第18話 カウンターとサンドイッチ
「おーい、颯人。ちょっと面、貸せや!」
三郎丸は、午後の生徒が疎らな廊下を盗んで、通り掛かった颯人へ、待ち伏せしたみたいに遠慮のない声を掛けた。が、そう呼ばれた男の子は、まるでにわか雨にでも降られた顔をした。急に踵を返し、三郎丸から遠ざかろうとした。
「待て、逃げるな!」
わずかに険のある三郎丸の声に、颯人は一瞬びくりと体を震わせた。次の瞬間には、すっかり観念して、薄ら笑いを浮かべたまま振り返った。が、弱気ばかりを見せていられないというくらいに、颯人の方から挑む言葉を返した。その言葉には、如何にも颯人のあざとさが見え隠れしていた。
「特別クラスは、他の生徒と接触することは、禁止されているはずですよ」
「初耳だな。まあ、そう固いこと言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」
三郎丸は、颯人の困惑など気にも留めずにまくし立てた。
「俺とお前の仲って。それで何です、頼みって?」
颯人は、溜息交じりに返答した。すっかり諦めたようだ。
「まだ、何も言ってないぞ。でも、お前察しがいいな。――分かった、分かった。そんな嫌な顔するな。ただとは言わない。そうだな。じゃあ、あんパンで手を打とう」
三郎丸は颯人の肩に腕を回し、逃げ腰の彼を完全に捕まえてしまった。颯人はそれでも隙さえあれば、反旗を翻そうと企んでいた。
「僕はあんパンよりも、幻のサンドイッチの方がいいです」
「颯人、サンドイッチとは大きく出たな。ううん、まあよし。仕方ない。それで、何とか手を打とう」
「えっ、ほんとに! それで何です、頼み事って?」
颯人は、三郎丸の返事が意外だったのか、思わず声を大にして喜んだ。それでも、まだ疑うくらいに用心深い細い目を鋭くした。三郎丸は、少し言い辛いそうに唸った。
「それがな。令のことなんだが」
「令くんの?」
颯人は、大袈裟に驚いた。三郎丸は颯人の反応を見ると、からかうつもりで嫉妬するような口調で言った。
「何だ。随分と親しげじゃないか」
「いや、ちょっと。僕も彼のことが気になって、個人的にですけど」
「へー、令に興味を示すなんて、お前も案外物好きだな。それでな。頼みというのは、ちょっと令の魔法を見て欲しいんだ」
「令くんの魔法ですか? それくらいだったら、大丈夫ですよ。それで、何を調べるんです?」
「ううん。カウンターなんだか。発動してるのに、ダメージがまるで軽減されてないんだ。そんな事ってあるのか?」
「そんな魔法、僕も聞いたことないです。ちょっと興味湧きますよね」
颯人は頭をかしげた後、急に目の色を変えた。
「だろ!」
三郎丸は、颯人の眠そうな目が一瞬好奇に閃くのを認め、得意げに言った。
「じゃあ、今からでも大丈夫か?」
「それは構いません。どうせ調べるのは、すぐ済みますからね」
颯人は、既に三郎丸の交換条件を満たした気分になっている。
「それにしても、三郎丸さんは、どうやって購買のパンを手に入れているんです?」
「別に購買部の人が、取っておいてくれるけどな」
「えっ、そんな事って可能なんですか? でも、あそこの人には頼めませんよ。うちの隊長でも無理だと思いますよ。――ひょっとして、そのジャージのお陰ですかね?」
颯人は、最後はおどけて言った。三郎丸は、真顔で答えた。
「ま、まさか。そんな事は無いだろう。うーん、いや無いだろ」
三郎丸に呼ばれたぼくは、颯人の姿を見て、酷く面食らった。颯人は友達みたいに、ぼくへ気安く手を上げた。とにかく挨拶のつもりで頭を下げた。
三郎丸は何の前置きもせず、先日使っていた魔法を見せてくれと、ぼくに頼んだ。三郎丸に言われるまま、覚えたばかりのカウンターの魔法を唱えた。
「我が身を守り、傷付ける者へ制裁を食らわせよ!」
それが終わると、ありがとなと三郎丸は言って、もういいぞと解放してくれた。颯人は、愛想よくぼくに、「じゃあ、令くん。またね」と別れの挨拶をした。――
「それで、どうだった?」
「どうも、こうもありませんよ。三郎丸さんの言う通りでした。令くんのカウンターは、ゼロ反射ですね。でも、その数値は不確かですけどね」
「と言うと?」
「ええ、詰まり反射率が変動するってことです」
「それって、百パーセントも有り得るってことか」
「それは、何とも分かれませんが。今は、ゼロパーセントなんですから。それをどんなに頑張っても、百パーセントにするのは、ちょっと無理があるんじゃないですかね」
「うーん、そうだな」
三郎丸は、じっと瞑想するように唸った。颯人は構わず、急ぐ素振りをして早口になった。
「それじゃあ、僕はこれで。そろそろ戻らないといけないから」
「ああ、ありがとな」
「いえ、サンドイッチのこと忘れないで下さいね」
「分かっている。それじゃあな」
三郎丸は、軽く会釈をして立ち去る颯人を見送った。
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