第11話 地下迷宮とは


 暗黒乙女モードのローズを宥めるために――カイエとエストの二人は散々苦労する羽目になった。


 ようやくローズが機嫌を直すと、エストはキッチンで三人分の紅茶を入れて戻ってくる。


「そうか、明日は二人で地下迷宮ダンジョンに行くのか……」


 食後の紅茶を飲みながら他愛もない話をしているうちに、カイエとローズが地下迷宮ダンジョンに行く話題になった。


 エストも最近は王都に籠っていたから、正直に言えば同行したいと少し思っていたが……これ以上話をややこしくならないように黙っておくことにした。


「だったら折角せっかくだから、ギルドが攻略報酬を設定したまま放置されている最難関級トップクラス地下迷宮ダンジョンに挑んだらどうだ? 如何に難関だと言っても、カイエなら余裕でクリアできるんじゃないか?」


 この世界にも冒険者ギルドがある。依頼者から受けた仕事クエストを、加盟する冒険者に斡旋するのが主な役割だ。


 その収入源は、仕事クエストの報酬に一定割合で設定する手数料と、冒険者が地下迷宮ダンジョンなどから持ち帰ったモノや素材を買取って、市場に卸すことで得る売却益だった。


 冒険者には持ち帰ったものをギルドに売る義務はないが、専門家であるギルド職員への信頼と、一括で買い取ってくれる利便性から、全てギルドに売却する者が多い。


 そんな冒険者ギルドにとって難関級地下迷宮ハイクラスダンジョンとは――

 地下迷宮ダンジョンは攻略が難関であるほど希少な品が手に入るという傾向と、それを制覇した冒険者の評判によって仕事の依頼料が跳ね上がるという二つのメリットがあるため、言うなれば『非常に美味しい』存在なのだ。


 だからギルドは自ら報酬を出してまで、難関級地下迷宮ハイクラスダンジョンへと冒険者を誘うのだが――そう思い通りに行く筈もなく、難関過ぎで命を落とす者が続出したことで、誰も寄り付かなくなった地下迷宮ダンジョンも少なくなかった。


「なるほどね……でも、そんなレベルの地下迷宮ダンジョンが近くにあるのか? 今回は旅に出るために金を稼ぐことが目的だからな」


 ローズが『退屈な場所』と言うくらいだから、明日潜る予定の王都に近い地下迷宮ダンジョンはたいしたレベルではないだろう。


「確かに王都の近くには存在しないが……多少時間を掛けてでも、カイエとローズにとっては行く価値がはあると思う」


 エストの意外な言葉に、ローズが首をかしげる。


「私たち二人に価値があるって……どういうこと?」


「単純な理由だよ。最難関級トップクラス地下迷宮ダンジョンを攻略してカイエが白金等級プラチナレベルの冒険者にでもなれば――ローズを聖王国に留めるためにカイエを捕えようする者もいなくなるだろう?」


 白金等級プラチナレベルとは冒険者ギルドにおける最上位の称号であり、最強の冒険者である証だ。


 最難関級トップクラス地下迷宮ダンジョンを攻略すれば、ギルドは宣伝の意味を込めて、喜んでカイエにその称号を与えるだろう。


「まあ……悪くない提案だな」


 勿論、カイエは冒険者の称号になど興味はないし、降り掛かる火の粉など払えば良いだろうと考えていたが――聖王国の人間であるローズのことを考えれば、たとえ『白金等級プラチナレベル冒険者』などという借り物の称号を使ってでも、相手の方に手を引かせて穏便に済ませた方が良いに決まっている。


「だけどさ……まずは遠出をするためにも金を稼ぐ必要があるから。明日は予定通りに、近くの地下迷宮ダンジョンに潜ることにするよ」


「まあ、そうだな……お金を稼ぐことが目的なんだし、カイエがそこに拘る理由も理解しているつもりだ。……差し出がましいことを言って済まなかったな」


「いや、エスト。こっちこそ色々と考えて貰ったのに、勝手を言って悪いと思ってるよ」


 まるで気心の知れた親友同士のように、互いを気遣う気持ちが伝わってくるようなやり取りだったが――二人を傍らで見つめるローズの心は、決して穏やかではなかった。


「ねえ、二人とも……いつから、そんなに仲良しさんになったのかしら?」


 ニッコリと微笑みながら、メラメラと黒い炎を宿すローズに――その晩、カイエとエストは自分たちの失敗を心底後悔する羽目になった。


※ ※ ※ ※


地下迷宮ダンジョンに行くなんて本当に久しぶりだわ……」


 王都から僅か十キロほどの距離にある地下迷宮ダンジョンに向かいながら――ローズは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、カイエの隣を歩いていた。


 カイエにとっては悲惨な記憶になった昨夜の出来事も――すっかり無かったことにされてしまっている。


「……まあ、良いけどさ?」


 暫くの間、カイエは不機嫌な顔で黙って歩いていたが――ローズの心底嬉しそうな様子を眺めているうちに、いつの間にか自分も笑みを浮かべていることに気づく。


 アルベリア地下迷宮ダンジョン――その名は最初にこの迷宮を制覇した冒険者の名に因んでいると言われている。


 地上部分の石造りの建物は、地下迷宮ダンジョンを管理する聖王国が後付けで造ったものであり、迷宮内の怪物モンスターが地上に出てこないように神聖魔法による封印が施されていた。


(……この国の連中は、意味のないものを作るんだな?)


 ローズと一緒に地下への階段を歩きながら、カイエは皮肉な感想を懐いていた。


「ずいぶん昔だけど、私はこの地下迷宮ダンジョンを攻略済みだから。最下層まで転移地点テレポートポイントが使えるけど……お金が目的だから、いきなり最下層で問題ないわよね?」


 地下迷宮ダンジョンとは――魔法によって生み出された巨大なマジックアイテムのような存在であり、地上ではあり得ない仕掛けが色々と施されている。


 リポップする怪物モンスターや自動補充される宝箱……転移地点の仕掛けもその一つだった。


 地下迷宮ダンジョンを誰が作ったのか、何故存在するのか、どのような仕組みで動いているのか――少なくとも時代の人間は、誰一人として知らなかった。


「ああ、その方が手っ取り早くて良いな。ローズ、転移地点テレポートポイントまで案内してくれよ」


 勝手知ったる感じでカイエはそう言うと――ローズの後に続いて最初の階層を進んでいった。


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