第6話 カイエの告白


 向かい側のソファで憮然としているアリスと、胸元で睨んでいるローズ――二人に挟まれて、カイエは開き直る事にした。


「まあ、良いか……どうとでも好きに言ってくれよ。とにかく、俺はローズがやりたい事に付き合うよ……ずっと一緒にいるって、約束したからな」


 そう言って、カイエはローズを見つめる――その瞬間、たった今まで睨んでいたローズの顔が綻んで、幸せそうに微笑んだ。


「カイエ……」


 このまま熱烈なラブシーンに直行しそうな雰囲気だったが――


「……ゴホンッ!」


 アリスがわざとらしい咳払いで割って入る。


「あのねえ……いったい何を始めるつもりよ? 私の話はまだ終わってないからね!」


 ローズの抗議の視線を、フンと鼻を鳴らして無視すると。アリスはソファにふんぞり返って足を組み直す。


「カイエ、あんた……一緒にいるって約束したから、ローズのやりたい事に付き合う? 意味が解らないわよ。あんたもローズとイチャイチャしたいだけじゃないの?」


 アリスなら、そう言うだろうと思っていたから。カイエは言い返すつもりなどなかったが――次の一言だけ・・・・・・は、容認する事が出来なかった。


「だけど、ローズは勇者だから・・・・・。世界中の人たちのために戦わなきゃいけないの。だから、あんたみたいな女ったらしと、いつまでも色ボケしてる暇はないのよ!」


「アリス! 女ったらしだなんて、カイエに酷いことを言わないでよ!」


 ローズが言い返すが――


「ああ、そうだよな……ローズはずっと世界を背負って生きて来たんだ」


 訝しげな顔をするアリスを――カイエは正面から見る。


「魔神を倒した後、ローズは俺を一生放さないって言ったんだ……それを受け入れるって決めたから、俺にはローズの好きなようにさせる責任があるんだよ」


 カイエの告白に――アリス、エスト、エマの三人はシーンと静まり返る。

 そして、数十秒の沈黙の後……アリスが肩を震わせながら立ち上がった。


「……はあ? いったい何なのよ! 全然話が見えないんだけど? カイエ、あんたは責任をとるために、ローズと一緒にいるって事? だったら……良い迷惑だわ! 今すぐローズから離れなさいよ!」


 アリスは怒涛のように捲し立てるが――ローズの呟くような声が空気を一変させる。


「カイエ……責任って何? カイエは責任を取るために……私と一緒にいてくれるの?」


 このときローズは――カイエを上目遣いに見ていた。褐色の瞳から……大粒の涙が溢れ出す。


「私はカイエのことを……責任で縛っていたの? だったら……そんな事……一番大切な人に、できる筈がないよ……」


 ローズが言い終える前に――カイエはローズを抱きしめた。

 ギューッと、きつく抱きしめられて、ローズは戸惑う。


「……カイエ?」


「ごめん、ローズ……そうじゃないんだ。俺は……おまえが俺を守ろうとしてくれた事が、本当に嬉しかったんだよ」


 カイエの漆黒の瞳が、真っすぐにローズを見つめる。


「おまえは……、全部自分の責任だって、ずっと思って来たんだろ? だけど……これからは、俺が隣にいるから。おまえの背負っていた世界なんてモノは、俺が何とでもしてやるよ。だから……おまえは自分が望むように生きて良いんだ。責任とかじゃなくて……俺がそうしたいんだよ」


「……うん。カイエ……私にも解ったよ。どうして私が……カイエを好きになったか。私じゃ、カイエの力にはなれないかも知れないけど……ずっと傍にいて、一生放さないから!」


 互いをギュッと抱きしめ合い、唇を重ねる二人に――完全に取り残された三人は呆然とする。


 アリスは全部納得した訳ではなかったが――カイエが本気でローズを想っている事と、二人の間には誰も入る隙間がない事だけは理解した。


「……チッ! 結局、○女と童○の純愛って事? マジなの……ホント、馬鹿らしいんだけど!」


 悪態をつくアリスの肩を、エストが優しく叩く。


「だから、言っただろう? 幸せを見つけたローズを、温かく見守ってやろうって」


「エスト……あんたも解っていたなら、もっときちんと説明しなさいよ」


 呆れた顔をするアリスに、エストは苦笑する。


「詳しく説明したところで。言葉だけじゃ、アリスは納得しなかっただろう?」


「まあ……お互い、ローズを男に取られた者同士って事ね。エスト……今夜はヤケ酒でも飲まない?」


「構わないが……私は安酒と安い男は飲まない主義だからな」


「へえー……エストが男の話をするとか。あんた、私に気を遣ってるでしょ?」


 そんな二人を余所に――エマは頬を赤く染めながら。キラキラ輝く思春期少女の目で、抱き合うローズとカイエを見つめていた。


(……素敵! 私はローズが羨ましいよ!)


 そんな感じで。なし崩し的に丸く収まるかと思われる雰囲気だったが――アリスの一言が、全てを台無しにする。


「ところで、カイエ……あんたって、結局何者なのよ?」


 アリス自身も何気なく言った台詞だったが――カイエはローズから唇を放して、律義に応えようとする。

 ローズは熱の籠った視線で非難していたが、カイエは『少しだけ待っていろよ』と優しく微笑んで納得させた。


「俺は人族と魔族のハーフなんだよ……まあ、自分で身体を弄ってるから。今の自分が何者かって言われても、返答に困るけどな」


「へえ……ただの人族じゃないとは思ってたけど、やっぱり魔族の血が混じってるんだ。でも、本当に魔神を倒したんだったら……そんな説明じゃ、納得できないわね」


 訝しげなアリスの反応にも、カイエは素直に応じる――自分の正体を隠す気など無かったから、良い機会だと全部話す事にしたのだ。


「だから、言っただろう……俺は自分を創り変えたから、分類的には良く解らない存在なんだよ。まあ、強いて言えば……『魔神』が一番近いかな」


 最後一言に――空気が凍り付く。


「……ローズ! 今すぐその男から離れて!」


 アリスは戦慄を覚えるが――カイエは意外そうな顔をする。


「何だよ……何も聞いてないのか? 俺の正体なんて、随分前にエストに話しただろう?」


 その言葉に、今度はローズが敏感に反応した。


「ねえ……エスト。それって……どういう事? カイエの正体の事なんて、私だって聞いてないわよ!」


 絶対零度の視線を向けられて――エストはゴクリと唾を飲み込んだ。

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