第10話 聖王国


 結局、今回傭兵を雇ってカイエを襲わせたのは、ボルガー男爵という勇者ローズの熱狂的な支持者という事だったが――


「まあ……蜥蜴とかげの尻尾切りだろうね。本命は……スレイン国王か、エドワード王子いうところかな?」


 その日の夕方、ローズの家で事件の事を聞いたエストが感想を漏らす。


「私もそう思うから……手を打ったわよ」


 ローズは――この頃時折見せるようになった、ダークな笑みを浮かべる。


「国王陛下には……今後同じような事が起きたら、全部陛下のせいだと思うからって言っておいたわ」


 ローズに冷徹な視線を向けられて、愕然とするスレイン国王の姿を――カイエも目撃していた。ローズが強引に、カイエが同席する事を国王に認めさせたからだ。


(何だかな……自業自得とは言っても、国王も哀れだよな)


 臣下たちの手前、国王は何とか体裁を保っていたが――内心ではローズの怒りに震え上がっている事が、カイエには解っていた。


「ところで……どうして、エストが当たり前のように、うちで夕食を食べているのよ?」


 本来であれば、カイエと二人きりの甘いディナータイムを邪魔されて――ローズはおかんむりで、ダークな理由の半分はそのせいだった。


「あ、いや。私は……」


「悪いな、ローズ……聖王国について色々聞きたくて、俺が呼んだんだよ」


 カイエのフォローが少し気に入らなかったが……それなら仕方ないかと、ローズは一応納得する。


「でも、カイエ……聖王国のことくらい、私が教えてあげるのに……」


 ローズは拗ねたように言うが――カイエがエストを頼ったのも、無理のない話だった。


 只今初恋真っ最中のローズは……何を訊いたとしても、すぐに話が方向に逸れまくるのだ。


「いや……エストには魔術の専門家としての意見も聞きたかったし。それにローズは俺とずっと一緒にいるから……最近の話は知らないだろう?」


 カイエは色々と理屈をつけて、ローズをなだめる。


 そんな二人のやり取りに――エストは肩をすくめてから話を始めた。


「カイエ、説明するのは構わないが……何故、今さら聖王国の事を知ろうと思ったんだ? どうせ、すぐに出立するのだし、これから行く国々について説明をした方が良いんじゃないか?」


 遺跡で眠っていたカイエは――この時代に関する知識をほとんど持っていない。

 だから、旅先でトラブルに巻き込まれないように、最低限の知識を得る方が優先だとエストは思っていた。


「ああ、勿論。そっちの話も訊きたいけど……聖王国の方が優先だな。ローズが国王と話を付けたと言ってもさ、それで全部片が付くとは思えないからな」


 ローズが出立すると言い出した当日に、手練てだれの刺客を仕向けて来たくらいだから――相手はこうなる事を想定して、事前に準備していたのだろう。


 そんな抜け目のない相手がいるなら――他にも同じように考える人間は居る筈だ。

 だから、今回の件で国王や王子が本当・・に大人しくなったとしても、それで終わりという訳にはいかないだろう。


「なるほど。そういうことなら、ローズを取り巻く環境に重点を置いて説明しよう」


 エストはそう言うと、聖王国セネドアについて語り始めた。


 セネドアは大陸中東部において最も歴史が古く、『聖王国』の名に相応しい神に祝福された国だ――何故ならば、光の神の使徒である勇者が、代々この国で生まれているからだ。


 光の神と勇者の威光によって、セネドアは繁栄してきたが――聖王国の人間が全て敬虔な信徒である筈もなく。その威光を利用して、私腹を肥やす輩も少なくなかった。


 その結果、本来は一つであった教会と王家の分断が起こり、『聖王』は唯の『国王』となった。教会組織は表向きは権力から遠ざる形を取ったが――実際は、国王と教会組織の二重支配が続いている。


 結局のところ――聖王国とは名ばかりで、現在のセネドアは勇者を輩出している以外は唯の封建主義の国だった。『聖王』が『国王』になったことで王家の力は弱まり、逆に貴族たちは力を増した。教会組織とも絡み合って、貴族たちは常に権力争いをしている。


「そういった状況から……聖王国の象徴である勇者は、国全体を纏める事が出来る唯一の存在なんだ。だから、国王が勇者を手放したくないと言うのも当然だし、他の貴族や教会組織の中にも、勇者に近づいてその威光を利用しようとしている者も多い」


「つまり……この国の権力者全員が、敵かも知れないって状況か。なるほどね……良く解ったよ」


 説明の途中から考え事を始めたカイエは――強かな笑みを浮かべる。


「ところでさ、エスト……さっき、エドワード王子って名前が出てたけど。そいつは、どんな奴なんだよ?」


 耳敏みみざといカイエは、その名前を聞き逃していなかった。


「やっぱり、そう来たか……カイエが訊かないのはおかしいと思っていたんだ」


 エストは躊躇ためらいがちに応える。


「エドワード・スレイン。聖王国第一王子の事なんだが……その、彼の場合は本当に……ローズ個人に執着しているというか……」


 珍しく歯切れの悪い言葉に、カイエは意地の悪い顔をする。


「ああ、ローズに惚れてるって事か。なるほどね、そいつは要注意人物だな」


「……カイエ、人がせっかく言葉を濁したのに!」


 ローズに関心のある男の話など嫌だろうと、エストは気を遣ったのだ。


「別に、俺は何とも思わないけどな……向こうが勝手に惚れてるってだけだろう?」


「勿論よ!」


 ローズはカイエをじっと見つめて――頬を真っ赤に染める。


「カイエは……私が初めて好きになった人よ。そして、これからも……私がカイエ以外の人を好きになるなんて、絶対あり得ないから!」


 懸命に想いを伝えようとするローズに――カイエは優しい笑みを浮かべる。


「……はいはい、ご馳走さま」


 完全に乙女モードのローズに、エストは呆れた顔をする。


「まあ、それは兎も角……エドワード王子が注意すべき人物ということは間違いないな。次期国王に最も近いという立場を利用して、貴族や官吏と癒着して我欲に溺れているというもっぱらの噂だ」


 スレイン国王も抜け目のない人物だが、節度は弁えている。

 それに対してエドワード王子は――目的のためには手段を選ばないタイプだった。


「だけど、ローズがスレイン国王に釘を刺したのなら、エドワード王子も簡単には動けないだろう。まだ王太子でもない彼は、国王の権力下にあるからな」


 次期国王である王太子を決めるのはスレイン国王であり、今のエドワード王子が国王の意向に逆らえば、その座が危うくなるのだ。


「まあ、エストの言う事も解るけどさ……理屈で動く人間ばかりじゃないだろう? そいつの事も、警戒しておいた方が良いな」


 カイエはそう言うと――


「あとは、エスト……この国の魔術士のことも教えてくれよ? どんな組織があって、レベルとか人数も知りたいな」


「ああ、それも話しておこうと思っていたんだ。聖王国の魔術士協会は……」


 それから――エストと二人で、聖王国の魔術士と魔術の話に花を咲かせながら。カイエは今後の対策ことについて思考を巡らせた。


 しかし、そのせいで――


 一人蚊帳の外となったローズが、暗黒ダークな光を醸し出している事に……二人は気づいていなかった。

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