第3話 再会と勇者の闇
魔神復活と避難勧告の
魔神討伐の一報が世界に広まったのは、丸二日以上経過した後だった。
理由は幾つかあるが――その最たるものは、賢者エスト・ラファンが人々の避難を最優先とするあまりに魔力切れを起こして、魔神の侵攻状況を確認するために現地に戻るのが遅れた事にある。
避難勧告を受けた各国も、自国の民――というよりも王族や貴族とその財産を避難させるのに躍起となって、火の粉が飛んでくる方向に人を出して確認する事を怠った。
また、この情報が勇者パーティーから発せられたものでなければ、魔神を過小評価して近づこうとする者も少なからずいただろうが。魔王を滅ぼした勇者たちの避難勧告には絶大な効果があり、疑う者など皆無だった。
だから、ローズとカイエ以外で魔神討伐の事実を最初に知ったのは、魔神の侵攻が遅れている事を不審に思い、なけなし魔力で現地に舞い戻ったエストだった。
「あれは……ローズ!」
誰かを抱えるようにして蹲るローズを上空から発見したとき、エストは驚愕と歓喜で気が狂いそうだった。
だから、彼女が最後の魔力を振り絞ってローズの元へ飛び込んで行ったのも、当然の行動だと言える。
「……ローズ!」
魔法で飛行したまま、ほとんど特攻するような勢いで近づいて来るエストに、先に気づいたのは――カイエの方だった。
「何だ……魔術士か? ……面倒臭いな」
カイエにしてみれば、見知らぬ魔術士が何か叫びながら襲撃して来たようにしか見えなかったから。いまだに胸にしがみているローズを放置したまま、無詠唱で魔法を発動させる。
発動したのが攻撃魔法でなかったのは、ローズを抱えている状況で攻撃するのも、なんだが馬鹿らしいと思ったからだ。
その代わりにカイエが発動したのは――
「えっ……」
突然、
叫び声に気づいてローズが顔を上げたのは、エストが地面に激突する直前だった。
「エスト!!!」
ローズは悲痛な声で叫ぶが――惨劇は起こらなかった。
エストの身体は、地面から僅か数センチの高さで停止していた。
「……エスト! 大丈夫、怪我はない?」
駆け寄るローズに、エストは思わずしがみつく。
「……ローズ! 良かった……生きていたんだな……」
「ええ……そうよ。エスト……もう一度、あなたに会えるなんて……」
感激の再会シーンを横目に――カイエは、ほっと溜息をつく。
「何だよ……ローズの知り合いだったのか」
ローズとエストが互いに抱きしめ合いながら涙を流していると――カイエは居心地が悪そうな顔で視線を逸らす。
そんなカイエの反応に気づいたローズは、笑みを浮かべると、エストの手を引いて近づいて来た。
「ねえ、カイエ。紹介するわね……この子はエスト・ラファン。私の大切な仲間よ」
何の説明もなくいきなり連れて来られて、エストは明らかに戸惑っていた。
「……ローズ、この人は?」
エストにそう言われて――ローズは、はにかむように笑う。
肩まで伸びた赤く長い髪と、褐色の瞳――それと同じくらい真っ赤になったローズは、普通の少女にしか見えなかった。
「カ、カイエ・ラクシエル……魔神を倒して私の命を救ってくれた人で……その……私の一番大切な人よ!」
幾つもの理由が重なって――エストは言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待って……話を整理させてくれないか!」
エストは金色の眉を寄せて、難しい顔をする――金髪碧眼の知的美人は、これ以上ないくらいに戸惑っていた。
「魔神を倒したのはローズじゃなくて……彼だって言うのか? そもそも、彼は……ラクシエルさんは、どうして此処にいるんだ?」
エストの疑問は最もだが――ローズは大切な仲間との再会と、一番大切な人の傍にいるという二つの幸せを噛みして、そんなエストの問い掛けを素通りする。
「そうよ……カイエは私を助けてくれたの。だから……」
まるで自分とカイエしか世界に存在しないかのように――ローズは何の
エストは呆然とするしかなかった。
「そ、そうなんだ……あの、ラクシエルさん? いや……カイエさんと呼んでも構わないか?」
エストにジト目を向けられて、カイエはバツの悪い顔をする。
「別に、呼び捨てでも何でも良いけどさ……」
こいつをどうにかしてくれよ――カイエの無言の要求を、エストはとりあえず棚上げにする。
カイエには悪いと思うが、赤の他人よりもローズの方が気掛かりだった。
「なあ、ローズ……ローズの気持ちも解らなくは無いが……とにかく今は、世界中の人々が心配しているんだ。だから、魔神を倒して勇者ローズが無事なことを伝えるために、まずは聖王国に戻ろう」
「……そうね。きっと、みんな心配してるよね……」
言葉とは裏腹に――ローズは今もカイエの胸に顔を埋めたまま、全く動こうとしなかった。
さすがにエストも呆れて……この状況を作り出した原因の方に、怒りの矛先を向ける。
(カイエ……ローズを
(あのさあ……おまえ、今の状況が解ってないだろう? 俺は何もしてないからな!)
視線だけで交わす二人の会話が、ローズに聞こえる筈もなかったが――
恋する乙女の直感は、彼らの想像を遥かに超えていた。
「あれ……エスト? 今、カイエを呼び捨てにしてなかった?」
乙女モードのローズに冷ややかな視線を向けられて――ちょっと面倒臭いなと、エストは思っていた。
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