第26話 神殺しと二葉
ぼくの放課後は、二葉たちと学校の外で仕事するのが、日常になっていた。ぼくの魔法感知は、相変わらず上達しなかった。ぼくは、三郎丸にこの頃、町で頻繁に出没する神クラスについて尋ねていた。巨大な怪物が暴れて、騒ぎにならないことを疑問に思ったからだ。
「神クラスは、特別なんだよ。誰にでも目に見えるって物じゃないんだ」
「でも、ぼくにはあの怪物が見える」
「はは、それは、令が魔法を使えるからだな。魔法使い以外、正確には魔力を扱えない者には、姿を見ることは出来ないんだ。神クラスは、行き場のなくなった、魔力から生まれてくると言われている。謂わば、魔力の亡霊だな。その神クラスから、天敵の神殺しが得られるのは、何だか早く成仏させて欲しいと言っているようにも思えるが。それは、ちょっと考え過ぎだろう」
神クラスが町に現れること自体は、それほど珍しいことではないという。神クラスの存在は、周りの人には嵐や、日溜まりの突風くらいにしか感じていないのだ。それでもこの頃の、よその町の魔法使いの行動や、予期せぬ神クラスの出現は、良からぬ不安を駆り立てるものだった。それも、二葉たちや他の組の魔法使いの活躍によって、何とか処理されていた。しかし、二葉は首をかしげる。それは、雑魚としか思えない奴ばかりだったのだ。
「これなら普通の魔法使いでも、何とか倒せるわ。わざわざ神殺しを使う必要もない。こんな事ってある?」
「だがよ。雑魚ばかり集めるってのも、腑に落ちないだろ。何か嫌な感じがする。これって、いい奴の残りかすみたいなものだろ。要らなくなった物を俺たちにぶつけて、捨ててる感じがするんだ」
三郎丸も頭をひねる。
「詰まり、これからに備えて、誰かが強力な神クラスを集めてるってことでしょ。嫌なやり方ね」
二葉は、三郎丸の意見に露骨な不快感を示した。つんとした眉毛が、一段と跳ね上がった。ぼくは、ファーストフード店の数人掛けのテーブルを前に、所在なげに座っていた。何か独りでおかしな事を呟いているように、やけに周りの目が気になった。ぼくが注文したフライドポテトは、既に二葉の物になると決まっていた。
ある日、二葉がたまにはおごるわよとぼくを誘った。駅前のファーストフード店に連れていかれ、そこで二葉はどっさりとフライドポテトだけを買い占めた。テーブルに運んだポテトの山を前にして、「さあ、好きなだけ食べなさい」と言い放った。ぼくが躊躇っていると、尚も促すように、さあと付け足した。ぼくは、ポテトを一本摘まみ取った。それを合図に、二葉は恐ろしい早さでポテトに手を伸ばす。次々に口に押し込んだ。ぼくは口を開けたまま、びっくりして見ていた。あれよあれよという間に、テーブルのポテトの箱は空になった。二葉はお腹一杯というふうに、息を吐き出した。
次の日には、三郎丸が二葉のフライドポテト事件を聞き付け、俺がおごってやると言った。どこから取り出したのか、工場で使うようなプラスチックの容器に、ぎっしりとあんパンが詰まっている。
「さあ、食え!」
三郎丸が、ぼくへ言った。が、ぼくが見ている間に、恐ろしい早さであんパンを食べ始めた。
またその次には、颯人が幻のサンドイッチをおごると言って、購買部に引っ張っていった。売店の中から、サンドイッチを山ほど取り出して、「さあ、食べな」と言う。そこで、ぼくはようやくこれが夢であることに気付いた。その日、ぼくは昼休みに三郎丸へその事を話した。
「今朝、恐ろしい夢を見たよ」
「へへ、どんな夢だ?」
「それがね。あんパンを箱一杯に食べてるの」
「へー、そりゃ。本当に夢のような話だな。俺もそんな夢なら見てみたいよ」
「えっ、怖い夢だよ?」
「あんパンがか。どうして?」
「ううん、上手く説明できないよ」
困ったぼくに、三郎丸は屈託のない笑顔を見せた。
放課後になると、学校前のバス停には数人の生徒が、バスを待っていた。ぼくは、その子たちの注意を逸らす役で、二葉がどこかから調達してきた、ファンデーションやら、口紅やらでぼくを化粧した。
「化粧って分かるようじゃ駄目ね。出来るだけ薄化粧にして、さり気なく気を引くのよ」
「これって、必要あるのかな?」
ぼくは、ぶっきら棒に言う。
「保険よ、保険」
二葉は必死に笑いを堪えて、顔を歪めた。ぼくの周りには、静や初音まで集まってきて、代わり番こにぼくの顔を覗いていく。ぼくは、正直うんざりしていた。
「そんな顔しない!」
二葉は、ちょっとメイクアップアーチストになった気分で、得意になった。二葉の頬には、いつの間にか口紅やファンデーションが、指でイタズラしたみたいに付いていた。ぼくも、急にくすぐられた気分になった。
「何なの、急に?」
ぼくは、俯いて顔を隠すようにした。
バスが到着する時刻になった。バスは、なかなか現れない。代わりに、巨大な怪物の体が、停留所の真向かいに倒れ込んできた。どっと突風が吹き付ける。女子生徒たちはスカートの裾を気にしながら、突風から顔を背けた。ぼくだけが真面に顔へ風を食らって、息が出来なくなった。ぼくの前には、目のギラギラした、口の尖った怪物の大きな顔面が横になっていた。
「よーし、いっちょあがり」
二葉が手のひらをはたいて、清々した顔でぼくの隣に現れた。ぼくには、それが何となく予測できた。が、その後、ぼくの化粧した顔を見て、二葉がお腹を抱えて笑いが止まらなくなったことまでは、予測できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます