第22話 フライドポテトとジャージ
ぼくが放課後、独り上達しない魔法感知の練習をしていると、二葉の不機嫌な声が、音のない尖塔の教室に凛と響いた。入口の扉の向こうに、二葉と三郎丸、静が室内を盗み見る顔だけ覗かせていた。
「令、そんな穴ばかり睨んでないで、たまには外の空気でも吸いなさい」
「そうだぞ。何だか顔がやばいぞ!」
「私たち、これから外で仕事なの。一緒に来なさい」
「でも、これ次の課題なんだ」
「すべこべ言わずに、付いてくる」
ぼくは、半ば強引に二葉たちに付き合わされ、町の繁華街へ出て行った。
駅前の通りには、夕方間近になると平日でも、行き交う人は多かった。また数人で集まって、踊りの練習をしたり、路上ライブを繰り広げたりと、そこから少し離れた古いアーケード街の寂れようとは、まるで無縁な光景が目に付いた。
二葉を先頭にして、三郎丸と静の後に、ぼくはとぼとぼと続いた。二葉は先を急いで、人と人の隙間を可憐にすり抜けていく。三郎丸は彼が通る先から、向こうが自然と道を空けてくれる。静は、その後ろにくっ付いて歩くだけだった。ぼくは遅れないように、ぶつからないように、慌ただしく人を避けて体をふらつかせる。
「なーんか、暇な奴多いわね」
「おい、聞こえてるぞ! 暇な奴らと言えば、俺たちもその部類に見られているんだろ。まあ、もう早いところは、学校も終わってるし、会社勤めの連中は、机で真面目に働いているだろう。今は学生の時間帯だな」
ぼくは何も知らされず付いてきたから、人の流れが落ち着くのを狙って、三郎丸へ尋ねた。
「ねえ。外のって、どんな仕事なの?」
三郎丸は、ぼくに歩調を合わせて歩いた。
「ああ。令は、魔法使いの仕事は初めてだったな。まあ、簡単に言うと、今回は工作活動している、隣町の魔法使いを排除することだな」
「工作活動、隣町?」
頭をひねるぼくへ、行ってみれば分かると静が答えた。ぼくは、はあと曖昧な返事をして、二葉の背中を見詰めた。二葉はどんどん先に行ってしまった。一度振り返って腰に手を当てると、待ちわびたように、遅いと叫んだ。が、待つのがじれったいのか、すぐに急ぎ始めた。
ファーストフード店の派手な看板が目に映ると、先に行ったはずの二葉が、不意に横道から三郎丸の隣に現れた。それに合わせて、三郎丸は再び歩調を緩め、ぼくとの間隔を更に狭めた。二葉は顔を動かさずに、小声で言った。
「手筈通りでいいわ」
「令。今回は魔法感知の練習と思って、消えた姿を見る魔法は使うな」
三郎丸は自然体を装いながら、周囲を警戒している。ぼくは答えた。
「分かった。敵は姿を消しているんだ」
「そうね。魔法使いは、大体目立つ所では姿を消しているわ。マントなんかしてたら、町中をうろつけないでしょ。じゃあ、私は後から行くわ」
二葉はそう言って、また横道へ消えた。それから十五分の後には、二葉はファーストフード店の二階で、大人の黒マント三人を相手にしていた。白の簡素なテーブルを十卓ほど並べた間で、彼女は後転側転を繰り返し、巧みに敵の攻撃をかわしている。黒マントは、執拗に拳や手刀を振るった。猛攻の合間に、眩い閃光と電撃が弾け合った。が、黒マントが少しでも攻撃の手を休めれば、たちまち二葉の手痛い反撃を食らってしまう。
店内は、様々な学生服で賑わっている。みんなテーブルの上に、ハンバーガーやフライドポテト、チキンナゲット、ジュースを無造作に並べ、食べるのも忘れたように、話に花を咲かせていた。
「知らない人に、付いていくなってよ」
「同じのにすれば良かった」
「全メニュー制覇じゃなかったの。二股のポテトがあるんだって、知ってた?」
「あれは、あかりの塾だったんだよ。これから歌いに行かない?」
「ごめん、数学だけなんだ」
「私、こう言う場所苦手」
「周りがうるさいと、雑音が多くなるからな。頭が痛くなったりするのか?」
「だったら、三人仕方ない。見舞いに行く? 揃いも揃ってだよ」
「いつものメンバーあっ、集まり悪いな」
「それで、どうだ? 他に敵は居そうか?」
「大丈夫、近くに反応はない」
「今度、バリきゃんくるくるって聞いてた?」
「えっ、うそ? ここ憎いの、全然いらない」
「加勢しなくていいの?」
「おかしなライブハウスでしょ。金曜日の午後の放課後にあるらしいよ」
「心配ない。この程度なら、二葉に任せておけば大丈夫だ。それよりも、俺たちは周囲にバレないよう、魔法の痕跡を隠蔽するんだ」
ファーストフードの店内は、普段と何も変わらず、時折ちょっとしたハプニングが起きるだけだった。二葉はその度に、「あら、ごめんなさい」と微笑むように呟いた。そこに居合わせた客たちは、飲み物のコップが倒れても、全く自分の不注意としか思っていなかった。二葉が敵の攻撃を避けた弾みで、椅子に体が触れたことも、テーブルの上で可憐に側転し、食べ物を揺らしてしまったことにも気付かないのだ。黒マントの攻撃は、些か乱暴で辺り構わず、派手に拳を振るっている。二葉はそれを上手くいなし、店の物品や客に被害が及ばない程度に戦っている。劣勢の黒マントは、二葉の周りに配慮した戦い方に、完全に苛ついていた。その腹いせに、近くにあったトレーをわざと床に投げた。それを一瞬先に察した三郎丸は、大袈裟にけつまずいて、トレーを落とした。騒然とする店内に、三郎丸は「済みません」と叫んで、媚びるように周囲へ頭を下げた。が、次の瞬間には、トレーを投げた黒マントは腹を押さえながら、前のめりに床に倒れた。三郎丸はトレーを片付けると、拳銃をホルスタインに収めるみたいに、右手をジャージのポケットに突っ込んだ。静は席に座って、ヘッドホンで音楽を聴いている振りをしていたし、ぼくはハンバーガーを食べに来た客を装っていた。はっきりと敵を感知できなくても、二葉と魔法使い数人との緊迫した戦闘は、ひしひしと伝わってくる。とても食べ物が、喉を通らない。
ぼくらはファーストフード店に席を取って、あたかも学校帰りに、偶然寄り道をした学生のようにしていたのだ。
ぼくは、嫌いだったあそこの生活には、もう戻れない。同じ制服を見たとき、取り留めのない会話や、高校生なら関心はなくても口にする日常の話題が、ぼくとは全く没交渉に思えた。ぼくは、そこに居ても居ないに等しい。
不意に二葉が現れ、片付いたわと言って、ぼくの隣へ座った。テーブルの上のまだぼくが手を付けていない、フライドポテトを二三本摘まんだ。二葉は何事も無かったように、むしゃむしゃ食べた。三郎丸もようやく席に戻ってきた。いつものジャージ姿は、雨の日以外は、とことん目立っている。捉えようによっては、三郎丸のことを言っている声が聞こえた。
「服ダサい!」
それには三郎丸より、二葉の方が鋭敏に耳を立てた。
「サングラスと似合わない服装、第一位はジャージだと思うのね」
「おい、それって俺のこと避難しているだろ。衣装持ちの二葉と違って、俺はこの一着だけだからな」
三郎丸は、ジャージの胸の辺りを摘まむように掻いた。
「丈夫で長持ちなだけが、取り柄よね」
「それ、褒めてねえよな」
「それを褒める理由を考えなさい」
二葉がテーブルに片肘を突いて、突っ慳貪に言い放った。食が進むのか、ぼくのフライドポテトは、見る見る姿を消していく。二葉は、ぽいっと棒状のポテトを口に放り込んだ側から、次を掴んで口へ押し込んだ。
「うーん、やっぱり丈夫で長持ちなところだな」
「そら見なさい!」
二葉は油でてかった唇を少し突き出し、勝ち誇ったように舐めた。フライドポテトを完食してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます