第28話 鎧武者と三郎丸

 ぼくは放課後、病院を訪ねる代わりに、あの書店へ足を運んでみた。さくらが現れないことを承知で、店内を隈無く捜す。そうして、がっかりして店を出た。店先の三十分まで無料駐輪場には、いつも自転車が並んでいた。

 ぼくは、突然の静の声に躊躇った。その声からは、緊迫した空気が伝わった。静の魔法通信は、もっぱら敵との交戦中に使われるからだ。

「令、聞こえる。今どこに居るの?」

「駅前の書店を出たところ」

「二葉たちが、敵に足止めされている。学校が狙われているの」

「そ、そんな!」

「令は一旦駅まで戻って、そこから学校に向かって。途中で二葉たちに合流できるはずえ」

「分かった。すぐに向かう!」

 静の魔法通信が終わると、ぼくは全力で走りだした。ぼくの慌て振りに、何人かの通行人が不審そうな顔を向けた。街の通りには、既に夜の帳が下り始めていた。あれほどの強さを誇っている二葉たちが、苦戦を強いられているとは信じられなかった。その上、学校まで狙っていると言う。ぼくは走りながら、息を弾ませた。ぼくが戦闘に加わっても、戦況に大きな影響を与えるとは思えない。それでも、とにかく二葉や三郎丸が居る場所へ、ぼくは急いだ。――

 敵の黒マントの老人は、鋭く眉を寄せながら、一息に長い呪文を唱えると、ようやく表情を緩めた。それでも、幾本も皺の刻まれた額には、冷たい汗がにじみ出たいた。老人のひび割れた口元は、苦笑を浮かべていた。

「二十体ばかり出させてもらいます」

「おいおい、行き成り二十体かよ。久し振りに骨のある奴を見つけたからと言って、じいさん張り切り過ぎじゃないか!」

 老人の側に立っていた、魔法使いというよりは、究竟の戦士といった出で立ちの大きな女が、からかうように笑った。

「いえいえ。この程度は揃えておかないと、神殺しには、まるで歯が立ちません」

「やれやれ、今回は私の出番は無さそうだね」

 戦士のような女は、すねたように言った。老人が即座に答えた。

「いえいえ。あんなには、お嬢さんの相手をお願いします。ああも身軽に立ち回られたのでは、数の利を生かせませんからな」

「そう来なくっちゃ! この間の借りは、きっちり返させてもらわないとね」

 戦士のような女は、拳を手のひらに打って軽快な音を鳴らした。それとは反対に、黒マントの一人が落ち着いた声で、戦士のような女をたしなめた。

「あまりはしゃぐな。我々の目的は、あくまで敵の足止めだということを忘れるな!」

「はいはい、そんな事一々言われなくても分かっているよ。――おやおや。何だい、じいさん。侍を出すのかね。私の出番は、本当にあるのかい?」

「敵を侮ってはいけません。これぐらいことはしないと、どうにもならないでしょう。それにどうせやるなら、勝つつもりで挑みませんと、折角の戦力も無駄になりますからな」

「じいさん、やる気満々だね。はああ、こっちはすっかり気分が冷めちまったよ」

 戦士のような女は、腕組みして眼前に現れたばかりの巨大な怪物を眺めた。彼らは四五階建てのビルの屋上に立っていたが、その遥か上に怪物の頭があった。どの怪物も武者鎧に身を固め、腰には大きな日本刀を差していた。それが石像のようにじっと動かず、黙って立っていた。

「そう言わずにお願いします。此奴を出したのには、カウンターに備えたまでのことですから。侍の強靱な刀なら、反撃もしのげましょう」

「ほんとかねー。まあ、そう言うことにしておこう」

「はい、済みません」

 黒マントの老人は、静かに戦士のような女に言った。それは、どこか底知れぬ響きがあった。――

 静の魔法通信があった少し前に、二葉たちは思わぬ敵の襲撃を受けていた。二人は街に出現した他愛もない怪物を排除し、任務を終えたところだった。そこへムラサキの連絡で、二人に急いで学校に戻るよう伝えられた。敵影が学校付近で、目撃されたというのだ。敵は、既に町の中に紛れ込んでいた。

「戻るわよ!」

 二葉の掛け声に、三郎丸が心地よく答えた。老朽したビルの建ち並ぶ、薄汚れたその通りからは、直線で学校へ向かうのが一番早かった。三郎丸が先行し、通りを走り始めた。二葉は周囲を警戒しつつ、高所へ上って姿を隠した。陰気な路地を抜けようと、車も通らない十字路に差し掛かった所で、三郎丸は思わぬ襲撃を食らった。ビルの陰から、突如として出現した巨体が、彼の進路を完全に塞いでいた。三郎丸は怪物の醜悪な脂肪の塊に、勢い余って飛び込んだ。三郎丸が体勢を崩した隙を狙って、強烈な拳が振り下ろされた。上半身だけでも、ビルの五階に相当する巨体が、渾身の力を込めた拳骨だった。辺り一面に、戦慄が走るほどの激しい衝撃が起こった。

 三郎丸は衝撃の反動を利用して、一瞬早く怪物の頭上へ回避していた。

「二葉のようには、上手くいかないな」

 一時は怪物の攻撃をかわしたものの、二の手は防ぎようがなかった。三郎丸は撃ち落とされた鳥のように、真っ逆様に地面へ向かって落下した。そこへ怪物が獰猛に掴み掛かろうと、鉄筋の柱のような太い腕を伸ばしてきた。三郎丸の体は、辛うじて怪物の巨大な指の間をすり抜け、地面まで到達した。激しくアスファルトの上に、背中を打ち付けた。それでも、三郎丸の体は何ともなく、むしろ破壊を受けたのは地面の方だった。三郎丸の背中の形だけ、アスファルトの地面が窪みを作っていた。三郎丸は不格好にも、転がりながら立ち上がった。その時には、怪物の三の手が彼に襲い掛かっていた。

 が、打ち下ろしたはずの怪物の拳が届かない。三郎丸は、今度も危なげに怪物の攻撃をかわした。ここまで来ると、それは偶然ではないことは明白だった。怪物の動きが一瞬止まった。それは、怪物を操る者の疑念でもあった。三郎丸はその一瞬を逃さず、呪文を唱えた。

「この地を我が領地とする、黒雲の結界を生じよう!」

 直径二メートルほどの、黒い球体が出現した。その中で黒雲が渦を巻いている。そこへ怪物の腕が球体を避けて、三郎丸を捕らえようした。が、怪物は既に自滅するしかなかった。避けたはずの巨大な腕が、避けられないほどに伸びていた。その伸びた腕の先に、三郎丸が仕掛けた強力な魔法が待ち構えていた。黒い球体に怪物の腕が触れると、強烈にその中へ引き寄せられた。怪物は必死に腕を引っ込めようとするが、そうすればそうするほど怪物の腕が伸びて、魔法の範囲から抜け出せなかった。黒い球体からは時折、鉄が軋むような恐ろしい音が湧き起こった。怪物はその度に、巨体を大きくよじらせた。

「その神殺し、強そうに見えないわね」

 二葉の声が、中空から十字路へ向かって木霊した。道角に建った寂れたビルの屋上に、二葉の小さな顔が見えた。怪物の顔には、雀蜂の巣に似たおぞましいこぶがくっ付いていたが、体は脂肪で肥大した、肉体の形で土色だった。これが立ち上がれば、巨人という様相だ。が、体が大き過ぎてあまり立ち上がるのは得意と見えない。怪物は獣のように手足を使って、十字路へ入り込もうとした。その途端に、足がもつれてひっくり返った。

「強いかどうかは、使い方次第だろ!」

「そう言う意味じゃなく、潜在的な破壊力のことよ」

「ああ。それを言われれば、返す言葉も無いんだがな。二葉、後ろだ!」

 三郎丸はビルを見上げて、短く叫んだ。二葉がさっきまで顔を出していた所を、巨大な鬼の棍棒が薙ぎ払った。

「おやおや、後ろにでも目が付いているのかね」

 戦士のような大柄の女が、野球のバットを振り切った格好で、二メートルはあろう大きな根棒を担いで立っていた。二葉は十字路を跳び越え、向かいのビルに腰を屈めて現れた。二葉の甲高い声が、屋上で聞こえた。

「またおばさん!」

「お、おばさん!」

 戦士のような女は、険のある声で叫んで、日焼けした頬をぴくりと引きつらせた。

「悲しいね。おばさんだなんて、言われて喜ぶ奴がどこに居るんだい。まあ、おばさんに違いはないけどね。それでもショックだよ! 特にあんたらみたいな、若い娘に言われたかないね」

 戦士のような女は、ちょっと眼下を見下ろし不機嫌に怒鳴った。巨大な怪物は、三郎丸の作った魔法の球体にまだ腕を囚われ、思うように動けなかった。

「いつまで遊んでいるんだい」

「あら、よそ見なんかしてていいのかしら」

 風に飛ばされたセーラー服が、戦士のような女の前に、気付く間も与えず迫ってきた。女は忌々しそうに、それを手で払い除けた。そこを狙って女のがら空きになった脇腹へ、セーラー服姿の二葉が蹴りを入れた。戦士のような女は、その攻撃をある程度予測していたと見え、危ういところで棍棒の握り手を脇の方へ倒して、致命傷は免れた。

「生意気なことするじゃないか!」

 戦士のような女は、苦痛に片目をつぶった。が、苦笑いを見せたときには、巨大な棍棒を軽々と振り回していた。棍棒が風を切る不気味な音がした。

「ちょこまかと動くんじゃないよ」

「当たるまで待っていたら、日が暮れるわよ」

「生意気言ってられるのは、今のうちだけだよ」

「それ、さっきも聞いたけど。全然進歩がないわね」

「じゃあ、これならどうだい逃しゃしないよ」

「ちょっと、町まで破壊しないでよ」

「おばさんはね。力が有り余って、手加減が出来ないのよね。いいかい。次は外さないよ」

「あらま、外さないんじゃなかったかしら」

「こ、こいつ! 私の獲物を踏み付けるなんて、後悔するよ!」

「わあああ! 棍棒が勝手に動いた」

「ははは、こいつはね。私の体も同然なのさ。手に触れなくても、どうとでも操れるんだよ! そこだ。もらった!」

「へへん、どこ狙っているの?」

「畜生! こんな小娘に手こずるなんて、私も年季が回ってね」

「おい、はしゃぎ過ぎだぞ!」

 不意に出現した、巨大な鎧武者の肩には、黒マントが乗っていた。鎧武者は、ビルの向こうに十体が亡霊のように佇んで見えた。

「おいおい、何とも強そうな奴が出てきたじゃないか。しかも多いぞ!」

 三郎丸が雀蜂の巣のような、怪物の頭を全力で殴り付け、あっさりと倒してしまった。倒れ込む巨体の向こうに、禍々しい赤錆色の鎧武者が立ちはだかっていた。三郎丸の頭上で、二葉の透き通った声がした。

「これが、本命なのね! 今までとは、まるで雰囲気が違うわ」

「いよいよ敵も本気を出してきたってことだろ」

「仕方ないわ。こうなったら、もうなり振り構わずやるしかないわね」

 鎧武者が、行き成り猛然と走り出した。これだけの巨体にも拘わらず、疾風の如く静に迫ってくる。

「だが、こんな狭い所では、数も大きさも生かせない!」

 三郎丸は、先頭の斬撃を危なげにかわした。彼の傍らに殺気を帯びた刃先が閃き、アスファルトの地面を鋭く切り裂いた。後ろは先頭の巨体に塞がれ、前には出れない。ところが、先頭の鎧武者の体をすり抜け、二番手の刀が三郎丸に襲い掛かった。

「こいつら、実体がないのか?」

 強烈な斬撃は、先ほど以上だった。先頭の幅ほど、踏み込みを入れその巨体ごと斬ってきた。本来なら邪魔となる先頭の巨体は、まるで幻か霧のように、全く二番手の刀と干渉せず、刃が貫通してきた。三郎丸は全く動けず、刃が迫るのを待つしかなかった。

「ふふふ、気付いたときには既に遅い!」

 そこから離れた別の鎧武者に乗って、傍観していた黒マントが、砂の鳴くような静かな声で笑った。

 ところが、一見三郎丸の体を貫いて見える刀は、彼の体に触れた所から刃が消えてなくなり、体を抜けた所でまた現れている。三番手、四番手、五番手と瞬くうちに刀が振り下ろされた。三郎丸の体は傷付けることは出来なかった。三郎丸は体中を突き刺した刀に視線を落とすと、顔をしかめた。それから、ゆっくりと刀を払うように右手を動かした。三郎丸の手が、刀に触れる間際で、鋼が黒い煙に変化した。その黒い煙を手で退けると、巨大な刀はあっさりと折れてしまった。三郎丸は次の得物に手を伸ばした。鎧武者は刀を折られまいと、慌てて刀を袂へ引き寄せた。二本が折れて、三本が三郎丸の手から逃れた。

 その間にも、二葉が圧倒的な素早さで、戦士のような女を翻弄し、強烈な連撃を叩き込んだ。女は十メートル先のビルの壁に激しく衝突し、体を強打して呻いた。すぐには立ち上がれそうになかった。二葉は女が飛ばされた正面のビル屋上に不意に姿を現すと、セーラー服の袖に腕を通していた。

「こんな事する必要ないんだけど、つい習慣でやってしまうによね」

 二葉は、そこで女にとどめを刺す絶好の機会を得た。それにはあまり積極的になれなかった。敵には、二葉の事情など関係ない。動かぬ二葉に容赦なく刃を突き立てたのは、別の十体の鎧武者だ。中空で閃く刃先が、弧を描いた。二葉が立っていた所へ、十本の巨大な刃が襲った。そこには、四方八方に交差した刃が並んで、そこへずたずたに引き裂かれたセーラー服らしい残骸が引っ掛かっているだけで、二葉の姿はなかった。

 黒マントが、手傷を負った戦士のような女に近寄って、親しげに声を掛けた。

「アカネ。お前ほどなら、相手の力量が測れないはずがないだろうに」

「私はね。ちょっと嫉妬しちゃったのさ。若くて可愛くて、私よりも遥かに実力の上な小娘にね。何一つ勝るところが見つからないっていうのも、情けないじゃないか」

 戦士のような女は、荒い息で立ち上がると、血の混ざった唾を吐き捨てた。いつの間にか、魔法使いの老人の姿もあった。老人は、新たな鎧武者の肩に掴まっていた。

「ほほほ。その様なことで熱くなれるとは、あなたもまだお若い」

「じいさんなんかに言われても、嬉しかないね」

 戦士のような女は、激痛に顔をしかめて苦笑いした。

 三郎丸の隣に、紺のセーラー服が風に翻って舞ってきた。二葉が急に姿を現した。

「おい、大丈夫か? 血が出てるぞ!」

「ああ、私の制服が汚れちゃったじゃない! これ、私の血じゃないわよ」

 向こうのビルに立ちはだかる、一体の鎧武者の右腕が、携えた巨大な日本刀と共に崩れ落ちた。三郎丸は眼光を鋭くし、セーラー服から鎧武者に視線を移すと、慌てて怒鳴った。

「おい、待て! すぐにその制服脱ぎ捨てろ!」

「何よ! 嫌らしいわね」

「そうじゃねえ。それ、薔薇の血だ! すぐに棘が生えてくるぞ」

 二葉は、すぐに血染めのセーラー服を脱ぎ捨てた。その赤い所が不気味に盛り上がった。服の布を貫いて棘のある蔦が、しなるように生えてきた。更にセーラー服を鋭利な棘が引き裂いた。二葉は、紺のぼろ布に成り果てたセーラー服を見下ろして、言葉にもならない声で叫んだ。

「あ、あ、あー! わ、私の大切な制服が」

 二葉の姿は、血に汚れてない所を除けば、先ほどと全く変わらない。セーラー服姿のままだ。

「おい、何着制服持ってるんだ!」

「なに期待してるの! 嫌らしい」

「そうじゃねえ」

 三郎丸は、うんざりしたように言った。――

 ぼくは駅から静の指示通り、東側の路地を回ってきた。狭い十字路を前に、赤錆色の巨大な鎧武者が立ちはだかる光景に目を奪われた。これほどの巨体にも拘わらず、鎧の中身は全くの闇に包まれていた。ぼくは幻影のように佇む鎧武者を見上げ、魔法通信する静に叫んだ。

「あれ、敵だよね!」

「その先に、二葉と三郎丸が居る。ムラサキが初音と久太郎を連れて、迎えに来てるはず」

「ムラサキが? 分かった!」

 ぼくは、静に答えた。

 ぼくが二葉たちを見つける前に、二人に見つかった。十字路の角から、見慣れたジャージ姿の三郎丸が、教室で挨拶を交わすくらい気楽に、ぼくへ声を掛けた。その角に建つ薄汚れた雑居ビルの屋上に、二葉の顔が一瞬見えた。セーラー服だけが下りてきて、それが翻る間に二葉が現れた。

 二葉は自分の服さえあれば、どこにでも姿を出現させたり、隠したり出来るのだ。

「着替えるときに、腕や頭を服の中に入れて無くなるだろ。それと同じ原理なんだ。現実には服が遮って、中にある腕や頭が見えないだけなんだが、魔法じゃそう単純にはいかない。二葉の服には、魔法の結界が張られている。そこに入った物は、二葉にしか見つけることも、触れることも出来ないんだな」

 そう、三郎丸が教えてくれた。

「それって、亀みたいだね」と、ぼくが何気なく言うと、三郎丸は急に声を潜めた。

「おい、令。それ絶対に、二葉の前で言うなよ。言ったら後悔するぞ。――だが、いい事ばかりじゃないんだ。その代償に、二葉はわずかな間しか、服を脱いでいられないんだ。着替える時間があるだろ。その程度の時間だ」

「それって」

「ああ、そう言うことだ」

 三郎丸は、はっきり言わなかったが。二葉は服から出している部分を除けば、ぼくたちには空っぽでしかないのだ。それが分かると、いつもは気丈で負けん気の強い二葉の存在が、急に儚げに思えてきた。

「ねえ。それって、透け透けの服を着ればいいんじゃない?」

「馬鹿か言うな。誰がそんな事、頼める」

「そうだよね」

 ぼくの提案は、あっさり却下さえた。――

「令、来たか!」

「なかなか手強い敵よ。気を付けなさい」

「令なら死ぬことは無いと思うが、油断はするな!」

「二葉がそんな事言うなんて、相当強いんだね」

 ぼくは、二人の顔を交互に見た。この二人が居れば、どんな相手が現れても心強かった。

「いや待て。おい、二葉。わざと制服駄目にして、新調してもらおうと思ってないよな」

「そ、そんにゃこと、ないわよ。げっふん!」

 分かりやすい二葉の動揺に、三郎丸が眉を上げて断言した。

「図星だな」

 ぼくは、この二人が本気になれる相手は、世の中に居ないのではないかと思えてきた。――

「やれやれ、じいさんがのんびりしているから、援軍が来たみたいだよ」

 黒マントの一人が嫌みっぽく言った。が、それも冗談半分で、あまり本気で非難する様子も無かった。この男には、顔はフードの陰になって見えないが、この程度のことは全て想定済だという余裕があった。たとえ事が上手く運ばれなかったにしても、むしろその事を楽しむくらいの器量が感じられた。この黒マントの他にも、彼の傍らには常に三人の黒マントが控えていた。彼は戦士のような女、魔法使いの老人を入れた五人の隊長のようだった。

「ほほほ、これでも全力を出したつもりなのですが」

 老人が、黒マントの一人に穏やかに微笑んだ。この老人もなかなかの曲者だった。戦士のような女が、苦痛を噛み殺して老人に言った。

「おや。嬉しいじゃないか。じいさんのお気に入りの坊やまで駆け付けてくれたじゃないか。今日は机は無しか。これじゃあ、やる気も半減だね」

「いえいえ、これからが、あの子の本領が発揮されるところですよ」

「ほんとかね。私はこの様だから、ちょっと残念だね」

「それにしても、ジャージボーイとあの小娘は、相当に厄介だね。特にジャージボーイには、攻撃がまるで効かないじゃないか」

「あの青年の弱点は、足が遅いのと射程が短い所でしょうな。遠方からの攻撃ならば、有効かもしれません。それを侍に求めるのは酷かと」

 老人が言った。

「なるほど。そうなると、ここには彼を相手に出来る者は居ないわけだが。まあ、それよりもうちの人員に遠距離を得意とする者が、一人も居ない方が問題だな」

 黒マントの一人は淡々とした調子で、特別困っているふうにも見えなかった。むしろ老人の方が、顔に刻まれた皺を更に深くして、鳥のような目を細くした。

「何とも、魔法使いが遠くに攻撃でないのでは、話になりませんからな」

「それじゃあ、私じゃどうにもならないね」

「まあ、その様ですな」

「じいさん、はっきり言ってくれるね。やれやれ」

 戦士のような女は、鎧武者の巨大な指に掴まって、手のひらに乗った。その手は殺戮のだけの物で、あまり乗り心地は良くなかった。が、敵から身を守ることでは、これほど頼もしい物は無い。戦場で生きるこの女に取っては、それで十分だった。黒マントの一人が、鎧武者の手に体を預ける女を確かめると言った。

「そろそろ潮時だな。撤退する!」

「まだ坊やの相手もしないのにかい?」

「これ以上やっても、こちらの被害が大きくなるだけだ。わざわざ勝ち目のない相手に、戦力を当てる必要もないだろう」

「あんたでも敵わないのかい?」

 戦士のような女が、青ざめた表情を不自然に歪めた。黒マントの一人は、女にちらりと視線を向けた。息を吐くように笑った。

「ふふふ、それは僕を買い被りだよ。僕はデスクワークが専門でね」

「よく言うね。あんたも、そこそこ腕が立つと聞いているんだがね」

 黒マントの一人は、女には答えなかった。

「あのポンコツだけでも、倒していこう!」

 そこへ場違いのように現れた、ムラサキたちを発見して、黒マントの一人が勢いよく言った。その言葉には、この男は案外この戦力で二葉たち相手に、何の成果も上げられないことに、苛立っているという気色が一瞬感じられた。が、魔法使いの老人は、冷静だった。

「いえ、無用な殺生は避けましょう。あの小隊は、どうやら深い絆で結ばれているようですね。ここで誰か一人でも失えば、彼らは血眼になって追ってくるに違いありません。そうなれば、こちらも無傷という訳にもいかないでしょう」

「私は、そう言うのが一番苦手だね。やりにくいったらありゃしない」

「仕方ない。じいさんに従おう」

 敵の潔い撤退に、ぼくらは救われた。奴らが執拗に粘っていたら、ぼくらは仲間の誰かを失っていたかもしれない。ぼくには、そう言う気がした。

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