第9話 危険なデート


「聖王国の国王として、そして光の神の信徒の代表として……勇者ローゼリッタ殿には是非とも我らの国に留まって貰いたい」


 ローズが旅立つ事に、聖王国の国王ジョセフ・スレインと重鎮たちは難色を示したが――


「引き留めて頂いて、ありがとうございます……でも、今の私にとっては、彼と過ごす時間の方が大切なんです」


 ローズは微塵もブレることなく、自分の意志を貫いた。


 もし、魔王や魔神が再び現れれば、ローズは世界を救うために立ち上がるつもりだが――それ以外の全てについては、カイエとの時間以上に優先するものなどなかったのだ。


※ ※ ※ ※


「ねえ、カイエ……このブーツなんて、カイエに似合うんじゃない?」


 旅で必要なものを揃えるために、二人は連れ添って買い物に出掛けた。


 露店で埋め尽くされた賑やかな市場通りから、商業区へ抜けると。服や雑貨から武器や宝石に至るまで、様々な店舗が立ち並んでいた。


 いくら勇者であっても――戦勝パレードにすら参加しなかったローズの顔を知る者は少ない。


 だから、ローズが街を歩いても、周りが勇者だとは気づくことはなく。人だかりができる筈はなかったが――スキンシップ多めで、カイエと幸せそうに歩くローズは、否が応でも人目を惹きつけた。


 各地で魔族の軍勢と激戦を繰り広げた末に、魔王を滅ぼした勇者の姿は何処にもなく――そこに居るのは、恋人に心を奪われた唯の十代の少女だった。


「ところで、ローズ……買い物も良いけどさ。俺は旅に出発する前に、少し金を稼ぎたいんだよ。近くに適当な地下迷宮ダンジョンとかあったら、教えてくれないか?」


 アウグスビーナの遺跡で眠りから覚めたカイエは――この時代で流通する通貨を持っていなかった。かつての時代の資産は相応に所有しているが……大抵は曰く付きのモノなのだ。


 それを市場に出せば、要らぬ疑いを懐かれる可能性があるから――できれば避けたいと思っている。


 地下迷宮ダンジョンについては――カイエは眠りに付く前の時代にも、存在していたから。手っ取り早く稼げる場所だと考えたのだ。


「お金なら、私が持っているから。カイエが必要なモノがあれば、それで買えば良いじゃない?」


 金銭に無頓着なローズはそう言うが――カイエは納得しなかった。


「それじゃ……俺は完全にヒモみたいだろう? 必要なモノくらい、自分の金で買いたいんだよ」


 ローズの家に居る間は、自分は客だからとギリギリ譲歩していたが。これ以上ローズに金を出させるのは、カイエの男としてのプライドが許さなかった。


 『ヒモって何?』――日常生活での常識に疎いローズは、言葉の意味が良く解っていなかったが。カイエが嫌そうだったので、素直に従うことにする。


「そうね……地下迷宮ダンジョンなら、一応王都の近くにもあるけど。カイエにとっては、退屈な場所だと思うわよ?」


「いや、その点は構わないよ。金が手に入れば、それで良いんだからさ」


 手応えのある地下迷宮ダンジョンの方が、面白いに決まっているのだが……どうせ、カイエのレベルに見合う地下迷宮ダンジョンなど、存在しないだろう。


「だったら……私も少し休んじゃったし、リハビリのために一緒に行くわよ!」


 最高のアイデアを思いついたと言わんばかりに、ローズは浮かれる。カイエと二人きりで地下迷宮ダンジョン――何て素晴らしい響きなの!


 そんなローズの思惑を察して、カイエは苦笑する。


「まあ……俺は別に構わないけどさ」

 

「だったら、決まりね! 何か、すごく楽しみになって来たわ!」


 鼻歌交じりで歩くローズの姿は――先ほどまでにも増して、街行く人の心を奪っていく。


 嬉しそうなローズを眺めながら、カイエも優し気な笑みを浮かべていたが――不意に面倒臭そうな顔をして立ち止まる。


「ローズ……ちょっと良いか?」


 呼び止められて振り向くローズに――


「もっと……人気の少ないところを知らないか? できれば、あまり人が近づきそうもないところが良いんだけど」


「え……」


 顔を真っ赤にしたローズが何を考えているのか……カイエにも容易に想像がついた。

 意地の悪い笑み浮かべて顔を近づけると、ローズの耳元に何か囁く。


「もう……何よ、カイエ。そういう事?」


 ローズは少し怒った感じで言うと、カイエの手を握る。


「カイエ、こっちよ……このまま裏通りの奥に進めば、あんまり人気のないところに出ると思うわ」


 そう言うとカイエの手を引っ張って、路地の奥へと進んでいった。


※ ※ ※ ※


 それから暫くして――カイエはで、裏通りの行き止まりに立っていた。


 周りに人の姿はなく、辺りは不自然なほど静かだった。


「ようやく一人になったな……随分と待たせてくれたじゃねえか!」


 男は少し芝居掛かった感じで、通りの方から姿を現わした。

 年齢は三十代というところか。頬に傷があり、顎髭を生やしている――鍛え上げられた筋肉隆々の身体は、服の上からでも明らかに解った。


 男の背後から、さらに十人以上に現れる……皆とても堅気とは思えない身体つきだった。


「なあ、兄ちゃん。俺たちは勇者のお嬢ちゃんのファンでな……おまえみたいなガキに勘違いされると、良い迷惑なんだよ」


 ドスを利かせた声に――カイエは呆れた顔をする。


「あのさあ……もう少し上手くやれよ。今のチンピラは『静寂サイレンス』の魔法まで使うのか?」


 魔法による不自然な静けさに、カイエは当然気づいていたが――男たちは不自然だと思っていなかったらしく、憮然とした顔をする。


「少しは、出来るみたいだが……勘違い野郎が! 勇者に気に入られたからって、おまえ自身が強くなった訳じゃないって教えてやるぜ!」


 一斉に襲い掛かって来た男たちを、カイエは冷静に観察する――武器を持っていないから、一応殺すつもりは無いようだ。


「動き方かしたら……傭兵ってところか。生きたまま帰してやるから……目が覚めたら、雇った奴にきちんと報告しろよ」


 男たちの動きなど――カイエにとっては、止まっているのも同然だった。

 相手の間を擦り抜けながら、軽く触れるような動きだけで、瞬く間に全員の意識を奪ってしまう。


「まあ……当然の結果よね」


 潜伏能力スキルで姿を隠していたローズが、再び姿を現わす。

 世界各地で魔王軍と戦ってきた勇者にとっては、このくらいの事は朝飯前だった。


「それで……この人たちの事は、どうするつもりなの?」


 カイエの腕にしがみついて、ローズは顔を覗き込む。


「……このまま放置だな」


 カイエは面倒臭そうに応える。


「こいつらを雇ったのは……国王か、その周りの連中だろうな。まあ、そいつらの意図は解っているし、邪魔なんだけど……殺す訳にはいかないだろう? とりあえずは、諦めるまで付き合うしかないな」


「だったら……私に良い考えがあるわ!」


 ローズはそう言うと、最初に姿を現わした顎髭の男のところまで歩いていって――無言で襟首を掴んで、引きずり上げる。


「ほら、起きなさい……」


 無詠唱で治療魔法を発動させて、男が意識を取り戻すと――


「ねえ……あなたを雇った人のことを、洗いざらい全部教えてくれる?」


 このときローズの褐色の瞳は――無慈悲で冷酷な光を宿していた。


「さもないと……私の一番大切な人を馬鹿にして、傷つけようとしたあなたには……喋るまで何度でも死なない程度・・・・・・にお仕置きをして、その度に治療してあげるから」

 

 ローズの本気の殺意に――男は震え上がる。


(ローズの事は……怒らせないようにした方が良いな)


 カイエは顔を引きつらせながら、心に誓った。

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