い唇を感じて、ローズの心が溶けていく――


 カイエが唇を放すと――ローズは拗ねた顔で彼を見つめる。


「カイエ……狡いわよ……」


「悪いな、ローズ……でも、おまえに後悔させたくなかったからさ。勇者ローズは大切な人を守るためだけに戦うんだろう?」


「カイエ……うん、そうだね……」


 互いを見つめ合う二人を前に――完全に放置された冒険者たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。


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