第13話 王都の事件


 地下迷宮ダンジョンからの帰り道を――ローズはカイエにベッタリと寄り添うようにして幸せそうに歩いていた。


「エヘヘ……カイエったら、さっきは……」


 熱烈なラブシーンを思い出して、ローズはニヤけるが――

 自分の方からキスしてしまったのだから、カイエには黙って従う以外の選択肢はなかった。


 そんな感じだったから、帰りの行程には行きの倍の時間が掛かった。

 だから、二人が王都に辿り着く頃には、すっかり日も傾いていた――


 夕暮れの王都の街並みを、カイエとローズが歩く。

 さすがに外では目立ち過ぎると、ローズは鎧の上から外套を纏っている。

 ちなみにカイエはというと――行きも帰りも地下迷宮ダンジョンの中ても、少なくとも見た目は普段着のままだ。


 地下迷宮ダンジョンで使っていた二本の長剣だけは、今でもベルトに差しているから一応はそれらしく見えるが――剣すらなかったら、本当に街中にいる普通の少年にしか見えなかった。


 そんな二人が向かったのは――冒険者ギルドだった。


 昨夜エストから話を聞いたこともあって、カイエは地下迷宮ダンジョンへ向かう前に、冒険者ギルドに登録だけは済ませておいたのだ。


 ローズの勇者特権で、冒険者ギルドのサービスを受けることができるから、カイエもそこまで急いで加入する必要はなかったのだが――


(持ち帰った品をローズに売却して貰うってのも、何だかなあって感じだしな……)


 これがカイエが加入を急いだ理由だった。


 三階建ての冒険者ギルドの建物に、正面の入口から入ると――丸テーブルが幾つも並べられた広いホールには、冒険者たちが溢れていた。


 その中には――今日地下迷宮ダンジョンで見掛けた顔も少なくなく、二人の熱烈なラブシーンを目撃した者も複数含まれていた。


(……いや、別に良いんだけどさ?)


 ローズにしたところで、彼らの顔くらい覚えていそうなものだが――


「カイエ。夕御飯をゆっくり食べたいから、さっさとお金に替えちゃいましょう!」


 一切気にする様子もなく、カイエの手を引いてツカツカと受付へと歩いていく。

 こういうローズの他の一切を気にしないところが――カイエは少しだけ羨ましいと思った。


「いらっしゃいませ……」


 勇者ローズの名を出せばどういうことになるか――ギルドの職員たちは良く解っているから、公の場で彼女の名前を決して呼ぶことはない。


 しかし――このときローズの顔を見た女性職員が、どこか後ろめたい感じの表情をしたことをカイエは見逃さなかった。


「ローズ、注意しろ……」


 カイエが小声で囁いた直後に、事態は動いた。

 ギルドの正門が荒々しく開かれて――王都の憲兵たちがズカズカと踏み込んでくる。


「お、おい……何の騒ぎだよ」


 事態を知らない冒険者たちが慌てるが――完全武装の憲兵たちはそれを完全に無視して、カイエとローズが居るカウンター前を取り囲んだ。


「カイエ・ラクシエルだな? おまえには複数の容疑が掛けられている。武装解除して、大人しく投降しろ!」


 憲兵の無機質な声に――先に反応したのはローズだった。


「馬鹿なことを言わないで! カイエが何をしたって言うのよ!」


「これはこれは、勇者ローゼリッタ様。お騒がせして申し訳ありませんが、この男が容疑を掛けられていることは事実です」


 外套で白銀の鎧を隠したままのローズを――憲兵は勇者だと言った。


「……たまたま私のことを知っていた、という訳じゃないわよね?」


 ローズもさすがに、その意味が解っていた。

 カイエを背中に庇うようにして、憲兵の前に立つ。


「その件は……私が教えたと言えば、ローズ嬢も納得して貰えるかな?」


 一番最後にホールに入って来た男に対して、憲兵たちは一斉に敬礼する。


 髪の毛を肩まで伸ばした二十代後半の男――如何にも高そうな服の襟元には、王家の紋章が入ったラペルピンが煌めいている。


「エドワード・スレイン殿下。わざわざ御足労頂きまして、感謝致します!」


 憲兵の隊長らしい男が、長髪の男――エドワード第三王子に駆け寄る。

 

 エドワードはそれを手で遮ると、顎で憲兵に退くように指示して、自らローズの前に立った。


「エドワード王子……」


「やあ、こんなところで君に会えて、私も嬉しいよ……」


 白々しい台詞に、ローズの瞳に冷徹な光が宿る――その眼光にエドワードは一瞬たじろぐが、さり気なさを装って目を逸らすと、言葉を続けた。


「その男については……私も迷惑しているのだよ。貴族たちから、幾つもの告発状が私のところに届いていてね?」


「……何を言っているの? 貴族がカイエを告発する理由なんてないわよ!」


「いや、侮辱罪に、傷害罪に、窃盗罪……告発状には、それらに該当する内容が詳細に書かれていたよ。彼らは間違いなく、この男がやったと申し出ている」


「カイエは私とずっと一緒にいたのよ! そんなことができる筈が……」


 ローズがそう言うことくらい、エドワードも予測していた。


「君がこの男に初めて会ったのは魔王討伐の後――今から一月と前ではないだろう? 告発状に書かれているのは、それ以前の話だ」


 魔王を討伐する戦いには、聖王国軍の選抜部隊も同行している。

 その時点でローズの周りに男の影がなかったことは、彼らによって確認済みだった。


「そんな筈がないわ! だってカイエは――」


 魔神が復活するまで、アウグスビーナの遺跡で眠っていたのだから――ローズはそう言いたかったが、口にすることはできなかった。


 そんなことを言っても誰も信じないだろうし、もし信じる者が居たとしても――その相手はカイエの敵になる可能性が高いのだ。


「私は……カイエのことを信じる。この人は絶対に、そんなことはしないわ!」


 ローズの毅然とした言葉に、エドワードは一瞬顔を歪めると――


「私も……その男の容疑が間違いである可能性は否定はしない。しかし、貴族たちから告発状が出ている以上は、容疑が晴れるまで拘束する必要がある」


 狡猾そうな笑みを浮かべて、カイエの方を見た。


「告発状の数は……十では済まない筈だ。これから、さらに増える可能性もある……そうだな? 審議には相応の時間が掛かるから、仮に全ての容疑が晴れるとしても、少なくとも数年は拘束することになるな!」


 勝ち誇るようなエドワードの笑みに――


「……ローズ、止せ!」


 カイエは叫ぶと同時に動いて、二人の間に割って入るが――

 それよりも早く、ローズはエドワードを殴っていた。


 半ば無意識に手加減をしていたが――勇者の拳はエドワードを身体ごと吹き飛ばすと、後ろにいた憲兵まで巻き込んで床に叩きつける。


「……殿下!」


 憲兵たちが慌てて駆け寄って、エドワードを抱き上げるが――エドワードの顔は血だらけで、歯も何本か折れていた。


「……カイエ、放して! 私は……エドワードだけは……」


 カイエに抑え付けられても、ローズは激しく抵抗していた。

 激情に駆られた褐色の瞳は、今もエドワードを睨んでいる。


「……き、貴様!」


 エドワードは憲兵に肩を借りながら、痛みに顔を顰めてローズを睨むが――彼女の怒りに圧倒されて、再び目を逸らす。


「……勇者ローズを逮捕しろ! 王家の者を傷つけた罪は、たとえ勇者と言えども万死に値する!」


「なあ、ローズ……もう仕方ないか? できれば穏便に済ませようと思ったけど――」


 このときカイエの漆黒の瞳は――怒るでも呆れるでもなく、ただ優しげにローズを見つめていた。


「カイエ……」


「ローズは……俺のために怒ってくれたんだろ? だから、俺もおまえのためなら何でもしてやるよ」


 覚悟を決めたようにカイエが告げたとき――


「……待つんだ、カイエ!」


 突然ギルドの入り口に現れたのは、エストだった。

 彼女は必死の思いを込めて叫んぶ。


「……まだ間に合う! だから、今は――」


 エストが何を伝えようとしているのか――カイエには解った。

 だから、ローズの耳元に唇を寄せて小声で囁く。


「ローズ、俺が絶対に助け出してやるから……」


「……うん。わかった……」


 ニッコリと微笑むローズの目の前で――カイエの姿が消失した。


「転移魔法……なのか?」


 エドワードは呆然と呟くが――怒りの方が直ぐに勝った。


「憲兵隊……あの男は勇者の共犯者だ! 王都の全域に指令を出して最優先で捜索しろ! 魔術士協会にも協力させて、必ず捕らえるのだ!」


 そんなエドワードの怒気に満ちた声も――ローズには、もはや聞こえていなかった。


『俺が絶対に助け出してやるから……』


 カイエの言葉を、ローズは一切疑うことなく信じていたのだ。


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