第5話 さらに一週間後
それから一週間経っても、状況は一向に変わっていなかった。
ローズは四六時中――言葉の綾ではなく、本当に二十四時間ずっと、カイエにベタベタとくっついていた。
入浴をするときも決して離れようとしないローズに――エストたちは仕方なく、浴槽の真ん中にカーテンを張るという妥協案を呈示した。
ちなみにローズの自宅は王都にあり、両親からは既に独立している――つまり環境的にも、彼女の暴挙を止める要素はないのだ。
「あのねえ、ローズ……良い加減にしなさいよ?」
暖炉のある広いリビングで。アリスはソファの肘掛けに身をもたげながら、うんざりした顔で言う。
アリスの向かい側のソファには、今もローズがカイエと並んで座っており――ベッタリと密着したまま動かなかった。
アリスの自宅は別の街にあり、王都には宿を取っているのだが。何だかんだと言って、毎日ローズの家に来ていた。
魔王も魔神も討伐した事だし、勇者パーティーは暫く休業だから。普段ならアリスがギルドマスターをしている自宅のある街へと戻るところだが、今回ばかりは一向に帰る気配がない。
口では文句ばかり言っているが――結局のところ、アリスはローズの事が心配で仕方がないのだ。
「もう一週間……パレードの前から数えたら、十日以上になるわよね? 見ているこっちがイライラするし。そんな風に怠けていたら、いざというときに戦えないでしょ!」
しかし、アリスの苦言など、ローズは何処吹く風だ。一応、アリスがいることは認識しているようだが――ローズの褐色の瞳には、カイエしか映っていない。
「……もう、頭に来た!」
アリスは
「ホント、あんたは何やってんのよ!」
ローズの腕を掴むと、カイエから強引に引き剥がそうとする。
「い、いきなり、どうしたのよ? アリス、痛いから止めてよ!」
「五月蝿いわね、あんたが悪いんじゃない! そんな坊やに、いつまでベタベタとくっついてるつもりよ!」
「カイエは坊やじゃないわ! 私の……一番大切な人なんだから!」
自分で言いながら赤面するローズの姿が――アリスの怒りに油を注ぐ。
「……このチョロインが! こんなガキに、簡単に騙されるんじゃないわよ!」
「酷い……カイエは私を騙してなんかいないわ! そんなことを言うなら……いくらアリスでも、許さないから!」
ローズが反撃を始めた事で、キャットファイト状態になった二人の傍らで――カイエは我関せずといった感じで、素知らぬ顔で片肘を付いている。
アリスがローズを力任せに引っ張ろうと、ローズが反撃して暴れようと、カイエの身体はピクリとも動かなかった。それどころか……欠伸をして、居眠りを始める始末だ。
「さあ、二人とも! 喧嘩はそのくらいにしてお茶にしないか?」
人数分の紅茶とお菓子を載せたトレイを持って、エストがキッチンから現れる。
エストの自宅――兼、書庫兼、研究所は王都の郊外にあり。エストも普段なら自宅に籠って研究に勤しんでいるタイミングだったが……アリスと同様に、毎日ローズの家に来ていた。
「わあ、やったぁ! エストのクッキーだ!」
この瞬間まで、エマはアリスが座っていたソファの横で、アワアワしながら二人の喧嘩を眺めていた。末っ子ポジションのエマは、他の三人には頭が上がらず。仲間たちが喧嘩が始めると、いつもこの有り様だった。
しかし、大好物のエストのクッキーの登場に、食い気の方が勝り――エマはバッと立ち上がると、エストに駆け寄ってトレイを奪うように受け取る。
「いっただきまーす!」
さっそくクッキーを摘まみ食いしながら、ローズたち三人がいるソファセットの方へ戻って来る――この時点で、ローズとアリスの喧嘩の事などすっかり忘れていた。
「エマ……行儀が悪いな」
エストに
「だって、エストのクッキーは最高なんだもん! 文句ならクッキーに言ってよ!」
ちなみにエマの自宅も、アリスと同じように別の街にあり。今も両親と一緒に住んでいる――母親が聖騎士団長で、父が副団長。二人の兄も聖騎士という聖騎士一家だ。
エマが毎日ローズの家に通う理由は、三分の一くらいはローズの事を心配しているためだが……あと三分の二はお菓子目当てと、単に遊び相手が欲しいからだ。
「ああ……もう馬鹿らしい! やってられないわよ!」
すっかり水を差されて、アリスはふてくされた顔で席に戻る。エストが入れてくれた紅茶を飲みながら、居眠りしているカイエをジロリと睨んだ。
「ローズは、何でこんな男が良いんだか!」
ローズが反応して再び言い合いが始まりそうなところに、エストが割って入る。
「アリスも、もう止めておけよ。別に、ローズと喧嘩したい訳じゃないだろう?」
「……もう、解ったわよ! とりあえず、今日のところは休戦ね」
それから暫く、アリスは無言で紅茶とクッキーを口に運んでいたのだが――
ローズが居眠りしていたカイエを起こして、『あーん!』とやり始めたので……すぐに黙ってなどいられなくなった。
それでも、今日は休戦だと約束してしまったから――その矛先は、自然とカイエに向かう事になる。
「ねえ、カイエ。あんたもさあ……よく恥ずかしげもなく、そんな事ができるわよね?」
ちなみにカイエを呼び捨てにする件については――この一週間の間に、二悶着くらいあったのだが。『面倒臭いから、全員呼び捨てで良いだろ?』というカイエの一言で、決着が付いていた。
「恥ずかしいに……決まってるだろう。でも……もう慣れたし……」
途中で言葉が途切れるのは、ローズがクッキーを『あーん』とやっているからだ。
「俺はローズの……好きに……」
「……なあ、ローズ。話をしてるときくらい、食べさせるのを止めたらどうだ!」
エストにきつい感じで言われて、ローズはようやく手を止める。
(エスト……悪いな、助かったよ)
(カイエ、気にしないでくれ。今のはさすがにどうかと思ったからな)
視線だけで会話をする二人に、ローズはヘソを曲げるが――とりあえずは、普通に会話できる状況になった。
「なあ、アリス……さっきの話だけどさ」
ジト目で見ているローズに顔をヒクつかせながら、カイエは続ける。
「俺はローズの好きなようにさせたいから、これくらいの事なら幾らでも付き合うよ」
アリスは面白く無さそうな顔をする。
「つまり……あんたもローズとイチャイチャしたいって事よね?」
「いや、違うから……って、これじゃ説得力ないよな?」
今も胸に抱きついているローズに睨まれながら――カイエは苦笑するしかなかった。
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