第14話 図書室の秘密と委員長
「さあ。寄り道は、これくらいにして。どこから始める?」
ムラサキは廊下に並んだ教室の扉を眺めると、肩をすくめた。そこだけでも十室近くの様々な教室がある。
「ぼくは、この校舎のことは詳しくないから、近くの教室から一つ一つ探すしかなさそいだね」
「よし、そうしよう。しかし、この辺りは教室というより物置だね。案外こんな所に、お宝があるかもしれないよ」
ムラサキはちょっと調子に乗って、手近な扉に手を掛けた。少し力を入れたが、扉はガタガタ言うだけで、びくともしない。ムラサキは、ぼくを見て同意を求めるように言った。
「どうする? 僕は鍵を開けられるけど、閉めることは出来ない。解錠したままっていうのも、まずいだろ」
「そうだね。扉を開けずに、中を調べることは出来ないの?」
「うん、調べられるよ。でも、令はまだ魔法感知を使えないだろ?」
「うん、使えない」
「じゃあ駄目だ。僕だけ分かっても無意味じゃないか」
「そうだね。ぼくの課題だからね。分かった」
「でも、まあ今日は特別、これを使おう」
ムラサキは、制服のポケットから方位磁石にそっくりな物を出して、手の上へ載せた。
「何なの?」
「これはね。魔法を感知する磁石だよ。ほら、針が付いているだろ。これで、近くに魔法の痕跡があれば、針が動いてその場所を示してくれるんだ。どうだい?」
ぼくは、ムラサキの手にした魔法の磁石を面白そうに覗いた。これが本物の方位磁石と言っても、区別が付かない。ただ方位のような表記は、記されていない。どっちを向いていても、針は獲物の方向を示すだけの、単純な物だった。
「ただ唯一の欠点は、針が指す対象が何か全く分からないことなんだ。でも、僕はね。この単純な道具が好きなんだ。この辺りには、魔法使いは滅多に居ないから、遠慮なく使えるよ」
「それって、どう言うこと?」
「ああ。これ、魔法使いにも反応しちゃうんだよ。魔法を使っていればの話だけど。でも、それはそれで役に立つんだ」
魔法磁石の針が、時計のように回り出した。一周二周と回転し、五周目でようやく勢いが無くなって止まりそうになった。針はシーソーみたいに、行ったり来たりして、ときどき動いた。
「こいつはね。あまり遠いと、当てにならないんだ」
ムラサキは、手の中の磁石を確かめると、すぐにポケットへ戻した。それをとても大事そうに扱った。
「どうやら、ここには魔法の手掛かりは無さそうだね」
「残念」
がっかりするぼくに、ムラサキは呆れたような顔を向けた。多少励ますようでもあった。
「はは、世の中そう簡単にはいかないよ。それに、ハジメも言っていたじゃないか難しいって。それから、これはね。どうしても必要なとき以外は、使わないんだ」
ぼくは、了解という意味で大きく肯いた。ぼくとムラサキは、その後も廊下の端から順番に、教室を調べていった。どの教室も煩雑に道具であふれていたから、中へわざわざ入って探索しなければならない場所だった。音楽室に、理科実験室、視聴覚室、使われていない会議室、どの教室も学習机が紛れていれば、見つからないはずはない。が、静まり返ったそれらの教室には、何の手掛かりも発見できなかった。音楽室などは、いつも独特な雰囲気を漂わせていたから、如何にも魔法の掛かった物が、潜んでいそうな場所だった。たくさんの楽器の中に囲まれていると、どこからか不思議な音色が、聞こえてくる気がした。誰も座っていないグランドピアノの鍵盤が、勝手に動いて、ショパンの楽曲を奏でているというのは、よくある話だ。
「ああいうのも、種明かしをされれば、恐怖なんで消し飛ぶだろ」
びくびくするぼくに、ムラサキが気休め程度に勇気付けた。
「そうだといいけどね。どうもこういう場所は、苦手だな」
「ふふふ。でもね。魔法に関わっていると、この程度のことじゃ済まないんだよ」
笑ったムラサキの顔が、過去の苦い経験が甦ったように、急に引きつった。
「さあ、気を取り直して探そう!」
ぼくは、うんと返事して、ムラサキに従った。
それが必然であったみたいに、特別教室を粗方調べ上げたぼくらは、最後に図書室の前にたどり着いた。ぼくはここが思い当たる場所だと、今更ながら確信を得た。そこへ委員会とばったり出会った。委員長とは、ここでよく会う。委員長は分厚い眼鏡を光らせ、ぼくらを歓迎してくれた。
「令、今日はお友達と一緒?」
「同じクラスの先輩だよ。ムラサキで、こっちが委員長」
ムラサキは、初対面のぎこちない挨拶をした。委員長も釣られて、それに倣った。
「どうも」
「あ、はい。どうも。でも、こんな所でどうしたの?」
「図書室を見せてもらいに来たんだ。そこにある机と椅子をだけどね。探しているんだ。委員長も、ここで見たって言ったよね」
ぼくは、委員長も覚えているものだと期待を込めて尋ねた。そうではなかった。
「机と椅子。学生用の? どうだったかな。随分と前のことだからねー」
委員長は頭の後ろを掻きながら、首を傾けた。相変わらず委員長の頭髪は、藪のように伸び放題だ。
「ああ、あれかな。窓際にあった奴ね。はいはい。あんな所に、ぽつんと置いてあるから違和感あったんだ」
委員長は早速向きを変え、先に歩きだした。
「じゃあ、私に付いてきて」
ぼくは置いて行かれる気持ちで、急ぎ足になる。
図書室は電灯を灯しても薄暗く、暗いときの廊下の方が明るく思える。背の高い本棚が並んだ所は、日暮れの迷路だった。ぼくは、静に教わった魔法の呪文を、こっそり唱えた。
「隠れし者を見破れ!」
たちまち目の前が歪んで、奇妙な景色が現れた。委員長は、その間に本棚に占領された、窮屈な図書室の中を一回りしてきた。
「ごめん、あると思ったんだけど。もうここには無いみたい。誰か持って行っちゃったのかな」
「僕らも探していいかな?」
「あっ、どうぞ。狭いから気を付けてね」
ムラサキは、はいと答えて、すぐに本棚の間に姿が見えなくなった。ぼくは不安な足取りで、歪んだ図書室を歩く。本棚には、さっき見えなかった物たちが、数えるほど多く現れている。そこには、背表紙の傷んだ本もたくさん見える。ぼくを覗くように、気味の悪い縫いぐるみも置かれている。そのどれもが、ぼくが通るときを見計らって、驚かすみたい動いた。
ぼくはびくびくしながらも、木製の事務机がある所までたどり着いた。ふーと胸をなで下ろす。辺りを見回す余裕ができた。机の天板から、桃色に発光した水仙にそっくりな花が生えていることに、驚かされた。その花びらの中で電球みたいに光って、机の上にひっそりと淡い光を落としていた。
「この机に座るとね。ちょっと悲しい気分になるの」
桃色の花に見惚れているうちに委員長が、ぼくの背後に立っていた。委員長はぼくの視線を認めると、少し感傷的に机を見下ろした。委員長の指が、机上に咲いた花の輪郭に沿って動く。やっぱり委員長も、この不思議な花が見えるようだ。しかし、二葉も三郎丸も、委員長は魔法使いではないと否定した。それはそれで、少し残念だった。と同時に、ほっとした。ぼくには、魔法使いではない普通の人との関わりが、皆無に等しかったからだ。特別な環境に置かれると、そういう存在がとても貴重に思える。それが、ぼくがあんなに嫌っていた奴らですら、懐かしさを感じるときがあるのが不思議だった。
さっきまで姿が見えなかったムラサキが、急にぼくを呼び寄せた。図書室の隅で秘密話をするふうに、暗い顔に眉を寄せて、ムラサキは口を開いた。
「確かに魔力は感じられる。不思議だね。この部屋には、魔法の物がたくさん詰まっている。どうしてこんな事になったか、分からないけどね。僕の力じゃ、それを一つ一つ区別することは不可能だ」
ムラサキは諦めたように言って、ぼくの顔を窺った。
「どう? 令には、何か見えた?」
ぼくは、小さく首を振った。目の前の不思議な景色を、このままにしておきたかったからだ。
「あっ、ここに居た」
委員長が捜したような顔で、本棚の間から現れた。
「どう? 見つからなかったでしょ」
ぼくは、委員長に肯いた。がっかりした気分でもなかった。目的は達成できなかったのに、何か別の掛け替えのない物を探し当てた満足感を得ていた。それは、どこか秘密めいた物だった。
「ごめんね。お役に立てなくて。知らないうちに、誰かが持って行ったみたいだね」
「ううん。ここに無いって分かっただけでも、助かったよ」
ぼくとムラサキは委員長にお礼を言って、図書室を後にした。
「委員長って、ちょっと不思議だよね」
ムラサキが言った。
「えっ! どこが?」
「うー、魔法使いでもないのにね。魔法の側に、ずっと居るんだ。委員長は、魔法に好かれているんだね」
「そんな事ってあるの?」
「令も見たんだろ。あそこが妙な物で満たされている様子をね。あんなの普通じゃあ、有り得ないんだ。この学校を一日中歩き回ったとしても、あんな場所は見つからないだろ」
結局、魔法の掛かった机と椅子の所在は分からなかった。折角ムラサキに付き合ってもらったのに、骨折り損に終わってしまった。それでも、委員長や図書室の秘密に出会うことが出来たのは、魔法初心者のぼくに取って、大きな収穫があった。ムラサキも委員長も力になれなくて、ごめんと謝ったが、本当はそうではなかったのだ。
尖塔の教室に戻ると、ハジメが待っていた。それが仕事のような顔で、ぼくにお帰りと言った。ハジメは、ぼくにどこに行っていたかは尋ねず、言い忘れたことだけ伝えた。
「この学校の外で、魔法を使ってはいけないよ。令が使える魔法は、二つしかないけどね。もし誰かに見つかれば厄介だ。特に魔法使いにね。令は、まだ自分の身を守る術は、持ち合わせていないだろ。下手をすれば、命を狙われる危険もあるんだ。これは脅しじゃないよ。そうだ。念のために、これを渡しておこう。もし知らない魔法使いに出会ったら、これを見せなさい。でも、行き成り見せちゃ駄目だよ。こっちが完全に魔法使いだと悟られ、交戦を挑まれるときまで待つんだ。それまでは、普通の生徒を装っていればいい。余程のことがない限り、手出しはしないはずだ」
ハジメは、ぼくに一枚の紙切れを渡した。大きな切符のような物だった。表には古代文字に似た模様が印字されていて、中央に金の印章が厳かに押されていた。それも、どこか魔法陣に似ていた。いつもは穏やかなハジメの表情が、その日に限って険しく感じられ、ぼくを不安にさせる。ハジメは話が終わると、いつもの屈託のない少年に戻っていた。そして、先生でもあった。
「それで、机と椅子は見つかったのかい?」
「それが、なかなか上手くいかなくて」
「まあ。案外、向こうの方から近寄ってくるかもしれないね」
苦笑するぼくに、ハジメは優しく微笑んで、遅くならないように帰りなさいと告げると、教室を出て行った。何だかハジメには、さっきまでの探索も図書室の秘密も、全てお見通しだったように思える。尖塔の教室は、ぼく一人になった。ムラサキはここへ上がってくる前に、用があると断って別れてきたのだ。
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