第7話 エストとカイエ


「ちょ、ちょっと待て……説明させてくれ! 私は隠すつもりじゃなくて、言うタイミングを逸しただけなんだ!」


 ローズに極寒の視線を向けられて、エストは狼狽していた。


 本音を言えば――こうなる事が解っていたから、言い出せなかったのだが。もはや、完全に後手に回っていた。


「ふーん……タイミングねえ?」


 ローズは全く信用していない感じで、カイエとエストを交互に見る。


「カイエ……どうして、エストだけに話したのよ? カイエがどういう人なのか、私には何も話してくれてないわよね?」


 ローズに恨みがましい視線を向けられて――カイエは顔をヒクつかせる。


「いや、別に他意はないよ……ローズが訊かないから、言わなかっただけだ」


「へえー……エストは訊いたから答えてあげたんだ? ……そんな言い訳が、本当に通用すると思っているのかな?」


 ローズはニッコリと微笑むが――目は全然笑っていない。


 カイエはポリポリと頬を掻いて、どうしたものかと考える。


「いや、本当に言い訳じゃないから……そもそもさ。俺の正体が何だろうが、それを誰に教えようが……大した話じゃないだろう?」


「「そんな筈ないでしょ!!!」」


 ローズとアリスか声を重ねるが――勿論、意図するところは全く違っていた。


「ねえ、カイエ……大切な人の事を、知りたいと思うのは当然じゃない!」


 ローズは真摯な眼差しでカイエを見つめるが――


「いや、ちょっと待って! 論点はそこじゃ無いわよね?」


 アリスが強引に割り込んで話を戻そうとする。


「ローズ……お願いだから、私に話をさせて! これは本当に大事なことだから!」


 私の気持ちだって大事よ――ローズは頬を膨らませるが、アリスの真剣な顔に気づいて口をつぐむ。


「ねえ、カイエ。もう一度訊くけど……あんたは魔神なの? もし、それが本当なら……」


 私たちは、あんたと戦わなければならない――アリスはカイエを見極めようと、正面から見据える。『私たち』の中に、まだローズが居ることを祈りながら……


「その話は……エストに説明して貰った方が良いよな?」


「……えっ? 何で私に振るんだ!」


 エストは心底迷惑そうな顔をする。


「いや……俺が自分で言っても、アリスに疑われたらそれまでだろう? それに、俺の説明する内容をきちんと理解できるのは、エストくらいだからな」


 またそんな事を言ったら……横目で見ると、案の定ローズがジト目でみていた。


 エストは憂鬱な気分だったが――同時に、カイエに事が少し嬉しかった。


「そうだな……解った。私の口から説明しよう」


 ローズに後で散々文句を言われる事を、エストは覚悟する。


「正確には、カイエは自分の事を『魔神』ではなく、『魔神が一番近い』と言った筈だ。つまり、カイエが言いたかったのは……自分には『魔神』と同じ性質があるという事だ」


 この言い方では――エストの意図が、アリスには全く伝わらなかった。

 それも無理はないかと、エストは方法を変える事にする。


「アリス……そもそも『魔神』とは、どのような存在だと思う?」


 いきなり球が飛んできて、アリスは少し面を食らった。


「そんなの……魔族が崇める邪悪な神に決まってるじゃない!」


「まあ、一般的な認識はそうだが……私たち魔術士の定義は違うんだ。文字通り『魔』の『神』――つまりは、特定の魔法的属性を司る存在の事だ」


 アリスは難しい顔をする。


「……ごめん、エスト。私には全然理解できないんだけど?」


「そうだな……もっと噛み砕いて言えば。『炎』とか『風』とか『水』とか、特定の属性を持つ強大な魔力を持つ存在の事だ。イフリートやジンも、魔術士の定義で言えば『魔神』なんだよ」


「だけど……」


 アリスは納得しなかった。


「普通は『魔神』って言ったら、邪悪な存在の事でしょう?」


「ああ、魔族が崇める邪悪な存在も『魔神』――つまり、魔法的属性を司る存在だ。アウグスビーナの遺跡で、私たちが見た魔神が司る属性は『獄炎』……まさに地獄の炎そのものだよ」


「だったら……やっぱり、『魔神』は邪悪な存在じゃない!」


「いや、そうではなくて……邪悪な『魔神』も居るというだけで、全ての『魔神』が邪悪だと考えるのは間違いなんだよ」


 ここまで話を聞いて――ようやくアリスも理解出来てきた。

 つまり、カイエは強大な力を持っているが……邪悪かどうかは別の話だという事だ。


「そういう話なら……カイエ、あんたが『魔神』なんて言葉を使うから、話がややこしくなったんじゃない!」


「いや……そこは、私にフォローさせてくれ。カイエの考え方は、私たち魔術士と非常に近いものなんだ。それに……カイエは自分の正体について、私がみんなにも多少は話していると思っていたみたいだからな」


 自分の落ち度で今回の状況を作った事と、カイエの肩を持つ事でローズに恨まれる嵌(は)めになったという二重の意味で――エストは後悔していた。


「まあ、そういう事だから……」


 エストに対する礼と労いの言葉を、カイエは空気を読んで敢えて言わなかった。

 それでも、隣にいるローズからは……突き刺さるような視線を感じる。


「……いや、ちょっと待ちなさいよ! 何か勝手に話を終わらせようとしてるみたいだけど、私はまだ納得していないわよ!」


 アリスがもう一度話を引き戻そうとする――アリスの藍色の瞳は、したたかな光を宿していた。


「カイエが危険な存在だって事は、間違いないわよね? 何しろ、魔神を倒すだけの力を持っているんだから……だったら、あんたが邪悪な存在じゃないって自分で証明しない限り、私は絶対に認めないから!」


 そう高らかに宣言するが――


「いや……それこそ、今さらじゃないか? 俺の力を危険視するならさ……そもそも、王都になんかに入れるなよ」


 カイエの台詞に、アリス以外の三人は深く頷いた。

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