第31話 黒マントと老人

 新しい拠点の廃校までは、あと幾キロもなかった。そこに来て、近くで魔法使い同士の戦闘が起きていると、静が知らせた。それは、もう避けられないことだ。仲間の魔法使いが、どうにか敵の侵攻を足止めしようと抵抗し続けている。先ほどの敵の追撃でボロボロになった蜘蛛は、日暮れの早い山間の込み入った町並みを、何とか隠れながら走行した。既に蜘蛛の車体は、限界に近かった。いつ壊れてもおかしくない状況だった。静が、険しい顔を上げて叫んだ。

「見つけた。すぐそこに敵の先頭が来てる。今、味方と交戦中!」

「小競り合いか! 何とか間に合ったようだな。よーし、俺たちはここで援護に付く。ムラサキ、ここで止めてくれ」

 三郎丸は言って蜘蛛の背中から節足へ、飛び石くらいに伝わると、危なげなく地面に着地した。その後、蜘蛛はゆっくりと停止した。古びた家屋や、くすんだ個人ビルの建った路地に、怪しげな人影が生け垣ほどに群がって見えた。見方の魔法使いが数人、敵を待ち構えていた。が、その先の景色へ注意を移せば、こちらとは明らか違う敵影が、あちこちで徘徊していた。

「くそっ! そこら中、敵だらけじゃないか」

 三郎丸は、忌々しくその秀でた眉をひそめた。舗道の数十メートル先では、三つ角を挟んで、数人の黒マントが頻繁に現れたり、突然消えたりしていた。ときおり雷鳴に似た轟きと、激しい閃光も起こった。が、それは断続的で、大きな争いに発展する気色はなかった。

 すると、急に黒マント一人が、慌ただしく三つ角から戻ってきた。そればかりか待機していた味方の集団に、思わぬ動揺まで伝わった。間もなく黒マントは、そこに居た全ての魔法使いを連れ立って、三つ角まで前進した。

「何があった? どうした、静!」

 静の急変に驚いて、三郎丸が大声を上げた。静は、頭のヘッドホンを両手で押さえ、蒼白な顔を辛そうに歪めていた。

「耳が痛い! こんな恐ろしい魔力、遭ったことない」

「敵か、味方か?」

「恐らく敵、味方が戦ってる。駄目だ。全く歯が立たない!」

「お前らは、蜘蛛とここで待機だ! ムラサキ、もし何かあったら、お前らだけで学校へ向かってくれ! 俺はちょっと様子を見てくる」

「それじゃあ、私も行くわ。強敵なら、援護が必要でしょ。令も一緒に付いてきて頂戴!」

「えっ、ぼくが?」

「つべこべ言わない」

「うん、分かった」

 ぼくは、強引に蜘蛛から降ろされ、三郎丸と二葉の後に続いた。三つ角にたどり着いたぼくらは、そこで恐ろしい光景に出会った。ぼくらは、安全な距離で家屋の陰に隠れながら、鋭角なビルが作る三つ角の戦況を認めていた。

 そのビルの壁へ、大柄の人影が弾かれて現れた。激しい音と共に吹き飛ばされたのは、黒の学生服に黒マント、校章の入った学生帽を目深に被った、魔法学科一組の武藤だった。

「武藤じゃないか!」

 三郎丸は、一瞬目を疑った。魔法使いの生徒の中でも、特に優れた戦闘力を誇る武藤が、ああも容易くやたれるとは思えなかったのだ。

 武藤の魔法は、その無骨な風貌に似合わず、繊細で素早いのが特徴的だった。魔法の発動を悟らせず、敵の不意を突いて確実に仕留めこと、敵に攻撃の隙を与えないことに掛けては、彼より秀でた者は数えるほどしか居なかった。が、三郎丸はそれ以上に、そこに居た男の存在に驚愕した。明らかにその男が、この緊迫した状況を作り上げていた。武藤の他にも、一組の精鋭が揃っていた。手練れの大人の魔法使いも戦闘に加わっていた。が、その男、江本とは桁違いの差があった。

 江本は背が高く筋肉質なため、痩せてはいたが、かえってがっちりした印象だった。白のYシャツに黒スーツのズボン、先の尖った黒革靴、どこにでも居そうな風貌の中に、他とは一線を画する異質な雰囲気が漂っていた。それは、ウァンパイアを彷彿させる、邪悪さと残虐さのようなものだった。

 そういう畏怖を漂わすのには、江本が身に着けた暗闇に似た黒マントのためだけではなかった。が、またそのマントを巧みに操る姿は、まさにウァンパイアそのものに等しかった。

 江本は、武藤を含む複数の魔法使いを前にしても、悠々と歩みを進めた。カツカツと路面を踏む彼の足音は、わずかな躊躇いも感じられなく、辺りへ冷血に響いた。武藤たちと味方の魔法使いが数人掛かりで繰り出す魔法も、江本がマントを翻すたびに、煙のように姿が見えなくなっては、狙いを付けることも出来ない。そうして、彼らの前に突如として出現し、マントを振って払い除けた。

 武藤たちは、突風に吹き飛ばされた格好で、体が木の葉ほどに宙を舞って退けられた。硬い壁や塀に、体を激しくぶつけた。武藤や何人かの魔法使いは、口から血を吐いて、苦しそうに歯を食いしばっていた。

「あいつ単純に消えてる訳じゃないな。存在自体を消しているんだ。でも武藤たちもそれに気付いているぞ!」

 三郎丸が、江本の一挙手一投足を見逃すまいと、目を凝らしていた。ぼくは、とても男の動きに付いていけなかった。

 武藤たちも、ただ無抵抗にやられていただけではなかった。江本がまた黒マントを翻した途端、攻撃を食らった颯人の体が、呆気なく崩れ落ちた。が、その体は崩れ落ちると同時に、無数のビー玉に変わっていた。ジャラジャラと賑やかな音をさせ、辺り一面にビー玉が散乱した。江本は存在を消しても、靴だけは消すことが出来ない。それが、この魔法の宿命なのだ。それでも、江本は構わず颯爽と歩き続けた。彼の行く手を遮るものは、全て蹴散らすという勢いがあった。

「おい、ビー玉になったぞ! 何だよ。あいつ、ビー玉を踏み付けやがった! 隙がないな」

 三郎丸がさも憎らしそうに叫んだ。二葉は顔を機敏に振って、髪の毛の先で頬を撫でると、真面目にぼくへ言った。

「令も、あれ真似すればいいじゃない。出来るでしょ?」

「無理だよ。あんなに素早く操れないよ」

「はは。あそこまで来ると、芸術の域だな」

 三郎丸が視線は江本のまま、口元だけ苦々しく曲げた。

 ビー玉の作戦に失敗した、武藤たちと味方の魔法使いは、それでも引き下がらなかった。今度は江本の靴に狙いを絞って、電光石火の如く攻撃を仕掛けた。

 武藤は、背中のマントを旗のように振り回し、地面すれすれに滑らしながら、一瞬で江本の足元を狙った。が、武藤が際疾い攻撃を行えば行うほど、その反撃は過酷なものになっていた。再び武藤が吹き飛ばされた。強烈に背中を打ち付け、立ち上がることも出来ない。武藤は思わず苦痛に、あるいは無力な自分への苛立ちに顔を歪めた。

「ふん! 足を狙ってくるとは、的外れもいいところだ」

 江本は低い声で嘲笑うと、蝙蝠が翼を広げるみたいに、マントをはためかせた。その瞬間に、無数の革靴が降ってきて、攻撃の構えの魔法使いの頭に当った。靴だらけの路面を見て困惑する魔法使いに、容赦なく江本はマントを翻した。三郎丸は五人が飛ばされるのを見て、震える拳を手の中へ打ち付けた。黙って見ていられないと、奥歯をキリキリと噛み締めた。

「助けに入る!」

「止めなさいよ。敵う相手じゃないでしょ」

 二葉は冷たく三郎丸を制した。が、三郎丸は諦めるつもりはなかった。言い訳するように答えた。

「いや、この神殺しの使い所が見つかったんだ。試さないわけにはいかないだろ! 二葉は手を出すなよ。援護を頼む」

「言われなくても、あんな奴の相手は御免よ。服が幾つあっても足りないわ」

 三郎丸は頬は引きつったまま、口元をわずかに綻ばせ、ゆっくりと前に出た。江本に悟られないよう、三郎丸は靴の裏を覗く格好で、踵を白の運動靴から外すと、思い切ってそれを蹴り飛ばした。

 江本は思わぬ攻撃に、すぐにマントを構えたが、飛んで来たのが靴だと分かると、見透かしたように動かなかった。三郎丸の靴は弧を描いて、江本から少し逸れると道路に転がった。が、落ちてきたときには、靴の数は数十個になっていた。それが、ウサギみたいに飛び跳ね、江本の降らした革靴をあっちこっちに蹴り飛ばして消えた。三郎丸の靴は、彼の足に戻っていた。

 江本は、すぐに三郎丸の仕業だと見抜いた。江本の姿が消えると、三郎丸に向かって飛んで来たのは先の尖った革靴だった。子供と分かっていも、江本は冷血なまでに三郎丸へ襲ってきた。江本の一撃は、三郎丸の体を完全に捉えた。緑のジャージを、江本の筋肉質な右腕が貫いていた。それでも顔色を変えたのは、江本の方だ。江本は三郎丸から腕を抜くと、素早くマントの中へ隠した。忌々しそうに顔をしかめ、マントを翻して鳴らせた。

「無敵と遊んでいるほど、私は暇ではない!」

 江本は、三郎丸を軽々と蹴り飛ばした。三郎丸は攻撃は受けてはいない。魔法で弾かれたのだ。三郎丸が飛ばされ、離れたところへ、江本は透かさずどす黒い魔法の弾丸を飛ばしてきた。拳銃で撃ち込んだくらいの瞬間だった。飛ばされて倒れ込んだ三郎は、間に合わなかった。そこを二葉が服を飛ばし、辛うじて三郎丸の助けに入った。三郎丸はセーラー服の袖を掴んで、転ぶように逃げて来たのが、いつの間にか二葉の柔らかい手を強く握っていた。三郎丸は慌てて手を離し、顔を赤くした。

「す、済まない。悪かった」

「助けに行った方が、助けられたんじゃ、意味ないじゃない!」

 二葉は眉を吊り上げたが、安心したように表情を和らげた。三郎丸も釣られて白い歯を見せた。

「違いねえ、はは」

 ぼくは、江本の急速な接近に気付かなかった。眼前に現れた江本に、ぼくは恐怖で息を詰まらせた。やられると思った瞬間、江本の手が不意に止まった。むっと不快感を露わにして、江本の目付きが変わった。あれほど、無表情だった江本の顔が、明らかに狼狽えていた。

「お前、なぜ零の魔法を使える。答えろ!」

 江本は怪訝そうにぼくを睨むなり、低く唸った。当惑するぼくに痺れを切らしてか、江本が刹那に指先からちいさな稲妻を飛ばした。静電気くらいに、わずかに右腕が痛んだ。

「いや待て。これは、零のカウンターではないな。しかし、この感覚は間違えるはずがない。もしやお前、呪いに触れたな。愚か者め! だが、見たところ。何の代償も被っていないようだが。ふふ、運だけはいい奴だ。だが運だけでは、この世界生きていけないことを知れ!」

 江本は先ほどとは、桁違いの魔力を放った。江本の拳が、黒く光ったようにそこに暗黒が現れた。そうして、ぼくを殴り付けた。その時、二葉の悲鳴を耳にした。三郎丸の叫び声も聞いた気がした。ぼくの体は、一瞬にして消滅した。靴だけを残していた。その靴が、怯えたように転がって逃げ出した。江本は、ふんと愉快そうに鼻を鳴らした。

「小癪な真似をしやがる。どうやら運だけではなさそうだな。まあ、よい。精々悪足掻きすることだな」

 三郎丸と二葉は、江本から随分と距離を取っていた。

「おい、令。大丈夫だったか!」

「ちょっと、もう心臓止まるかと思ったわよ」

 三郎丸と二葉は、不自然に転がってきた、一足の運動靴を見下ろして言った。二人とも絶望の後みたいに、真っ青な顔をしていた。ぼくは、咄嗟に江本と同じ存在を消す魔法を使っていたのだ。が、ぼくが無事で居られたのには、他にも幸運な偶然が起こったからだった。

 ぼくらは結果的に、そう言う意図は最初から無かったとしても、その老人に助けられた。老人は品のある燕尾服を着ていた。江本が長身で痩せ型だったため、老人が余計に小さく感じられた。老人が常軌を逸していたことは、その周りを仮面を付けた、跳び子と呼ばれる少女が、常に飛び跳ねながら舞っていたことからも想像できた。少女は仮面の下に白粉を塗って、赤い数本の線で化粧をしていた。そこに血の通った物は、何一つ感じられなかった。老人は物陰から出現したくらいに、いつの間にか江本の側に立っていた。

「江本、こんな所で何を遊んでおる。こんな事は、下の者に任せればいい。早く戻れ!」

「はっ!」

 あの何者にも屈しない、畏怖を漂わせていた江本が、恭しくその老人に頭を下げた。これには、三郎丸の顔も戦慄を帯びていた。

「うひょー! やばそうなのが出てきたな。こりゃ、どう見ても俺らの手に負えそうにない」

 三郎丸が頬をわずかに痙攣させながら、声を裏返らせた。三郎丸は一旦下がろうと言い掛け、言葉を切った。

「おっと、待った。どうやら、向こうの方から退散してくれそうだな」

「あれって、まさか!」

 二葉は、老人を食い入るよう眼差しで追っていた。その黒い瞳が小さく光った。

「恐らくお偉いさんだな」

「お偉いさんって、何なの?」

 ぼくは、暢気に三郎丸へ尋ねた。

「ああ、魔法使いの幹部だよ」

「どうして、あんな奴がこんな場所にまで、のこのこ顔を見せに来るのかしら。だって、ここって向こうからすれば、敵地の真っ直中でしょ」

「さあな。でも、散歩に来たってわけでもなさそうだしな。嫌な予感しかしないな。やれやれ」

 三郎丸は、得体の知れない老人を凝視したまま、低い声で二葉に返した。が、江本と老人が居なくなるのを認めると、勢いを付けて振り返った。

「よし、俺たちも学校まで戻るぞ! ムラサキたちを待たしているからな。心配しているだろ」

 二葉とぼくは黙って、三郎丸に従った。そこから、学校までは急いで十分と掛からなかった。

 四つ辻の呪われたカーブミラーを通り過ぎると、学校まではほんの目と鼻の先だった。ぼくは時間を惜しむように、校舎を見上げた。背の高い尖塔が、夕焼けの空に黒く不穏に佇んで見えた。

 ぼくらは校門を前にして、学校の様子は豹変した。見えない所で、恐ろしい轟きが湧き起こった。空は赤く染まり、ときおり幾筋もの流れ星が落ちてきた。家の屋根や、学校のコンクリート塀の上にまで、マント姿が飛び交った。ぼくらを乗せた蜘蛛は、学校に到着するのと同時に、あちこちが分解して動かなくなってしまった。

「ムラサキ、気持ちは分かるが、今は落ち込んでいる場合じゃないぞ!」

 蜘蛛の頭から降りようとしないムラサキに、三郎丸が大声で怒鳴った。ムラサキは顔を伏せたまま、くぐもった声で何か叫んだが、ぼくにはよく聞き取れなかった。みんな気の毒そうに、ムラサキを一度顧みて、諦めたように歩き出した。ここでグズグズしている場合ではないのは、周りの張り詰めた状況からも明らかだった。

 薄暗い校門の中で、十数人の人影が集まっていた。そこで忙しくない人を、探すのは難しかった。どの顔も疲労にまみれていた。重い鞄や、大きなリュックを背負った大人も居た。額に汗して魔法を詠唱する姿も見えた。黒マントが多かったが、作業服の大人や学生服の生徒も少なくなかった。

 ぼくらが校門をくぐると、昇降口までの薄暗い中で、大人の魔法使いに交じって、子供の小さな影が見えた。

「降伏するとは、どう言うことだ。我々はまだ十分に戦える!」

 黒マントのただならぬ声が響いた。ハジメはぼくらが来たのを認めて、慌ただしく駆け寄ってきた。

「みんな、無事で何よりだ」

 ハジメは、ぼくらを懐かしむように迎えてくれた。ぼくらはいつもと変わらないハジメを見て、ようやく安心した。ムラサキだけが、少し暗い気持ちでいた。

「蜘蛛が壊れてしまったんだね。でも、よくここまで、みんなを運んでくれた。ムラサキ、君のお陰だ。そんな悲しい顔をしないでくれ。蜘蛛は、十分働いてくれたんだ。ゆっくり休ませて上げよう」

 ハジメの慰めに、ムラサキは黙って頷いた。ぼくらを乗せてきた蜘蛛型垂直歩行機は、ここへ到着すると、胴体を倒して動かなくなったのだ。

 ハジメはすぐに気を取り直し、ぼくらに向いた。少年が表情を強張らせた。

「帰って早々悪いんだけど、もう時間が差し迫っている。二人はこっちで話そう。令たちは少し外してくれ」

 ハジメは二葉と三郎丸を呼ぶと、三人で密かに話し始めた。二人の顔は、常に暗かった。ぼくをときどきちらりと観察した。――


「どうやら敵の本当の目的は、神殺し狩りらしい。僕らをこの学校から追放するように迫ったようだ」

 大人くらいに険しい顔の少年が、三郎丸を見上げた。三郎丸はハジメの言葉を聞く間にも、常に辺りへ油断のない視線を配っていた。ときどきどこかで激しい雷鳴が起こった。

「ある程度、予想はしていたが。まさか神殺し狩りとはね。すると、俺たちを狙ってくるのか。だが、どうする? 今時、玉砕覚悟で戦うというのも流行らないだろう」

「うむ。まだ各所で戦っている生徒もいる。だが、僕は関係のない生徒たちには、すぐにでも降伏することを勧めるよ。これ以上、戦っても犠牲を増やすだけだからね。奴らも降伏する相手まで、無残に扱うことはするまい」

「他に手は無いの?」

 二葉が甲高い声で割り込んだ。ハジメは二葉の瞳に映る小さな揺れる光を覗いて、暗い顔を横に振った。

「残念だけどね。負傷している者も大勢居るんだ。既に敗北は見えているからね」

 三郎丸は、ハジメの考えに納得したように唸った。

「うーん。確かに悔しいが、みんなのためを思うと、その方がいいかもしれないな」

 ハジメは二人と話が終わると、ぼくたちの所へ急いで戻って来た。それから、これからの事を手短に話した。主に敵に降伏すること、神殺し狩りのことだ。ハジメたちと一部の仲間は、敵から逃れる必要があることを、最後にハジメは伝えた。

「君たちとは、ここでお別れだ。直に神殺し狩りが始まる。僕らは、追われる身になるからね」

「どうして?」

 静は納得できない様子で、泣きだしそうなくらい体を震わせた。一緒に行きたいと主張した。

「いいかね。それは、とても危険なことなんだ。悪いが、君たちの実力では、とても務まらない。無駄に命を落とすかもしれないんだ。静、分かって欲しい」

 静は、ハジメの少年のように澄んだ瞳を見ると、俯いてしまった。

「さあ、敵はそこまで迫っている。時間がないんだ。君たちも手伝ってくれ。僕らには、今出来ることを精一杯やるしか無いんだからね」

 その時、三人の会話を遮って、薄暗い中で誰かが叫んだ。声は震えていた。

「火事だ、火事だ! 町中に火の手が上がっているぞ!」

 夜景に変わり掛けの細々としたビルや家屋の密集した町の景色に、もうもうと黒い煙が立ち上っていた。ハジメが静かに告げた。

「どうやら始まったようだな」

「何なの?」

 二葉はスカートの裾を揺らして、背伸びするように町の景色を見詰めた。ハジメも同様にしているが、体が小さい分、二葉のようには上手く行かなかった。ハジメは、すぐに魔法で体を浮かせた。足元に石の踏み台が現れた。

「あれは、火事じゃない。魔力の煙だね」

「しかし、あんな物は見たことがないぞ」

 三郎丸は町の恐ろしい様相を前にして、困惑した目を見開いた。ハジメは石の上に立って、災害のような景色から目を逸らさなかった。が、その恐ろしい景色を見ることが出来るのは、魔法使いだけだった。

「まあ、そう滅多に見られるもんではないからね。恐らく残留した魔力が多い、この土地特有の現象なんだろうが。どうやら、あれが現れたようだね」

「あれ?」

「あれだな!」

 二葉に答えた三郎丸も、その異常な光景に、足下の地面が無くなったような恐怖を覚え、ピクリとも動くことが出来なかった。

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