第8話 それから


「……はあ? 今さらとか、何言ってるのよ! とにかく、カイエが危険だって事には変わりないでしょう!」


 逆切れ気味にアリスは言うが――本音を言えば、ローズとベタベタするカイエが気に食わないだけなのだ。


 魔神かどうかは関係なしに、カイエを危険な存在感だと思っていたら……とうに手を打っている筈だろう。


「まあ……手の打ちようがないっていうのも、本当のところだがな。魔神を倒したカイエが本気になれば……王都に居ようが居まいが、聖王国を滅ぼすくらい簡単だろう?」


 エストが悟ったように言う――その通りなのだ。『獄炎の魔神』ですらアッサリと倒してしまったカイエを、止める術など聖王国にはない。


「いや、あのさあ……エストが言いたい事も解るけど、俺にそのつもりはないからな。聖王国を滅ぼして、俺に何の得があるんだよ?」


 カイエは呆れた顔で言うが――それを鵜呑みにするほど、エストも能天気ではなかった。

 確かに今のカイエは、ローズを憎からず思っているようだし。エストたちに対しても友好的に接している。

 しかし、何か切欠きっかけがあれば、真逆の行動に出る可能性はあるのだ。


 例えば、カイエを害しようとする動きが聖王国で起きたら……また、もしローズを傷つけようとする者が現われた……カイエはどうするだろうか?


(それでも……私たちが幸運なのは、カイエの隣にいるのが史上最強の勇者という事だな)


 魔王すら一刀両断にするローズを傷つける事が出来る者など、それこそ魔神くらいだろうが……傷つけ方には色々あるのだ。


「なあ、みんな……一つ提案なんだが。カイエが『魔神』云々という話は、私たちだけの秘密にしないか?」


「当たり前でしょう! そんな話を広めたらローズが……ゴホンッ! 私たちには百害あって一利ないじゃない!」


 ああ、アリスは本当にローズが心配で堪らないんだなと――エストは思わず頬を綻ばせる。


「……何よ? エスト、文句があるなら言いなさいよ!」


「いや……何でもない。エマも、そういう事で構わないか?」


「それじゃあ……邪悪じゃない『魔神』って言うのも……駄目なんだよね? うん、勿論解ってるよ!」


 みんなの反応を伺いながら、エマは言葉を選ぶ――やっぱり、言っておいて良かったと。エストは安堵の息を漏らした。


「そう言えば……国王にはカイエのことを何て説明したのよ? 『獄炎の魔神』は、ローズが倒した事になってるわよね?」


 それもあって、アリスはローズと再会するまでカイエの存在を知らなかったのだ――まさか、ローズがこんな惨状イロボケになってるなんて。あの頃は全く想像していなかったわねと、アリスは遠い目になる。


「ああ、色々と面倒な事になると解っていたから。カイエの了承を得た上で、そういう事にさせて貰ったんだ。だからカイエの事は、ローズが凱旋中に出会った恋人とだけ伝えてあるよ」


 『恋人』の一言にローズが反応して、『キャッ!』と頬を染めると――アリスはあからさまに不機嫌になった。


「……何よ、そのまんまじゃない!」


「いや、他に何て説明すれば良かったんだ? カイエの素性を根掘り葉掘り聞かれて、全部知らないで押し通すのは、結構大変だったんだぞ。ローズだって、表向きは激戦の疲れで療養中という事になっているが。いつまでこんな言い訳が通用するか……」


 世界を救った英雄である勇者ローズを、一目見たいという者は国内外で後を絶たず――その分のしわ寄せまで、エストが負っているのだ。


 エストはローズの代わりに毎日王宮に行っては、感謝を述べる要人たちの相手をしている――それでも、かなり要領良く。適当なところであしらっているのだが。


「言われてみれば、そうよね……ホント、ご苦労様。エスト、あんたの苦労がしのばれるわ」


 完全に他人事のアリスだが――要人の相手をエストに押し付けている事については、アリスもエマも同罪なのだ。


「だったら……アリスとエマも、少しは協力してくれないか?」


「嫌よ……私はそういうの向いてないから」


 エストは溜息をついて横目で見るが――こういうときだけ勘の良いエマは、その前に目を逸らしていた。


 エストとアリスが会話をしている間も、ローズは相も変わらずだ。カイエの名前が出たときだけ反応するが、あとはカイエにベッタリ密着して動こうとしない。


 そんなとき――


「なあ、ローズ……俺はおまえの好きにして構わないって言ったよな?」


 不意の言葉に。ローズは顔を上げて、うっとりとカイエを見る。


「うん……カイエがそう言ってくれ、嬉しかったわ……」


 カイエは優しげな笑みを浮かべながら、ローズをまじまじと見つめる。


「だったら……教えてくれないか? こうして何もしない事が……本当にローズが望んでいる事なのか?」


 その声はアリスたちにも聞こえており。何事か起きたのかと、彼女たちはお喋りを止めて注目しているが――二人は互いしか見ていなかった。


 ローズは真っ直ぐに、カイエの瞳を見つめ返す。


「カイエ……どういう事? こうしている事が、嫌になったの?」


「いや、そうじゃなくてさ……」


 カイエはクスリと笑って、息が掛かる距離まで顔を近づける。


「ローゼリッタ・リヒテンバーグって女は……他人に世話を焼かせて、自分は何もせずに眠りこけてるのが好きなのか? ローズ、おまえは……そういう奴じゃないよな?」


 カイエの言葉に、ローズは鞭に打たれたように目を見開いた。


「ローズ、おまえが本当にしたい事なら、俺はいつまでだって付き合うけど。もし、そうじゃないなら……そろそろ本当にやりたい事を始めたらどうだよ?」


 このときローズは――幸せそうに微笑んで、カイエに唇を重ねた。


「うん……そうだね。カイエ、私が本当にしたい事は……」


 ローズは立ち上がると、カイエに手を差し出す。


「遺跡で眠っていたカイエに……カイエが救ってくれた世界が、どれほど美しいか見て貰いたいの!」


「なるほどね……それは楽しみだな」


 カイエもローズの手を取って立ち上がる。


「でも、その前にさ……やる事があるだろう? ほら……ローズの大切な仲間たちが、困っているからさ」


 カイエに背中を押されて――ローズは三人の前に進み出る。


「えっと……そのう……今まで心配かけてごめんなさい!」


 深々と頭を下げるローズに、ほんの一瞬だけ三人は唖然とするが――


「「「……ローズ!!!」」」


 互いを抱きしめながら、号泣するローズたち――カイエは気恥ずかしそうに、目を逸らした。

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